サンドウィッチマン

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池袋の街におけるサンドウィッチマン

サンドウィッチマンサンドイッチマン(sandwich man)とは、広告宣伝手法の一つで、人の胴の前面と背中の両方に宣伝用の看板を取り付け、町中にたたずみ、あるいは歩行する広告手法、およびその看板を取り付けられた人のことをいう。英国では日本と同じく「広告マン」としての意味で用いられることが多い[要出典]米国で sandwich man とはサンドイッチ製造販売人を意味し[要出典]、英語圏では両義の意味を持つ語である)。この用語はいわゆる和製英語ではないが日本では「広告マン」の意味にのみ用いられている。[要出典]

概要[編集]

19世紀半ば頃から使用されている広告手法である。写真のように、胴の前面と背中とに広告看板を取り付け、繁華街の特定の場所にずっと立っているか、あるいは特定の場所を歩いて回る。人の好奇の目を引きながら看板を見せることにより、広告効果をもたらす。

非常に高額な費用を掛けなければ出せない繁華街の一等地において合法的に看板を(人件費のみで)出せる、経済的な手段である。

広告主とサンドイッチマンの関係として、以下のパターンがある。

  • 広告主がサンドイッチマンに宣伝を依頼する。
  • 広告主 (店舗の従業員、学園祭文化祭などのイベントのスタッフなど) の関係者が宣伝のためサンドイッチマンとなる。
  • 「仕事を探しています」などのように、サンドイッチマンが自分自身を宣伝する[1]

歴史と現状[編集]

日本においては、遅くとも明治末期の頃には、このような宣伝手法に従事する者は広告人夫と呼ばれていたが[2]、大正時代にはサンドイッチマンという呼称も同義で使用され始めている[3]

その後、第二次世界大戦後間もない頃の昭和26年から27年ごろが全盛期であったと指摘されている[4]

現在では広告手段の多様化などの影響を受け、サンドイッチマンを専業する人は減少している。[要出典]

楽曲[編集]

サンドイッチマンをテーマとした曲としては、昭和28年に『街のサンドイッチマン』(作詞:宮川哲夫、作曲:吉田正、歌:鶴田浩二)が (後年、吉永小百合もカバーしている[5]) という曲が発売されヒットした[4]。この曲は、戦後の窮乏期に元連合艦隊司令長官高橋三吉大将の子息が、生活苦から昭和23年より銀座でサンドイッチマンをしていたという実話を基にしている[4][6]

RCサクセションの『忠実な犬(Doggy)』(作・歌:忌野清志郎)には渋谷の街を歌っているように聴かせる曲中でサンドイッチマンの歌詞がある。

脚注[編集]

  1. ^ “この身体売物 悲壮なサンドウィッチマン”. 朝日新聞 夕刊 (東京): pp. 2. (1931年5月12日) 
  2. ^ “廃業同様の影響”. 朝日新聞 朝刊 (東京): pp. 5. (1912年8月12日) 
  3. ^ “プロ文士連が街頭で広告人夫の真似をする 文壇革新の示威行列”. 朝日新聞 朝刊 (東京): pp. 11. (1925年7月5日) 
  4. ^ a b c “東京のうた (52) 街のサンドイッチマン”. 朝日新聞 朝刊 (東京): pp. 16. (1968年3月16日) 
  5. ^ ビクター流行歌 名盤・貴重盤コレクション第三期(8) オールスター・フェスティバル -吉田 正傑作集-”. ビクターエンタテインメント. 2014年9月26日閲覧。
  6. ^ “(泉麻人の東京版博物館)浅草「サンドイッチマン」 おどけて闊歩 /東京都”. 朝日新聞 朝刊 (東京都心): pp. 35. (2005年6月26日) 

関連文献[編集]

関連項目[編集]