ゴーターバヤ・ラージャパクサ

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ゴーターバヤ・ラージャパクサ
ගෝඨාභය රාජපක්ෂ
கோட்டாபய ராஜபக்ச
Nandasena Gotabaya Rajapaksa
Nandasena Gotabaya Rajapaksa.jpg

任期 2019年11月18日

出生 (1949-06-20) 1949年6月20日(70歳)
Flag of Ceylon (1951–1972).svg セイロンハンバントタ県
政党 スリランカ人民戦線英語版 (SLPP)
配偶者 Ayoma Rajapaksa

ゴーターバヤ・ラージャパクサシンハラ語: ගෝඨාභය රාජපක්ෂ, タミル語: கோட்டாபய ராஜபக்ச, 英語: Nandasena Gotabaya Rajapaksa, 1949年6月20日 - )は、スリランカ政治家。第8代大統領である。第6代大統領マヒンダ・ラージャパクサの弟で、マヒンダ政権下では国防・都市開発次官を務めた[1]

日本語での表記としては、ゴーターバヤ・ラージャパクサ[2]の他、ゴータバヤ・ラージャパクサ[3]ゴタバヤ・ラジャパクサ[4]などが存在する。

来歴[編集]

ゴーターバヤはスリランカ南部の著名な政治家の家系に生まれた。コロンボアナンダ・カレッジ英語版で学んだ後、1971年セイロン陸軍に入隊。陸軍訓練所で士官訓練を受け、初めは通信将校 (signals officer) に、次いで歩兵連隊に配属された。1983年に勃発したスリランカ内戦においては、ガジャバ連隊英語版を指揮して初期の主要な戦闘に参加した他、1987年に発生したスリランカ人民解放戦線の反乱鎮圧にも関わっている。その後は軍を早期退役し、情報技術の分野に移り、1998年にはアメリカに移住した。2005年にスリランカに帰国すると、兄マヒンダの大統領選を支援、マヒンダ政権の国防次官に任命された。ゴーターバヤの在任中の2009年スリランカ軍は仇敵であるタミル・イーラム解放のトラ (LTTE) を打ち破り、指導者ヴェルピライ・プラバカランを殺害、26年にわたった内戦に勝利した。一方で、2006年にはLTTEの自爆テロにより暗殺のターゲットとされた。内戦後、ゴーターバヤは様々な都市開発プロジェクトを立ち上げている。2015年の大統領選でマヒンダが敗れると、彼もその地位を退いた。2018年になり、翌年の大統領選の候補として浮上。民族主義と経済発展、国家安全保障を争点に多数派のシンハラ人の票を集め、第8代大統領に就任した。ゴーターバヤは議員を経ずに大統領となった初の人物である。

脚注[編集]

関連項目[編集]

公職
先代:
マイトリーパーラ・シリセーナ
スリランカ大統領
2019-
現職