サウンダリヤー
| サウンダリヤー Soundarya | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 本名 | ソウミャ・サティヤナーラーヤナ(Sowmya Sathyanarayana) | ||||||||||
| 生年月日 | 1972年7月18日 | ||||||||||
| 没年月日 | 2004年4月17日(31歳没) | ||||||||||
| 出生地 |
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| 死没地 |
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| 身長 | 167cm[1] | ||||||||||
| 職業 | 女優、映画プロデューサー | ||||||||||
| ジャンル | テルグ語映画、カンナダ語映画、タミル語映画、ヒンディー語映画、マラヤーラム語映画 | ||||||||||
| 活動期間 | 1992年-2004年 | ||||||||||
| 配偶者 | G・S・ラグー(2003年-2004年、死別) | ||||||||||
| 主な作品 | |||||||||||
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『アマン』 『アルナーチャラム 踊るスーパースター』 『バブーを探せ!』 『パダヤッパ いつでも俺はマジだぜ!』 | |||||||||||
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サウンダリヤー(Soundarya、1972年7月18日 - 2004年4月17日)は、インドの女優。テルグ語映画を中心にカンナダ語映画、タミル語映画、ヒンディー語映画、マラヤーラム語映画で活動した[2][3]。彼女はテルグ語映画史上最も偉大な女優の一人に挙げられ[4]、キャリアを通して国家映画賞、フィルムフェア賞 南インド映画部門、ナンディ賞、カルナータカ州映画賞を受賞している。2004年4月17日にバンガロール近郊で飛行機事故により死去した[5]。
生涯
[編集]生い立ち
[編集]1972年7月18日、マイソール州ムラバギルに暮らすK・S・サティヤナーラーヤナとマンジュラ夫婦の第2子として生まれた[6][7][8][9]。父はプロデューサー・脚本家として映画産業に携わっていた[10][7]。彼女は医師になることを志望しており、高校に進学して理系を専攻するが、在学中にスカウトされて女優の道に進んだという[11]。「サウンダリヤー」という芸名は、カンナダ俳優のクニガル・ヴァサントが考案したものである[12]。
キャリア
[編集]1992年にカンナダ語映画『Baa Nanna Preethisu』で女優デビューし、続いて出演した『Gandharva』で興行的な成功を収めた。カンナダ語映画で「取るに足らない役」と称するような役柄をいくつか演じた後、サウンダリヤーはテルグ語映画に進出して人気女優の地位を固めていった。1993年に『Manavarali Pelli』でテルグ語映画デビューし[13]、同年にはタミル語映画デビュー作『Ponnumani』で知的障害者の少女チンターマニ役を演じて高い評価を得ている[14]。1994年にアッキネーニ・ナーガールジュナ、ラムヤ・クリシュナと共演した『Hello Brother』ではブロックバスターを記録し[15]、1995年には『Muthu Kalai』ではカールティクと共演したほか、『アマン』ではラムヤ・クリシュナ演じる女神アマンを信奉する女性バワーニ役を演じてフィルムフェア賞 テルグ語映画部門主演女優賞を受賞している。その後も『Amma Donga』『Sipayi』『Pavitra Bandham』『Maa Aayana Bangaram』『Dongaata』『Aaro Pranam』『Osi Na Maradala』などのヒット作に出演し、1997年には『アルナーチャラム 踊るスーパースター』でラジニカーントと共演して興行的な成功を収めている[11]。1998年は『Doni Sagali』で興行的な成功を収め、『Kaathala Kaathala』ではカマル・ハーサン、プラブデーヴァーと共演している。また、『バブーを探せ!』ではチランジーヴィと共演し、『Anthahpuram』ではフィルムフェア賞テルグ語映画部門主演女優賞を受賞した。1999年は『Raja』でヴェンカテーシュ・ダッグバーティと共演してフィルムフェア賞テルグ語映画部門主演女優賞を受賞し、『パダヤッパ いつでも俺はマジだぜ!』でも興行的な成功を収めたほか、ヒンディー語映画『Sooryavansham』ではアミターブ・バッチャンと共演しており、『Premaku Velayera』『Premaku Swagatam』にも出演している。2000年代に入ると『Annayya』『Ninne Premistha』『Jayam Manadera』『Devi Putrudu』『Sri Manjunatha』『Thavasi』『Chokka Thangam』などに出演し、2002年には『Dweepa』をプロデュースして国家映画賞 長編映画賞を受賞している。このほか、マラヤーラム語映画『Yathrakarude Sradhakku』でジャヤラームと共演し、『Kilichundan Mampazham』ではモーハンラール、シュリーニヴァーサンと共演している。2004年にヴィシュヌヴァルダン、ラメーシュ・アラヴィンドと共演した『Apthamitra』が遺作となり、死後にフィルムフェア賞 カンナダ語映画部門主演女優賞を受賞している。また、同年3月1日から『Nartanasala』のリメイク版の撮影にドラウパディー役として参加していたが[16]、彼女の死去を受けて撮影が中止された。2014年8月に『ザ・タイムズ・オブ・インディア』の取材に応じた監督・主演のナンダムーリ・バーラクリシュナは、「サウンダリヤー以外にこの役に相応しい女優は思い浮かばない」として企画を白紙化したことを明かしている[17]。その後、2020年10月24日に彼女の出演シーンが収録された17分間の映像がオンライン配信された[18]。
死去
[編集]2004年4月17日にサウンダリヤーは飛行機事故で急死している[5][19]。この日、彼女はアーンドラ・プラデーシュ州カリームナガルで開催されるインド人民党の選挙キャンペーンに参加するため、兄K・S・アマルナート、インド人民党員ラメーシュ・カダム、操縦士ジョイ・フィリップスと共にセスナ 180に搭乗して午前11時5分に飛行場を離陸したものの、2分後にセスナ180はバンガロール郊外にある農業科学大学バンガロール校のガンディー農業科学センター敷地内に墜落し、4人全員が死亡した[20]。墜落直後、屋外で作業中だった大学関係者が乗員救助のためセスナ180に駆け寄ったものの、機体が炎上していたため救助は不可能な状態だったという[20]。
私生活
[編集]2003年4月27日にソフトウェア会社を経営するG・S・ラグーと結婚しており[1]、2004年にはインド人民党に入党している[20]。なお、G・S・ラグーはサウンダリヤー死後の2011年に別の女性と再婚している[21]。
評価
[編集]人物評
[編集]サウンダリヤーはテルグ語映画史上最も偉大な女優の一人に挙げられ[4]、「現代テルグ語映画界のサヴィトリ」とも称されている[9]。批評家からは演じるキャラクターの人物描写の巧みさを高く評価されており、カルナータカ州出身ながらテルグ語圏で高い人気を集めた[22]。
受賞歴
[編集]| 年 | 部門 | 作品 | 結果 | 出典 |
|---|---|---|---|---|
| 国家映画賞 | ||||
| 2003年 | 長編映画賞 | 『Dweepa』 | 受賞 | [23] |
| フィルムフェア賞 | ||||
| 2000年 | 新人女優賞 | 『Sooryavansham』 | ノミネート | [24] |
| フィルムフェア賞 南インド映画部門 | ||||
| 1996年 | テルグ語映画部門主演女優賞 | 『アマン』 | 受賞 | [25] |
| 1997年 | 『Pavitra Bandham』 | ノミネート | ||
| 1998年 | 『Dongaata』 | |||
| 1999年 | 『Anthahpuram』 | 受賞 | [26] | |
| 2000年 | 『Raja』 | [27] | ||
| 2001年 | 『Jayam Manadera』 | ノミネート | ||
| 『Annayya』 | ||||
| 2003年 | カンナダ語映画部門作品賞 | 『Dweepa』 | 受賞 | [28] |
| カンナダ語映画部門主演女優賞 | ||||
| タミル語映画部門主演女優賞 | 『Ivan』 | ノミネート | ||
| 2005年 | カンナダ語映画部門主演女優賞 | 『Apthamitra』 | 受賞 | [29] |
| カルナータカ州映画賞 | ||||
| 1999年 | 主演女優賞 | 『Doni Sagali』 | 受賞 | [30] |
| 2002年 | 第1位作品賞 | 『Dweepa』 | [31] | |
| 主演女優賞 | ||||
| ナンディ賞 | ||||
| 1995年 | 審査員特別賞 | 『Ammoru』 | 受賞 | [32] |
| 1996年 | 主演女優賞 | 『Pavitra Bandham』 | ||
| 1998年 | 審査員特別賞 | 『Anthahpuram』 | ||
出典
[編集]- 1 2 “Soundarya Profile Biography Biodata Family Photos.html”. 2026年4月18日閲覧。
- ↑ “Actress Soundarya had said that it would be her last film: Udaykumar's revelation”. Keralakaumudi. 2026年4月19日閲覧。
- ↑ Pandya, Haresh (2004年5月10日). “Soundarya”. The Guardian. オリジナルの2017年1月8日時点におけるアーカイブ。 2026年4月19日閲覧。
- 1 2 “South superstar Soundarya's birth anniversary: Here are her top movies”. CNBC TV 18 2026年4月19日閲覧。
- 1 2 Press Trust of India (2004年4月17日). “Soundarya killed in plane crash. its a tragedy”. The Indian Express. オリジナルの2013年1月23日時点におけるアーカイブ。 2026年4月18日閲覧。
- ↑ “Soundarya's death leaves a void”. The Economic Times 2026年4月18日閲覧。
- 1 2 “Obituary: Soundarya”. The Guardian (2003年5月10日). 2026年4月18日閲覧。
- ↑ IANS (2013年12月4日). “Many an actor has died in an accident”. Business Standard India 2026年4月18日閲覧。
- 1 2 “Soundarya's 44th Birth Anniversary: Remembering the evergreen actress of Telugu cinema”. The Times of India (2020年7月18日). 2021年5月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年4月18日閲覧。
- ↑ Manjula (2020年10月13日). “Pelli Choopulu Producer To Bankroll Soundarya Biopic?” (英語). The Hans India. 2026年4月18日閲覧。
- 1 2 Kumar, Ch Sushil (1998年3月28日). “Child, woman, star”. Rediff.com. オリジナルの2008年5月14日時点におけるアーカイブ。 2026年4月18日閲覧。
- ↑ “Star Menu”. Deccan Herald (2002年9月15日). 2002年12月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年4月18日閲覧。
- ↑ Rakesh (2022年4月17日). “Remembering The Modern 'SAVITRI' of Telugu Cinema.” (英語). Cine Chit Chat. 2022年11月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年4月18日閲覧。
- ↑ Mannath, Malini (1993年5月14日). “Does not move a madman”. The Indian Express: pp. 6. オリジナルの2024年5月20日時点におけるアーカイブ。 2026年4月18日閲覧。
- ↑ “Soundarya's Hello Brother film”. 2015年1月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年4月18日閲覧。
- ↑ “Dream come true”. The Hindu. (2004年3月8日). オリジナルの2017年5月2日時点におけるアーカイブ。 2026年4月18日閲覧。
- ↑ “I have no plans to revive Narthanasala now : Balakrishna”. The Times of India. (2014年8月31日). オリジナルの2017年5月2日時点におけるアーカイブ。 2026年4月18日閲覧。
- ↑ “17 mins of Balakrishna and Soundarya's shelved 2004 film 'Narthanasala' to stream online”. The News Minute (2020年10月20日). 2026年4月18日閲覧。
- ↑ “Indian actress dies in air crash”. BBC News. (2020年12月28日). オリジナルの2021年3月8日時点におけるアーカイブ。 2026年4月18日閲覧。
- 1 2 3 B. R., Srikanth (2004年4月17日). “Star-crossed on campaign trail”. The Telegraph. 2026年4月18日閲覧。
- ↑ “8 years after star's death, family fight over will gets ugly” (英語). Bangalore Mirror (2012年9月30日). 2018年4月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年4月18日閲覧。
- ↑ “Sooryavansham Lead Superstar Soundarya's Unknown Facts”. News18 India 2026年4月19日閲覧。
- ↑ “49th National Film Awards”. Directorate of Film Festivals. pp. 18–19. 2013年10月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年4月19日閲覧。
- ↑ “Filmfare Nominees and Winner”. deep750.googlepages.com (2006年). 2009年6月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年4月19日閲覧。
- ↑ “Filmfare Awards”. filmfare.com. 1999年10月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年4月19日閲覧。
- ↑ Filmfare magazine. Filmfare. (1999) 2026年4月19日閲覧。
- ↑ “Rahman bags 12th Filmfare award”. Pvv.ntnu.no. 2013年10月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年4月19日閲覧。
- ↑ “Manikchand Filmfare Awards: Sizzling at 50”. BSNL. 2011年7月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年4月19日閲覧。
- ↑ “'Aptha' sweeps Filmfare awards!”. Viggy (2011年3月13日). 2026年4月19日閲覧。
- ↑ “A star's bright career crashes”. Deccan Herald (2004年4月18日). 2017年4月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年4月19日閲覧。
- ↑ “Film-makers told to focus on issues affecting society”. Deccan Herald. (2003年1月20日). オリジナルの2012年4月5日時点におけるアーカイブ。 2026年4月19日閲覧。
- ↑ “నంది అవార్డు విజేతల పరంపర (1964 - 2008)” [A series of Nandi Award Winners (1964 - 2008)] (テルグ語). Information & Public Relations of Andhra Pradesh (2010年3月13日). 2015年2月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年4月19日閲覧。