ゴフ・ホイットラム

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ゴフ・ホイットラム
Edward Gough Whitlam
Whitlam1955.jpg
生年月日 (1916-07-11) 1916年7月11日
出生地 ビクトリア州キュー
没年月日 (2014-10-21) 2014年10月21日(満98歳没)
死没地 ニューサウスウェールズ州シドニー
所属政党 オーストラリア労働党
称号 旭日大綬章
配偶者 Margaret Dovey

オーストラリアの旗 第21代首相
内閣 ホイットラム内閣
在任期間 1972年12月5日 - 1975年11月11日
元首 女王エリザベス2世
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エドワード・ゴフ・ホイットラム(Edward Gough Whitlam、1916年7月11日2014年10月21日) は、オーストラリア政治家、第21代首相労働党。憲法に基づき、オーストラリア総督によって罷免された首相として知られる。

ゴフ・ウィットラム表記での報道も見られる(訃報に際して多くのメディアが用いた)。

ホイットラム政権[編集]

1972年に23年間にわたる自由党による保守政権に替わり誕生した労働党政権はベトナム戦争への参加を終わらせ、革新政権として、ホイットラムが首相に就任した。

しかし予算審議が膠着し、国政が停滞すると、野党自由党の新党首マルコム・フレーザーは激しい政府攻撃を展開。上院での予算案通過を阻止することに成功した。

このような事態に至り、ジョン・カー連邦総督はホイットラム首相を罷免。これは憲法の規定に従ったものであるが、総督が従うべきと考えられていた憲法的慣習にそぐわない行為であったため、物議を醸した。ホイットラムはこれを受け入れ首相を辞任しフレーザー選挙管理内閣に政権を委譲した。

なお、首相在任中の1973年に日本を訪問した際、日本とオーストラリアとの基本的枠組みを定める「奈良条約」締結を提案[1](NARA Treaty という通称には、Nippon-Australia Relations Agreement の意がある[2])。フレーザー内閣の手で1976年に締結された日豪友好協力基本条約として結実することになった。

略史[編集]

晩年の動向[編集]

90代を迎えた後も、マスコミへのコメント、執筆、寄付・寄贈などの活動を行っていた。シドニー大学ウロンゴン大学ラトローブ大学シドニー工科大学から名誉博士号を授与されている。2006年には旭日大綬章を受章。

2014年シドニーにて死去。98歳没。

脚注[編集]

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  1. ^ 清野健 (1982-03-25). “日オーストラリアの対日観 豪日関係に関する特別作業委員会の報告(マイヤー報告) (1978) を中心に” (PDF). 経営と経済 (長崎大学) 61 (4). http://naosite.lb.nagasaki-u.ac.jp/dspace/bitstream/10069/28143/1/keieikeizai61_04_05.pdf 2016年10月20日閲覧。. 
  2. ^ Japan country brief” (英語). オーストラリア外交通商省. 2016年10月20日閲覧。

参考文献[編集]

  • Gough Whitlam, On Australia's Constitution, Widescope, 1977
  • Gough Whitlam, The Truth of the Matter, Penguin, 1979 (Reprint, Melbourne University Press, 2005)
  • Gough Whitlam, The Whitlam Government, Penguin, 1985
  • Gough Whitlam and others, The Whitlam Phenomenon, Penguin, 1986
  • Gough Whitlam, Abiding Interests, University of Queensland Press, 1997
  • Barry Cohen, Life With Gough, Allen and Unwin, 1996
  • Hugh Emy and others, Whitlam Revisited, Pluto Press, 1993
  • Gareth Evans and others, Labor and the Constitution 1972-1975, Heinemann, 1977
  • Paul Kelly, Crash Through or Crash, Angus and Robertson, 1976
  • Paul Kelly, November 1975, Allen and Unwin, 1995
  • John Kerr, Matters for Judgment, Macmillan, 1978
  • Graham Freudenberg, A Certain Grandeur, Macmillan, 1977
  • Alan Reid, The Whitlam Venture, Hill of Content, 1976

外部リンク[編集]

先代:
ビリー・スネッデン
オーストラリア財務大臣
1972
次代:
フランク・クリーン
先代:
ウィリアム・マクマホン
オーストラリア首相
1972–1975
次代:
マルコム・フレイザー