ゴルゴタの丘

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ゴルゴタの丘
聖墳墓教会
ゴルゴタの丘に建っているとされる聖墳墓教会
位置
旧市街のキリスト教徒地区(①)に位置する。
位置 北緯31度46分43秒 東経35度13分46秒 / 北緯31.77861度 東経35.22944度 / 31.77861; 35.22944
所在地 イスラエルの旗 イスラエルエルサレム地区エルサレム
Project.svg プロジェクト 山
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ゴルゴタの丘(ゴルゴタのおか)は、新約聖書においてイエス・キリスト十字架にされたと記されているエルサレムされこうべの場所古代ギリシア語: Κρανίου Τόποςラテン語: Calvariae Locus)ともいう。

名称について[編集]

ヨハネによる福音書』(19:17)では、ゴルゴタ(Γολγοθα)はヘブライ語で「されこうべの場所」という意味であると書かれているが、実際にはヘブライ語ではなくアラム語で「頭蓋骨」を意味する「グルガルタ」(gulgaltā`[1]あるいは「ゴルゴルタ」(golgolta`[2][3]を写したものと考えられている。対応するヘブライ語は「グルゴレト」(גלגלת gulgōleṯ列王記下9:35)である[2][4]。ゴルゴタの名は『マタイによる福音書』(27:33)と『マルコによる福音書』(15:22)にも見える。一方で『ルカによる福音書』(23:33)ではギリシア語のみを記す。

『磔刑図』(アンドレア・マンテーニャ画、1459年
キリストを磔にした十字架の根本にアダムの墓を表す髑髏が描かれている。

日本のカトリック教会ではラテン語の Calvaria から派生した「カルワリオ」の丘と呼ばれることがあり、ラテン語より派生した英語の「カルヴァリーCalvary)」 はプロテスタント教会の名前によく用いられるが、「ゴルゴタ」も「カルワリオ」も「カルヴァリー」も、すべて「頭蓋骨・髑髏」の意味である。日本ハリストス正教会では教会スラヴ語の Голгоѳа から「ゴルゴファ」と転写される。

名前の由来についてはいろんな説が挙げられている。

このされこうべの場所については、そこにはアダムの遺体が葬られていると〔ヘブライ人たちが〕言い伝えていることを私は聞いた。これは、アダムによってすべての人が死んでいるのと同じように、キリストによってアダムがよみがえりすべての人が生かされる(1コリント15:22)ためである。 — オリゲネス、『マタイ福音書注解』[6][7]
実際にはアダムが世界の中心とされる神殿の丘の下に眠っているという伝説があり、ユダヤ人キリスト教徒あるいはオリゲネス自身がこれをゴルゴタに当てたのではないかと考えられている。(後世に起こった、ゴルゴタを神殿の丘と比定されるモリヤ山と同一視する考えがこれと似ている。)[6][8]ただし、現在のユダヤ教圏ではアダムの墓所はマクペラの洞穴にあるとする伝承の方が一般的に知られている。
オリゲネス以降にこの伝承がキリスト教圏に広く流布したが、懐疑的な人(ヒエロニムスなど)もいた。イエスの磔刑を表した絵画や彫刻にはしばしばその十字架の下にアダムの墓を表す髑髏が描かれる。
  • ゴルゴタをアダムの墓場とするオリゲネスの見解を否定したヒエロニムスは当時(4世紀後半)のエルサレムでは刑場を「ゴルゴタ」と呼ばれているのを指摘し、「されこうべの場所」を死人の頭蓋骨が散在する「斬首場」と意味するという説を唱えた[2][9]
  • 地形が頭蓋骨に似ていることから「されこうべの場所」と呼ばれたという見解もある。

福音書におけるゴルゴタ[編集]

ゴルゴタにて磔にされる前のキリスト(オットー・グライナー画、1896年)

4つの福音書から、イエスが処刑されたところは都に近かく(ヨハネ19:20)、道路の近辺にあることが窺える(マタイ27:39、マルコ15:29-30)。『ヘブライ人への手紙』(13:12)はイエスが「門の外で苦難に遭われた」とも述べている。実際には1世紀後半の修辞学者・クインティリアヌスの作と言われる『大規模弁論集』には「我々が犯罪人を十字架につける時、大多数の人がこれを見て恐怖におびえるために、(人々に)よく使われる道路を選ぶ」とあり[10][11]スパルタクス反乱に参加した奴隷たちはアッピア街道沿いに十字架に掛けられたという例もある。また、処刑所の周辺には園があり、そこにはイエスが葬られた墓があるという(ヨハネ19:41)。死体は穢れたものという考えから、墓地は町や村の外に置かれるのが普通であった[12]

上記を踏まえて、ゴルゴタはエルサレムの城壁外にありながらも市街からは離れていないことが分かる。

ゴルゴタは丘なのか[編集]

聖墳墓教会内の「カルワリオの岩」(A)

ゴルゴタは「丘」あるいは「山」と称されることが多いが、聖書にはゴルゴタが丘であるとは記されていない。むしろ『ヨハネによる福音書』等から「ゴルゴタ」は特定の丘の名前ではなくイエスが処刑された所とその墓のある園を含む一帯の地名であることが推測できる[2]

「カルワリオの岩」の上にある宝座
コンスタンティヌス1世が創建した教会ではこの岩は露呈しており、その上には十字架が立っていたという。

ゴルゴタを小山(羅語:monticulus)とする最古の記録は333年に書かれたボルドー出身の巡礼者の『ボルドー巡礼記』(羅語:Itinerarium Burdigalense)だが、ゴルゴタを丘あるいは山と一般的に考えられるようになったのは6世紀以降である[2][5]。この認識(誤認)が広まったのはコンスタンティヌス1世によって建てられた聖墳墓教会の中には「カルワリオの岩」と呼ばれる巨岩の上には十字架があったのは原因だと考えられている[13]

位置[編集]

園の墓」近くの丘。ここがゴルゴタの丘だという説もある。

場所については諸説あり、はっきりとは分かっていないが、城内の聖墳墓教会のある場所がゴルゴタの丘だといわれている。コンスタンティヌス帝の母ヘレナ326年にエルサレムを訪れた際、この地にあったウェヌス神殿で磔刑に使われた聖十字架聖釘などの聖遺物を発見したとされ、この地がゴルゴタとされ現在の聖墳墓教会が建てられたとされている。他に城外の「園の墓」付近をゴルゴタの丘とする説もある。

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ ただし「ヘブライ人」という語はギリシア語注解集(カテナ)のテキストに見られるもので、ラテン語訳にはない[6]

出典[編集]

  1. ^ Golgotha (2009). Zondervan All-in-One Bible Reference Guide. Zondervan Academic. p. 270.
  2. ^ a b c d e Joan Taylor (2010年1月11日). “Golgotha: A Reconsideration of the Evidence for the Sites of Jesus' Crucifixion and Burial”. Associates for Biblical Research. 2019年8月22日閲覧。
  3. ^ Luzac, Jean (1737). Institutiones ad fundamenta linguae Hebræae. p. 334.
  4. ^ “Golgotha”. Easton's Bible Dictionary. https://www.biblestudytools.com/dictionaries/eastons-bible-dictionary/golgotha.html. 
  5. ^ a b “Mount Calvary”. カトリック百科事典. http://www.newadvent.org/cathen/03191a.htm. 
  6. ^ a b c Taylor, Joan E. (1993). Christians and the Holy Places: The Myth of Jewish-Christian Origins. Clarendon Press. pp. 124-131.
  7. ^ オリゲネス「マタイ福音書注解」『ギリシア教父全集(Patrologia Graeca) 第13巻』ジャック・ポール・ミーニュ編、1845年、921頁。
  8. ^ Kadari, Adiel (2016). Interreligious Aspects in the Narrative of the Burial of Adam in Pirkei de-Rabbi Eliezer. In Houtman, Alberdina et al. Religious Stories in Transformation: Conflict, Revision and Reception. Brill. pp. 84-88.
  9. ^ ヒエロニムス「マタイ福音書注釈」『ラテン教父全集(Patrologia Latina) 第26巻』ジャック・ポール・ミーニュ編、1845年、209頁。
  10. ^ Cook, John Granger (2018). Crucifixion in the Mediterranean World. Mohr Siebeck. p. 109.
  11. ^ Hengel, Martin (1977). Crucifixion: In the Ancient World and the Folly of the Message of the Cross. Fortress Press. p. 50.
  12. ^ Charlesworth, James H. (2013). The Tomb of Jesus and His Family?: Exploring Ancient Jewish Tombs Near Jerusalem's Walls. Wm. B. Eerdmans Publishing. p. 529.
  13. ^ Taylor, Joan E. (1993). Christians and the Holy Places: The Myth of Jewish-Christian Origins. Clarendon Press. pp. 141.

外部リンク[編集]