サハラ・アラブ民主共和国

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
サハラ・アラブ民主共和国
الجمهورية العربية الصحراوية الديمقراطية الوهمية(アラビア語)
República Árabe Saharaui Democrática (スペイン語)
サハラ・アラブ民主共和国の国旗 サハラ・アラブ民主共和国の国章
国旗 国章
国の標語:حرية ديمقراطية وحدة
アラビア語: 自由、民主主義、団結)
国歌Yābaniy Es-Saharā
(ああ、サハラの息子よ)
サハラ・アラブ民主共和国の位置
公用語 アラビア語スペイン語
首都 ラユーン(アイウン)(名目上)
ティファリティ(臨時)
ティンドゥフ(国外拠点)
最大の都市 ラユーン(名目上)
不明(事実上)
政府
党総書記ブラヒム・ガリ英語版
大統領 ブラヒム・ガリ英語版
首相 ムハンマド・ワリ・アケイク英語版
面積
総計 82,500km2暫定118位
水面積率 極僅か
人口
総計(2011年 266,000人(???位)推定1
人口密度 2.23人/km2
GDP(自国通貨表示)
合計(xxxx年 xxx,xxxサハラ・ペセタ英語版2
GDP(MER
合計(xxxx年xxx,xxxドル(???位
1人あたり xxxドル
GDP(PPP
合計(xxxx年xxx,xxxドル(???位
1人あたり xxxドル
独立宣言
スペインから1976年2月27日
通貨 サハラ・ペセタ英語版2コード無し
時間帯 UTC+0 (DST:無し)
ISO 3166-1 EH / ESH
ccTLD .eh
国際電話番号 不明
1 サハラ・アラブ民主共和国が実効支配している地域の正確な人口統計は存在せず、あくまで推定である。モロッコの実効支配地域を含む「西サハラ全体の推定人口」は約57万人(2015年)。
2 モロッコ・ディルハムも法定通貨である。しかし、アルジェリア・ディナールウギアが事実上使用されている。

サハラ・アラブ民主共和国(サハラ・アラブみんしゅきょうわこく、Sahrawi Arab Democratic Republic)は、北アフリカ西サハラ(旧スペイン領サハラ)に存在する国家亡命政府である。スペインの領有権放棄後、西サハラにおいて独立国家樹立を目指す現地住民によるポリサリオ戦線によって、1976年に隣国アルジェリアにて亡命政権として結成された。国際連合には未加盟であるが、アフリカ連合(AU)には1982年以降加盟している。また、2016年現在で84の国際連合の加盟国が国家として承認しているが、その内の37カ国は関係を凍結・中断している。

名目上の首都は旧スペイン領時代の首府でもあったラユーン(アイウン)。サハラ・アラブ民主共和国が主張する領土(西サハラ)はモロッコが領有権を主張しており、その大半はモロッコによって占領・実効支配されている。そのため、サハラ・アラブ民主共和国は「解放区」と呼ばれる東部地域(西サハラの3割程度)を実効支配するにすぎない。また、ラユーンはモロッコが実効支配しているためポリサリオ戦線の本部があるアルジェリアのティンドゥフに首都機能が存在する。
サハラ・アラブ民主共和国(「解放区」)の正確な統計は存在しないが、面積は82,500km2、人口は約26万人[1](「解放区」および西サハラ難民キャンプ)と推定されている。

国名[編集]

正式名称はアラビア語で、الجمهورية العربية الصحراوية الديمقراطية الوهميةラテン文字転写 : Al-Jumhūrīyya al-`Arabīyya aṣ-Ṣaḥrāwīyya ad-Dīmuqrāṭīyya)、スペイン語はRepública Árabe Saharaui Democráticaで、RASDと略す。英語では英語: Sahrawi Arab Democratic Republicとなり、SADRと略す。

日本語ではサハラ・アラブ民主共和国[2]と訳される。英語名を音訳したサハラウィ・アラブ民主共和国ともいう[3]。日本は国家承認をしていないため公式の略称は存在せず、西サハラが通称として用いられている。2019年に開催された第7回アフリカ開発会議(TICAD7)に参加した代表団にはSahrawi Republic(訳例はサハラ共和国、サハラウィ共和国)という国名プレートが置かれた[4]

サハラ・アラブ民主共和国を承認していない国家では西サハラアラビア語: الصحراء الغربية ラテン文字転写Aṣ-Ṣaḥrā’ al-Gharbīyahスペイン語: Sahara Occidental英語: Western Saharaフランス語: Sahara Occidental)が地域名として使用されている。またサハラ・アラブ民主共和国政府や指導部を指す際は「ポリサリオ戦線[5][6]」、領土は「ポリサリオ戦線支配地域[7]」や「砂の壁以東[8]」と説明されることがある。

歴史[編集]

地方行政区分[編集]

赤い線が「砂の壁」

サハラ・アラブ民主共和国が主張する領土は、モロッコが一方的に建設した「砂の壁」によって分断されている。壁の西側はモロッコによる占領地、東側はポリサリオ戦線による「解放区」となっている。

なお、西サハラの合計面積は266,000km2となるが、サハラ・アラブ民主共和国支配地域(ポリサリオ戦線による「解放区」)は82,500km2である[9]

首都[編集]

サハラ・アラブ民主共和国の名目上の首都はスペイン領サハラの行政首都であったアイウンとされている。しかしアイウンは砂の壁の西側、つまりモロッコの実効支配地域にあるため、臨時首都とされているティファリティや、ポリサリオ戦線の本部がある隣国アルジェリアの都市ティンドゥフが事実上の首都となっている。なお、2008年まではビル・ラフルーが臨時首都であった。

国際関係[編集]

  サハラ・アラブ民主共和国の実効支配地域
  サハラ・アラブ民主共和国を承認している国
  承認を撤回した、もしくは凍結している国
  未承認の国

2016年9月現在、サハラ・アラブ民主共和国はアルジェリア南アフリカ共和国メキシコなど84ヶ国から承認されているが、インドセルビアペルーなどの37カ国が承認を凍結している(撤回又は凍結、一時停止に分かれる)。また、国際連合は未加盟であるが、アフリカ連合(AU)には加盟している。

なお、承認していない国家はドイツなどの欧州連合諸国、ロシア日本などである。一方、それらの諸国はモロッコの領有も認めていないため、モロッコ側にもサハラ・アラブ民主共和国側にも組しない中立的表記を採用し、この地域を「西サハラ(Western Sahara)」という地域名称で呼んでいる。アメリカ合衆国は2020年12月10日に西サハラにおけるモロッコの主権を承認し[5]、サハラ・アラブ民主共和国の実効支配地域を含めた西サハラをモロッコと統合して扱っている[10]

最近の承認に向けての動きとしては、スウェーデンの議会は2012年12月に承認案を可決させたが、政府はまだ制定していないほか、デンマークでは2014年1月に議会へ承認案を提出したが、これもまだ審議されていない。コロンビアは一度承認を凍結しているが、2014年5月に上院が承認案(再開)を可決している。

以下の一覧で、太字の国家はアフリカ連合(AU)に加盟している。

現在承認している国家[編集]

外交関係のある国[編集]

  • アルジェリアの旗 アルジェリア - 1976年3月6日承認。ポリサリオ戦線の本部がある最大の支援国。
  • アンゴラの旗 アンゴラ - 1976年3月11日承認。
  • ウガンダの旗 ウガンダ - 1979年9月6日承認
  • ウルグアイの旗 ウルグアイ - 2005年12月26日承認。
  • エクアドルの旗 エクアドル - 1983年11月14日承認。2004年6月14日に撤回。2006年2月8日に再承認。
  • エチオピアの旗 エチオピア - 1979年2月24日承認。
  • エルサルバドルの旗 エルサルバドル - 1989年7月31日承認。1997年4月に撤回。2009年6月6日に再承認。
  • ガイアナの旗 ガイアナ - 1979年9月1日承認。
  • カーボベルデの旗 カーボベルデ - 1979年6月4日承認。2007年7月27日凍結。2009年6月6日再開。
  •  ガーナ - 1979年8月24日承認。2001年5月凍結。2011年再開。
  •  キューバ - 1980年1月20日承認。
  •  ケニア - 2005年6月25日承認。2006年10月18日一時凍結。2007年2月26日完全凍結。2014年2月6日再開。
  • シエラレオネの旗 シエラレオネ - 1980年3月27日承認。2003年9月16日凍結。2011年6月20日に再開。
  • ジンバブエの旗 ジンバブエ(1980年6月3日承認)
  • タンザニアの旗 タンザニア(1978年11月9日承認)
  • ナイジェリアの旗 ナイジェリア(1984年11月11日承認)
  • ナミビアの旗 ナミビア(1990年6月11日承認)
  • ニカラグアの旗 ニカラグア(1979年9月6日承認。2000年7月21日に「凍結」、2007年1月12日再開)
  • パナマの旗 パナマ(1978年7月23日承認、2013年11月20日に「一時停止」、2016年1月8日再開)
  • バヌアツの旗 バヌアツ(1980年11月26日承認。2000年11月24日に「撤回」したが、2008年7月31日に再承認)
  • 東ティモールの旗 東ティモール(2002年5月20日承認)
  • ベネズエラの旗 ベネズエラ(1982年8月3日承認)
  • ベリーズの旗 ベリーズ(1986年11月18日承認)
  • ホンジュラスの旗 ホンジュラス(1989年11月8日承認。2000年1月に「撤回」したと表明するが、サハラ・アラブ民主共和国政府は拒否したとモロッコ政府を通じて発表される。2013年6月5日にホンジュラス政府は再承認した)
  •  ボリビア(1982年12月14日承認)
  • マラウイの旗 マラウイ(1994年11月16日承認するが、2001年6月26日に「撤回」。2002年3月24日に再承認するも、同年12月2日に「撤回」。2008年2月1日にまた再承認するが、同年9月16日にまたも「撤回」。2014年3月6日に4度目となる国家承認をした)
  •  南アフリカ共和国(2004年9月15日承認)
  • 南スーダンの旗 南スーダン(2011年7月9日承認)
  • メキシコの旗 メキシコ(1979年9月8日承認)
  • モザンビークの旗 モザンビーク(1976年3月13日承認)
  • ラオスの旗 ラオス(1979年5月9日承認)
  • リベリアの旗 リベリア(1985年7月31日承認。1997年9月5日に「撤回」するも、2012年10月30日に再承認)
  • ルワンダの旗 ルワンダ(1976年4月1日承認)
  • レソトの旗 レソト(1979年10月9日承認)
  • ザンビアの旗 ザンビア(1979年10月12日承認、2011年3月29日「撤回」、2012年11月21日に再承認)
  • モーリシャスの旗 モーリシャス(1982年7月1日承認。2014年1月17日「撤回」、2015年11月23日に再承認)

外交関係のない国[編集]

過去に承認していた国家[編集]

  • アフガニスタンの旗 アフガニスタン(1979年5月23日承認、2002年7月11日「撤回」)
  • アルバニアの旗 アルバニア(1987年12月29日承認、2004年11月11日「撤回」)
  • アンティグア・バーブーダの旗 アンティグア・バーブーダ(1987年2月27日承認、2010年8月12日「撤回」)
  • インドの旗 インド(1985年10月1日承認、2000年6月26日「撤回」)
  • カンボジアの旗 カンボジア(1979年4月10日承認、2006年8月14日に事実上「撤回」)
  • キリバスの旗 キリバス(1981年8月12日承認、2000年9月3日「撤回」)
  • ギニアビサウの旗 ギニアビサウ(1976年3月15日承認、1997年4月2日に「撤回」。2009年5月26日に再承認したが2010年3月30日にまた「撤回」)
  • グアテマラの旗 グアテマラ(1986年4月10日承認、1998年4月に「凍結」。2002年7月に再開しようとするが、サハラ・アラブ民主共和国政府に拒否される)
  • グレナダの旗 グレナダ(1979年8月20日承認、2010年8月11日「撤回」)
  • コスタリカの旗 コスタリカ(1980年10月30日承認、2000年4月22日「凍結」)
  •  コロンビア(1985年2月27日承認、2000年12月20日「凍結」。2014年5月に上院が承認案を可決した)
  •  コンゴ共和国(1978年7月3日承認、1996年9月13日「撤回」)
  • サントメ・プリンシペの旗 サントメ・プリンシペ(1978年7月22日承認、1996年10月23日「撤回」)
  • エスワティニの旗 エスワティニ(1980年4月26日承認、1997年7月4日「撤回」)
  • セーシェルの旗 セーシェル(1977年10月25日承認、2008年3月17日「撤回」)
  • 赤道ギニアの旗 赤道ギニア(1978年9月3日承認。1980年5月2日「撤回」)
  • セルビアの旗 セルビア(1984年11月28日にユーゴスラビア社会主義連邦共和国が承認。その後、ユーゴスラビアの後継国であるセルビア・モンテネグロが2004年10月26日に「撤回」。後継国家とされるセルビアも「撤回」を表明している)
  • セントクリストファー・ネイビスの旗 セントクリストファー・ネイビス(1987年2月25日承認、2010年8月12日「撤回」)
  • セントビンセント・グレナディーンの旗 セントビンセント・グレナディーン(2002年2月14日承認、2013年2月13日「凍結」)
  • セントルシアの旗 セントルシア(1979年9月1日承認、1989年3月21日「撤回」。2010年8月9日に改めて「撤回」を表明)
  • ソロモン諸島の旗 ソロモン諸島(1981年8月12日承認、1889年1月「撤回」)
  • チャドの旗 チャド(1980年7月4日承認、1997年5月9日「撤回」。その後再開されたが2006年3月17日に「撤回」。2007年7月17日に大使レベルで再開されたが、20日に首相が拒否した)
  • ツバルの旗 ツバル(1981年8月12日承認、2000年9月3日「撤回」)
  • トーゴの旗 トーゴ(1976年3月7日承認、1997年6月16日「撤回」)
  • ドミニカ国の旗 ドミニカ国(1979年9月1日承認、2010年7月2日「撤回」)
  • ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国(1986年6月24日承認、2002年6月24日「凍結」)
  • ナウルの旗 ナウル(1981年8月12日承認、2000年9月3日「撤回」)
  • ハイチの旗 ハイチ(2006年11月22日承認、2013年10月2日「撤回」)
  • バルバドスの旗 バルバドス(1988年2月27日承認、2013年2月11日「凍結」)
  • パプアニューギニアの旗 パプアニューギニア(1981年8月12日承認、2011年3月30日「撤回」)
  • パラグアイの旗 パラグアイ(2000年2月9日承認、同年7月25日「凍結」。2008年8月12日に再開したが、2014年1月3日「一時停止」)
  • ブルンジの旗 ブルンジ(1976年3月1日承認、2006年5月5日に「凍結」。2008年6月16日に再開したが2010年10月25日に「撤回」)
  • ブルキナファソの旗 ブルキナファソ(1984年3月4日承認、1996年6月5日「撤回」)
  •  ベトナム(1979年3月2日承認。2010年に「撤回」したが、ベトナムMFAウェブページ上では2013年5月更新までサハラ・アラブ民主共和国が「外交関係を持った国家」となっていた)
  • ベナンの旗 ベナン(1976年3月11日承認、1997年3月21日「一時停止」)
  • ペルーの旗 ペルー(1984年8月16日承認、1996年9月9日「凍結」)
  • マダガスカルの旗 マダガスカル(1976年2月28日承認、2005年4月6日「凍結」)

日本の対応[編集]

日本はモロッコの西サハラ領有権を認めていないが、サハラ・アラブ民主共和国の国家承認もしていない。2014年(平成26年)、安倍晋三首相は、浜田和幸質問主意書に対し、西サハラ問題は「国際連合の枠組みの下、当事者間の交渉により早期に平和裡に解決されることが重要との立場」であると答弁した[11]

2017年8月、アフリカ開発会議(TICAD)閣僚会合がモザンビークの首都マプトで開催された。アフリカ開発会議は日本とアフリカ連合(AU)の共催で、日本はサハラ・アラブ民主共和国を承認していないが、アフリカ連合は加盟を認めているため、出席を表明したサハラ・アラブ民主共和国の扱いが問題になった。日本はサハラ・アラブ民主共和国に招待状を送らなかったが、会場に入ろうとするサハラ・アラブ民主共和国代表団と、阻止しようとするモロッコ代表団の小競り合いが起き、全体会合は中止に追い込まれた[12]

2018年10月、アフリカ開発会議閣僚会合が日本の東京都内で開催された。日本側は、会場にはアフリカ連合の旗と名札のみを用意し、椅子もサハラ・アラブ民主共和国を除く54ヶ国分しか用意しない。しかし「仮に日本が承認していない『国』と自称する主体がこの会場にいたとしても、日本の立場に影響を与えない(河野太郎外相)」という建前で、サハラ・アラブ民主共和国の代表団が会場に来ても黙認する形を取った。実際には2ヶ国が欠席したため、サハラ・アラブ民主共和国の代表団は、独立を支援するアルジェリアのパスポートで日本に入国し、アフリカ連合代表団の一員という形で会議に参加した。モロッコ代表団は「我々には我々の立場があり、看過できない」と反発したが、河野外相への配慮で、会議の冒頭のみ参加して、途中退席した。しかし、2019年に予定している第7回アフリカ開発会議では、国家元首が参加するため、外交儀礼上国旗や国名を掲げない訳には行かないという課題が残った[13]

2019年8月28日から30日にかけて、第7回アフリカ開発会議が日本の横浜市で開催された。日本はサハラ・アラブ民主共和国を招待せず、また西サハラの領有権を主張するモロッコは、日本政府に対して会議に参加させないよう働きかけを水面下で行った。最終的にはアフリカ連合の判断に委ねられ、アフリカ連合の招待を日本政府が黙認する形で参加が実現した。サハラ・アラブ民主共和国関係者は、前回同様、アルジェリアのパスポートで来日した。会場には「SAHRAWI REPUBLIC」のプレートも用意され、会議に参加した[4]。一方で、参加国の国旗は掲げさせず、国名のみを表示させるという折衷案となった[14]
日本政府としては、サハラ・アラブ民主共和国は「日本が国家承認していない主体」[15]が勝手に参加したという建前で、従って参加国・地域にも数えられていない[16]。さらに、モロッコの報道によると、外務省の高橋克彦・中東アフリカ局長は、日本は「西サハラを国家として認識しておらず、今後も認識しない」と述べた。これらの発言を、モロッコ側は「日本がモロッコの大義に賛成した」ものとして歓迎した[17][18]。サハラ・アラブ民主共和国のモハメド・サーレム・ウルド・サーレク外相は、「(「友人たち」の発言と断った上で)日本はすべてのアフリカに反し、モロッコを選んだ」「TICADは、国連同様の多国間会議なのです。国連ではすべての国々が場を共にしています。北朝鮮も代表を置いています[19]。北朝鮮を国家として承認する国もしていない国も、国連では同じ場にいるのです。ですから、多国間会議の場で承認の話を持ち出すのは、正しくありません」と批判した[20]

祝祭日[編集]

日付 日本語表記 現地語表記 備考
2月27日 独立記念日
5月10日 ポリサリオ戦線設立の日
5月20日 5月20日革命
6月5日 失踪者の日
6月9日 殉教者の日
6月17日 ゼムラ蜂起
10月12日 国民団結の日
移動祝日 ハッジ イスラム暦による
移動祝日 イド・アル=フィトル イスラム暦による

脚注[編集]

  1. ^ PERIODIC REPORT OF THE SAHRAWI ARAB DEMOCRATIC REPUBLIC TO THE AFRICAN COMMISSION ON HUMAN AND PEOPLES RIGHTS CONTAINING ALL THE OUTSTANDING REPORTS IN ACCORDANCE WITH ARTICLE 62 OF THE CHARTER October 2011 at the Wayback Machine (archived 2019-04-19)
  2. ^ 参議院 第104回国会(常会) 質問主意書 質問第一三号”. 日本参議院. 2021年3月27日閲覧。
  3. ^ 西サハラ”. 国際連合広報センター. 2021年3月27日閲覧。
  4. ^ a b “西サハラが“日本デビュー”、政府は国家として未承認も、AU側招待を黙認”. 毎日新聞. (2019年8月30日). https://mainichi.jp/articles/20190830/k00/00m/030/010000c 2019年8月30日閲覧。 
  5. ^ a b 米、西サハラに領事館設置準備 モロッコの主権承認受け”. 産経新聞 (2020年12月25日). 2021年3月27日閲覧。
  6. ^ 西サハラ独立派、モロッコとの停戦は「終了」”. CNN (2020年11月16日). 2021年3月27日閲覧。
  7. ^ 西サハラ地域の一部地域についての渡航情報(危険情報)の引き上げ”. 日本外務省 (2015年8月4日). 2021年3月27日閲覧。
  8. ^ 西サハラの危険情報【危険レベル継続】”. 日本外務省 (2018年4月24日). 2021年3月27日閲覧。
  9. ^ Western Sahara: Provinces & Urban Communes - Population Statistics, Maps, Charts, Weather and Web Information”. www.citypopulation.de. 2019年8月12日閲覧。
  10. ^ Morocco”. 中央情報局ザ・ワールド・ファクトブック (2021年3月5日). 2021年3月27日閲覧。
  11. ^ 日本政府の西サハラ問題に対する姿勢に関する質問主意書 - 参議院
  12. ^ “西サハラの出席めぐりつかみ合いの争いに TICAD”. 朝日新聞. (2017年8月25日). https://www.asahi.com/articles/ASK8T24N5K8TUHBI002.html 2020年8月21日閲覧。 
  13. ^ 日本経済新聞』2018年11月23日号 「アフリカ開発会議、苦肉の様式で日本開催 国旗・国名のない国際会議」 林咲希
  14. ^ “横浜で開催中のアフリカ開発会議、国旗並べなかった「大人の事情」とは?”. 毎日新聞. (2019年8月29日). https://mainichi.jp/articles/20190829/k00/00m/030/118000c 2020年8月21日閲覧。 
  15. ^ (仮訳)TICAD 7閣僚事前準備会合河野太郎外務大臣による挨拶2019年8月27日於:横浜 - 外務省 河野太郎
  16. ^ 第7回アフリカ開発会議(TICAD7) 横浜,令和元年8月28日~30日 - 外務省
  17. ^ Japan Renews its Non-recognition of Self-Proclaimed SADR at Opening of TICAD-VII - Morocco World News Safaa Kasraoui(英語)
  18. ^ Japan tells participants in TICAD 7 it does not recognize Self-Proclaimed SADR - "The North Africa Post"(英語)
  19. ^ 日本は北朝鮮を国家承認していない。
  20. ^ <アフリカ開発会議>最後の植民地・西サハラの代表団が来日(3) ウルド・サーレク外相に聞く 2019.08.31 - アジアプレス・ネットワーク 岩崎有一

関連項目[編集]