サグラダ・ファミリア
座標: 北緯41度24分13秒 東経2度10分28秒 / 北緯41.40361度 東経2.17444度
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サグラダ・ファミリア(2009年)
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| 英名 | Works of Antoni Gaudí | ||
| 仏名 | Les œuvres d’Antoni Gaudí | ||
| 登録区分 | 文化遺産 | ||
| 登録基準 | (1) (2) (4) | ||
| 登録年 | 1984 | ||
| 拡張年 | 2005 | ||
| 備考 | 2005年にサグラダ・ファミリアを含めたガウディの作品群として追加登録された。 | ||
| 公式サイト | 世界遺産センター(英語) | ||
| 使用方法・表示 | |||
| サグラダ・ファミリア | |
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サグラダ・ファミリア(2002年)
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| 情報 | |
| 用途 | 教会 |
| 設計者 | アントニ・ガウディ |
| 建築主 | フランシスコ・ビリャール |
| 事業主体 | サン・ホセ協会 |
| 管理運営 | サン・ホセ協会 |
| 高さ | 172.5m(予定)[1] |
| 着工 | 1882年3月19日 |
| 竣工 | 2026年(予定) |
| 所在地 | |
| 座標 | 北緯41度24分13秒 東経2度10分28秒 / 北緯41.40361度 東経2.17444度 |
サグラダ・ファミリア(カタルーニャ語: Sagrada Família)は、日本語に訳すると聖家族贖罪教会(カタルーニャ語: Temple Expiatori de la Sagrada Família)という正式名称を持つ、スペインのバルセロナにあるカトリック教会のバシリカである。日本語では聖家族教会と呼ばれることも多い。
概要[編集]
サグラダ・ファミリアは、カタロニア・モダニズム建築の最も良く知られた作品例であり、カタロニアの建築家アントニ・ガウディの未完作品である。バルセロナ市のシンボルであるこの建物は、綿密に構成された象徴詩的なシンボロジーと共に、パラボリックな(放物線状の)構造のアーチや、鐘楼に据えられた自然主義と抽象主義の混在する彫刻などで、大胆な建築様式を誇っている。2004年の統計によれば、サグラダ・ファミリアはアルハンブラ宮殿やマドリッドのプラド美術館を抜いてスペインで最も観光客を集めたモニュメントとなり[2]、2008年には270万人を集めた[3]。生前のガウディが実現できたのは地下聖堂と生誕のファサードなどであるが、これらは2005年にユネスコの世界遺産に登録された。 贖罪教会なので、作業の財政は喜捨に頼っている。そのために、別々の箇所を同時に建設することはできなかったのだが、1990年代以降は訪問者の流れと作品の世評の高まりが財政状況を好転させた。
2010年11月7日に教皇ベネディクト16世が訪れ、ミサを執り行い、聖堂に聖水を注いで聖別。サグラダ・ファミリアはバシリカとなった。ミサには司教達を含む6500人が参列し、800人の聖歌隊が参加した[4]。
9代目設計責任者のジョルディ・ファウリは、ガウディの没後100年にあたる2026年に完成予定と発表している[5]。彫刻家の外尾悦郎が1978年から従事している。
民間カトリック団体「サン・ホセ教会」が、すべて個人の寄付に依って建設される贖罪教会として計画し、初代建築家フランシスコ・ビリャールが無償で設計を引き受けた。1882年3月19日に着工したが意見の対立から翌年にビリャールは辞任。その後を引き継いで2代目建築家に任命されたのが、当時は未だ無名だったアントニ・ガウディである。以降、ガウディは設計を一から練り直し、1926年に亡くなるまでライフワークとしてサグラダ・ファミリアの設計・建築に取り組んだ。
ガウディは仔細な設計図を残しておらず、大型模型や、紐と錘を用いた実験道具を使って、構造を検討したとされる。スペイン内戦でそれらの模型は破片となり、ガウディの構想に基づき弟子たちが作成した資料などは大部分が消失した。ガウディの死後、もはや忠実にガウディの構想通りとはならないこの建築物の建造を続けるべきかという議論があったが、職人による伝承や大まかな外観のデッサンなど残されたわずかな資料を元に、時代毎の建築家がガウディの設計構想を推測するといった形で現在も建設が行われている。北ファサード、イエスの誕生を表す東ファサード、イエスの受難を表す西ファサードや内陣、身廊などはほぼ完成したがイエスの栄光を表すメインファサード、18本建てられる内の10本の塔が未完成である。これらの塔の12本が12使徒、4本が福音記者、1本が聖母マリア、1本がイエス・キリストを象徴するものとされている。
東側の生誕のファサードでは、キリストの誕生から初めての説教を行うまでの逸話が彫刻によって表現されている。3つの門によって構成され、左門が父ヨセフ、中央門がイエス、右門が母マリアを象徴する。中央の門を構成する柱の土台には変わらないものの象徴として亀が彫刻され、中央の柱の土台にはリンゴをくわえた蛇が彫刻されている。また、門の両脇には変化するものの象徴としてカメレオンが配置されている。中央門では、受胎告知、キリストの降誕、祝福をする天使、東方の三博士や羊飼い達などが彫られている。左門ではローマ兵による嬰児虐殺、聖家族のエジプトへの逃避、父ヨセフの大工道具などが彫られ、右門には母マリア、イエスの洗礼、父ヨセフの大工仕事を手伝うイエスなどが彫られている。
西側の受難のファサードには、イエスの最後の晩餐からキリストの磔刑、キリストの昇天までの有名な場面が彫刻されている。東側とは全く異なり、現代彫刻でイエスの受難が表現されており、左下の最後の晩餐から右上のイエスの埋葬まで「S」の字を逆になぞるように彫刻が配置されている。最後の晩餐→ペテロとローマ兵たち→ユダの接吻と裏切り→鞭打ちの刑→ペテロの否認→イエスの捕縛→ピラトと裁判→十字架を担ぐシモン→ゴルゴタの丘への道を行くイエスとイエスの顔を拭った聖布を持つヴェロニカ→イエスの脇腹を突くことになる槍を持つ騎兵ロンギヌス→賭博をするローマ兵→イエスの磔刑→イエスの埋葬と復活の象徴、そして鐘楼を渡す橋の中央に昇天するイエスが配置されている。
かつては完成まで300年はかかると予想されていた工事だが、スペインの経済成長や入場料収入などに支えられて進捗は加速している。さらには21世紀に入ってから導入されたIT技術を駆使し、ソフトウェアによる3D構造解析技術と3Dプリンターによるシミュレーション検証、CNC加工機による成果が著しい[6]。公式発表ではガウディ没後100周年目の2026年には完成するとされ、この予定が現実となれば、1980年代に見込まれた約300年という建築期間はその後の30年で半減し、およそ約144年の工期で完成することになる[6]。
なお、建設開始から長い年月が経っているため、建築と並行して修復も行われている。 2005年には建設途中ながら、生誕のファサードの部分がアントニ・ガウディの作品群としてユネスコの世界遺産に登録された。
2006年、直下に高速鉄道AVEのトンネルを掘削する計画が持ち上がり、建設側は地元自治体などにトンネル掘削中止を働きかけたが拒否された。一連のやり取りの中で、サグラダ・ファミリア建設が行政に届け出を出していない工事であることが明らかになり話題を呼んだ[7]。つまり、サグラダ・ファミリアは違法建築だったのだが、結局は調整が行われ、サグラダ・ファミリアの建築に対してサグラダ・ファミリア特別法を制定し合法化した上で、徹底した地盤強化対策を行って掘削工事が行われた。
脚注[編集]
- ^ “サグラダ・ファミリア教会、完成は2026年? 欧州一高い宗教建築に”. CHRISTIAN TODAY (2015年10月27日). 2017年7月27日閲覧。
- ^ (es) presse en ligne, « La voz digital », .
- ^ (ca) « La Sagrada Família tanca el 2008 superant els 2.7millions de visitants », .
- ^ ガウディのサグラダ・ファミリア、ローマ法王が正式に教会に認定 2010年11月08日 09:40 AFPBB
- ^ 未完建築サグラダ・ファミリア、2026年完成と設計責任者が発表(KAI-YOU.net 2013年9月29日)
- ^ a b 未完のサグラダ・ファミリア、IT駆使で工期150年短縮日本経済新聞 Tech Frontline 2014年12月5日。
- ^ “サグラダ・ファミリア崩落の危険? 地下に鉄道トンネル” (日本語). 朝日新聞社 (2007年6月30日). 2008年3月2日閲覧。
関連項目[編集]
- アントニ・ガウディの作品群
- 外尾悦郎 - 日本出身の主任彫刻家。唯一サグラダ・ファミリアの作成に関わっている日本人である。
- 横浜駅 - 工事が終わらないことから、「日本のサグラダ・ファミリア」と揶揄されている。
- サグラダ・ファミリアの魔方陣
ギャラリー[編集]
外部リンク[編集]
- 公式サイト
- スペイン政府観光局 - サグラダ・ファミリア(日本語)
- サグラダ・ファミリア内部のストリートビュー
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