サグラダ・ファミリア

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座標: 北緯41度24分13秒 東経2度10分28秒 / 北緯41.40361度 東経2.17444度 / 41.40361; 2.17444

世界遺産 アントニ・ガウディの
作品群
スペイン
Sagrada Familia 02.jpg
英名 Works of Antoni Gaudí
仏名 Les œuvres d’Antoni Gaudí
登録区分 文化遺産
登録基準 (1) (2) (4)
登録年 1984
拡張年 2005
備考 2005年にサグラダ・ファミリアを含めたガウディの作品群として追加登録された。
公式サイト 世界遺産センター(英語)
使用方法表示
サグラダ・ファミリア
Σαγράδα Φαμίλια 2941.jpg
サグラダ・ファミリア(2017年)
サグラダ・ファミリアの位置(バルセロナ内)
サグラダ・ファミリア
情報
用途 教会
設計者 アントニオ・ガウディ
建築主 フランシスコ・ビリャール
事業主体 サン・ホセ協会
管理運営 サン・ホセ協会
高さ 172.5m(予定)[1]
着工 1882年3月19日
竣工 2026年(予定)
所在地 スペインの旗 スペイン バルセロナ
座標 北緯41度24分13秒 東経2度10分28秒 / 北緯41.40361度 東経2.17444度 / 41.40361; 2.17444
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受難のファザード
内装
サグラダ・ファミリア教会完成予想模型
同上
1915年当時
2009年
外尾悦郎

サグラダ・ファミリアカタルーニャ語: Sagrada Família)は、日本語に訳すると聖家族贖罪教会カタルーニャ語: Temple Expiatori de la Sagrada Família)という正式名称を持つ、スペインバルセロナにあるカトリック教会バシリカである。日本語では聖家族教会と呼ばれることも多い。

概要[編集]

サグラダ・ファミリアは、カタロニア・モダニズム建築の最も良く知られた作品例であり、カタロニアの建築家アントニ・ガウディの未完作品である。バルセロナ市のシンボルであるこの建物は、綿密に構成された象徴詩的なシンボロジーと共に、パラボリックな(放物線状の)構造のアーチや、鐘楼に据えられた自然主義と抽象主義の混在する彫刻などで、大胆な建築様式を誇っている。2004年の統計によれば、サグラダ・ファミリアはアルハンブラ宮殿マドリッドプラド美術館を抜いてスペインで最も観光客を集めたモニュメントとなり[2]、2008年には270万人を集めた[3]。生前のガウディが実現できたのは地下聖堂と生誕のファサードなどであるが、これらは2005年にユネスコ世界遺産に登録された。 贖罪教会なので、資金調達は信者の喜捨に頼ってきた。資金不足により工事が遅々として進まない状況であったが、1990年代以降に拝観料収入が増えて資金状況が好転した。

2010年11月7日にザグラダ・ファミリアを訪問した教皇ベネディクト16世ミサ聖別聖堂聖水を注ぐこと)を行ったことにより、サグラダ・ファミリアはバシリカとなった。教皇によるミサには司教ら6500人が参列し、800人の聖歌隊が参加した[4]

9代目設計責任者のジョルディ・ファウリは、ガウディの没後100年にあたる2026年に完成予定と発表している[5]。彫刻家の外尾悦郎が1978年から従事している。

ザグラダ・ファミリアは、民間カトリック団体「サン・ホセ教会」が贖罪教会(信者の喜捨により建設する教会)として計画し、初代建築家フランシスコ・ビリャールが無償で設計を引き受けた。1882年3月19日に着工したが意見の対立から翌年にビリャールは辞任。その後を引き継いで2代目建築家に就任したのが、当時は無名であったアントニ・ガウディである。以降、ガウディは設計を一から練り直し、1926年に亡くなるまでライフワークとしてサグラダ・ファミリアの設計・建築に取り組んだ。

ガウディは、模型と、紐と錘を用いた実験道具を主に使ってザグラダ・ファミリアの構造を検討したとされる。ガウディの死後の1936年に始まったスペイン内戦の戦禍により、ガウディが残した設計図や模型、ガウディの構想に基づき弟子たちが作成した資料のほとんどが散逸した。ガウディの構想を伝える資料が散逸したことにより、ガウディの構想を実現することが不可能となり、ザグラダ・ファミリアの建造を続けるべきかという議論があったが、職人による口伝えや、外観の大まかなデッサンなど残されたわずかな資料を元に、その時代の建築家がガウディの設計構想を推測するといった形で現在も建設が行われている。北ファサード、イエスの誕生を表す東ファサード、イエスの受難を表す西ファサードや内陣身廊などはほぼ完成したがイエスの栄光を表すメインファサード、18本建てられる内の10本の塔が未完成である。これらの塔の12本が12使徒、4本が福音記者、1本が聖母マリア、1本がイエス・キリストを象徴するものとされている。

東側の生誕のファサードでは、キリストの誕生から初めての説教を行うまでの逸話が彫刻によって表現されている。3つの門によって構成され、左門が父ヨセフ、中央門がイエス、右門が母マリアを象徴する。中央の門を構成する柱の土台には変わらないものの象徴として亀が彫刻され、中央の柱の土台にはリンゴをくわえたが彫刻されている。また、門の両脇には変化するものの象徴としてカメレオンが配置されている。中央門では、受胎告知キリストの降誕、祝福をする天使、東方の三博士や羊飼い達などが彫られている。左門ではローマ兵による嬰児虐殺、聖家族のエジプトへの逃避、父ヨセフの大工道具などが彫られ、右門には母マリア、イエスの洗礼、父ヨセフの大工仕事を手伝うイエスなどが彫られている。

西側の受難のファサードには、イエスの最後の晩餐からキリストの磔刑キリストの昇天までの有名な場面が彫刻されている。東側とは全く異なり、現代彫刻でイエスの受難が表現されており、左下の最後の晩餐から右上のイエスの埋葬まで「S」の字を逆になぞるように彫刻が配置されている。最後の晩餐→ペテロとローマ兵たち→ユダの接吻と裏切り→鞭打ちの刑→ペテロの否認→イエスの捕縛→ピラトと裁判→十字架を担ぐシモンゴルゴタの丘への道を行くイエスとイエスの顔を拭った聖布を持つヴェロニカ→イエスの脇腹を突くことになる槍を持つ騎兵ロンギヌス賭博をするローマ兵→イエスの磔刑→イエスの埋葬と復活の象徴、そして鐘楼を渡す橋の中央に昇天するイエスが配置されている。

かつては完成まで300年はかかると予想されていた工事だが、スペインの経済成長や拝観料収入などに支えられて進捗は加速している。さらには21世紀に入ってから導入されたIT技術を駆使し、ソフトウェアによる3D構造解析技術と3Dプリンターによるシミュレーション検証、CNC加工機による成果が著しい[6]。他方、創建当初はヨーロッパの教会建築の伝統的な工法である組積造で行われて来たが、現在ではRC造が導入されている。こうした工法の変化に伴ってサクラダ・ファミリアの建築現場から離れた彫刻家や職人もいる。また伝統的な工法からRC造に変えた事を批判する建築家や彫刻家も多く存在する。公式発表ではガウディ没後100周年目の2026年には完成するとされ、この予定が現実となれば、1980年代に見込まれた約300年という建築期間はその後の30年で半減し、約144年の工期で完成することになる[6]

なお、建設開始から長い年月が経っているため、建築と並行して修復も行われている。 2005年には建設途中ながら、生誕のファサードの部分がアントニオ・ガウディの作品群としてユネスコ世界遺産に登録された。

2006年、直下に高速鉄道AVEのトンネルを掘削する計画が持ち上がり、建設側は地元自治体などにトンネル掘削中止を働きかけたが拒否された。一連のやり取りの中で、サグラダ・ファミリア建設が行政に届け出を出していない工事であることが明らかになり話題を呼んだ[7]。つまり、サグラダ・ファミリアは違法建築だったのだが、結局は調整が行われ、サグラダ・ファミリアの建築に対してサグラダ・ファミリア特別法を制定し合法化した上で、徹底した地盤強化対策を行って掘削工事が行われた。

脚注[編集]

関連項目[編集]

ギャラリー[編集]

外部リンク[編集]

  1. ^ 横浜駅は「サグラダ・ファミリア」を超える「未完の駅」になるのか 「本家」は2026年に完成、先を越される”. J-CASTニュース (2015年10月23日). 2017年8月21日閲覧。