サラティガ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
Salatiga
—    —
サラティガから望むメルバブ山

印章
標語:Çrir Astu Swasti Prajabhyah
(皆、幸せになろう!)
サラティガの位置
Salatigaの位置(インドネシア内)
Salatiga
Salatiga
サラティガの位置
座標: 南緯7度19分29秒 東経110度32分39.79秒 / 南緯7.32472度 東経110.5443861度 / -7.32472; 110.5443861
インドネシアの旗 インドネシア
Flag of Central Java.svg Central Java
設立 750年7月24日
合併 1917年7月1日
行政
 - 市長 ユリアント
面積
 - 計 17.87km2 (6.9mi2)
標高 700m (2,297ft)
人口 (2013)
 - 計 186,087人
等時帯 WIB (UTC+7)
市外局番 +62 298
ナンバープレート H
ウェブサイト www.pemkot-salatiga.go.id

概要[編集]

サラティガはインドネシアジャワ島中部ジャワ州の都市。スマランスラカルタの間に有る。メルバブ山(3,142m)とテロモヨ山(1,300m)の麓に位置し、標高が高いので比較的涼しい。

名前の由来[編集]

サラティガの名前は、女神トゥリサラ説とスマラン王説の2つが有る。

  • 前者は、トゥリサラ→サラトゥリ→サラティガと変化した。
  • 後者は、初代スマラン摂政のキ・アゲン・パンダナランの話から来ている。彼が3人の強盗に襲われた場所をサラー・テルと名付けた。インドネシア語でもジャワ語でも「サラー」は「過ち」を意味する。「テル」は低地ジャワ語で3を意味する。「ティガ」は中~高地ジャワ語とインドネシア語で3を意味する。このサラー・ティガがサラティガになった。

歴史[編集]

750年7月24日、サラティガは誕生した。ブハヌ王はサンスクリット語で碑文に「皆で幸せになろう!」と書いた。

1918年のサラティガ通り

1917年7月1日、サラティガ村はオランダ植民地政府によって「小さな町」になった。

地理[編集]

サラティガはスマランの南47km、ジョグジャカルタの北100kmにある。標高は450m - 800mで、典型的熱帯気候である。平均降水量は145日の雨季で118mmで、最高気温は10月の31.8℃で、最低気温は7月の23.9℃である。

教育[編集]

第三期教育[編集]

サラティガには4つの大学が有る。

  • サチャ・ワカナ・キリスト大学(UKSW):サラティガ最大の大学で、14学部と3博士課程、1.4万人の学生と300人の教師がいる。
  • セコラー・ティンッギ・アガマ・ネゲリ・サラティガ(STAIN Salatiga):イスラム教育大学
  • セコラー・ティンッギ・イルム・エコノミ(STIE AMA):私立経済大学

学校[編集]

サラティガの学校は政府、大学、宗教機関が運営する。サラティガには英語を話す国際小中学校が有る。

写真[編集]

外部リンク[編集]

Template:Central Java