ゴッドファーザー

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ゴッドファーザー』(The Godfather)は、アメリカ作家マリオ・プーゾが、1969年に発表した小説。それを原作とした映画1972年に公開された。

ゴッドファーザーのロゴ

ストーリー[編集]

アメリカに生きるイタリア移民とその子孫であるイタリア系アメリカ人一族の、栄光と悲劇を描く。「ゴッドファーザー」とは、マフィアのボスまたはファミリーのトップへの敬称であるが、本来はカトリックでの洗礼時の代父(名付け親)という意味である。イタリアなどの伝統的なカトリック世界では洗礼時の代父・代母は第二の父母であり、後見人的な存在として生涯にわたり関わりが続いたことに由来している。

アメリカにおけるイタリア人移民社会でも本国同様に代父母とのかかわりが重視されていたため、場合によってはイタリア系アメリカ人社会の実力者であるマフィアのボスに代父を頼み、協力を惜しまない代わりに庇護を求めていたという歴史的背景がある。

マリオ・プーゾの原作は組織の首領であるヴィトー・コルレオーネ(Vito Corleone)と彼の家族の絆に焦点を当てている。少年時代に父と兄を殺され、シチリアの寒村を追われアメリカへたった一人で移住した彼は「家族を守り」「友達を信じる」という信条を貫いた結果、政界や芸能界労働組合の奥深くにまで影響力を及ぼす存在となる。犯罪行為に手を染めながら同民族の力を借りてアイデンティティを保ち、周囲の恐怖と尊敬の視線を集めるヴィトーは絶対的な「ゴッドファーザー」である。

ドラマは古い価値観が壊れた第二次世界大戦直後から始まり、ここではコルレオーネ・ファミリーだけでなく、それに関わるアメリカにおけるイタリア人社会の変質「イタリア人からアメリカ人(イタリア系アメリカ人)へ」歩もうとする姿にも光を当てている。原作で歌手のジョニー・フォンティーン(人物描写が露骨にフランク・シナトラを想起させる)やソニーの愛人だったルーシー・マンティニにも多くの筆が割かれているのもこの新世代群像であり、その中には「新しいドン」への道を歩むことになるヴィトーの三男マイケルもいる。

一方、映画の『Part I』では、ほぼ原作に忠実であるが、ヴィトーの後半生と他のイタリア人移民社会の住人の描写が削られており、よりマイケルを中心としたコルレオーネ家族の絆の物語になっている。『Part II』『Part III』では、ヴィトーの前半生とマイケルの現在を対比させ、家族(ファミリー)を守るためにマフィアになり、組織(ファミリー)を作ったヴィトーと、家族を守るためにマフィアを継いだが、いつの間にか組織を守るために、家族を失っていくマイケルの姿を対照させている。

『ゴッドファーザー』は単なる組織犯罪やギャングの物語ではなく、家族の愛憎とファミリーを守ろうとする男たちの姿が主要なテーマである。

映画版では『Part II』においてヴィトー・アンドリーニ(Andolini)という名前であった少年が家族を殺されて逃れ、アメリカにやってきた際、エリス島にあった移民局での手違いから出身地名であるコルレオーネ村を取ったヴィトー・コルレオーネという名前になる次第が描かれている。(役人が異文化の住民の姓名を適当に変えてしまうことは移民局ではよくあることであった)。

映画(1972年~1990年)[編集]

イタリア系移民の悲哀を描き出した一大叙事詩的映画(エピックフィルム)。Part1、2、3の三部作で構成される。

『Part I』(1972年)[編集]

フランシス・フォード・コッポラ

『Part II』(1974年)[編集]

『ゴッドファーザー テレビ完全版』(『ゴッドファーザー・サガ』 )[1977年][編集]

上記劇場版2作のテレビ放映用再編集版。
原題:“The Godfather: The Complete Novel For Television”。
上記2作に約50分の未収録場面を追加し、年代順に再編集した作品。

再編集は、監督作「地獄の黙示録」撮影(当時フィリピンで撮影中)からサンフランシスコに一時帰国していたコッポラ自身の提案だった。コッポラはフィリピンでの撮影に戻らなければならず、再編集作業には、コッポラからかなり詳細に指示を受けたブラッキー・マルキンがあたった。
劇場版の未公開場面を加えた一方、テレビ放映用という性質上、暴力・性描写場面には若干のカットがあった。
本編約420分。複雑な時間の流れが整理されて理解しやすい作品となった。

1977年、アメリカNBCで初放映。日本では『ゴッドファーザー・サガ』と題して、1987年5月にフジテレビ系で4週連続で初放送(字幕版・深夜放送)、1994年12月にはテレビ東京系で吹替版が放送されている。この際、上記劇場版2作のテレビ放映時吹替とはメンバーを一新した日本語版が製作された。

その後日本では2014年、CSチャンネル「ムービープラス」で約20年ぶりに放送。デジタル・リストア済のHD放送、ステレオ音声、ワイド画面仕様にて放映。この2014年放送の際、コッポラの意向により、日本語題名を『ゴッドファーザー テレビ完全版』に改称した。テレビ放映用のため、いまだに当ヴァージョンはソフト化されていない。

『Part III』(1990年)[編集]

その後[編集]

1990年代後半には『Part IV』製作の噂が流れ、アンディ・ガルシアレオナルド・ディカプリオが出演するといわれたが、実現しなかった。一時期、ディカプリオの起用にコッポラが意欲的であると伝えられたが、1999年にマリオ・プーゾが死去したため、今後続編が作られる可能性は低いとみられている。コッポラはプーゾの死を受け、彼なくして(プーゾとの脚本共同執筆なくして)続編の制作はあり得ないと語った。

2004年ランダムハウス社はマーク・ウィンガードナーの手による新作『ゴッドファーザー・リターンズ』を発表した。

ゴッドファーザーDVDコレクションの特典「フランシス・フォード・コッポラ自作を語る」によると[1]、PARTⅣは、PARTⅡのように「過去」と「現在」を重ね合わせた作品にする予定だったと語っている。脚本は「現在」の部分だけは既に完成しており、マイケルの死に至るまでの経緯と、ビンセントがドンとしてファミリーを纏めて行くまでの話だったという。コッポラによると、その後のファミリーは、麻薬取引を行い始めたため没落。ビンセントがファミリーを束ね、コロンビアで麻薬を扱っているドンと対峙するというものであり、「過去」の部分は、ヴィトーが一大ファミリーとなる部分を描く予定であった。しかし、あくまでもコッポラの構想であり、上記にある通りマリオ・プーゾが死去したため、続編は作られていない。

映画版での主要スタッフおよびキャスト[編集]

主要キャストの吹き替え声優[編集]

役名 俳優 TV版 DVD版1 DVD版2
PartI PartII PartIII サガ PartI PartII PartIII PartI PartII
ヴィトー・コルレオーネ マーロン・ブランド 鈴木瑞穂 麦人 麦人
マイケル・コルレオーネ アル・パチーノ 野沢那智 山寺宏一 山路和弘 野沢那智 森川智之
ヴィトー・コルレオーネ(青年時代) ロバート・デ・ニーロ 青野武 大塚芳忠 山野井仁 山野井仁
ヴィンセント・マンシーニ アンディ・ガルシア 江原正士 関俊彦
ソニー・コルレオーネ ジェームズ・カーン 穂積隆信 金尾哲夫 谷口節 谷口節
フレド・コルレオーネ ジョン・カザール 大塚国夫 牛山茂 牛山茂
トム・ヘイゲン ロバート・デュヴァル 森川公也 菅生隆之 田原アルノ 田原アルノ
ケイ・アダムス・コルレオーネ ダイアン・キートン 鈴木弘子 堀越真己 山像かおり 鈴木弘子 山像かおり
コニー・コルレオーネ・リッジ タリア・シャイア 小谷野美智子  麻志奈純子 田中敦子 渡辺美佐 駒塚由衣 斎藤恵理
サル・テッシオ エイブ・ヴィゴダ 上田敏也  加藤精三 水野龍司 水野龍司
マクラスキー警部 スターリング・ヘイドン 北山年夫 北村弘一 糸博 仲野裕

作品の評価[編集]

『ゴッドファーザー』は1973年度、アカデミー賞8部門で10個のノミネートを受け、3つのアカデミー賞を獲得した。

  • 作品賞
  • 主演男優賞 マーロン・ブランド
  • 脚本賞 フランシス・フォード・コッポラ、マリオ・プーゾ

続編の『PartII』もまたアカデミー作品賞を獲得したため、正編・続編が作品賞を受賞した唯一のケースとなっている。また、『ゴッドファーザー』はそれ以外にも5つのゴールデングローブ賞グラミー賞など数々の栄誉を受けている。

ヴィトー・コルレオーネのモデル[編集]

一般的に知られているのはジョゼフ・ボナンノだと言われている。他にもオリーブオイルの独占販売権という点ではジョゼフ・プロファチである。

またコッポラ監督は1975年に受けた雑誌プレイボーイのインタヴューではヴィト・ジェノヴェーゼとプロファチから作ったと述べている。

映画でのマーロン・ブランドの話し方はフランク・コステロを真似たと言われている。[要出典]

貫禄を出そうと、両方のほほに、彼自身がティッシュペーパーを詰め込んだエピソードも有名。

エピソード[編集]

  • 当時のパラマウント社最大のヒット作である。社長のロバート・エヴァンズ自らが企画・製作し、同じく自身が製作した「ある愛の詩」と並ぶ興行成績を上げ、この2作品により倒産寸前だったパラマウント社を立て直したと言われる。
  • 『ゴッドファーザー』はマフィアの物語であるが、『Part I』撮影に備えて行われたイタリア系アメリカ人人権団体との折衝と合意により、Part Iでは「マフィア」、「コーザ・ノストラ」という言葉を使っていない(Part II、Part IIIでは多くはないが使われている)。また、公開にあたってはパラマウント社および監督のフランシス・フォード・コッポラより、作品がイタリア系アメリカ人、及びイタリア人とマフィアを関連付けて偏見を助長する意図に基づいていないことが再三に渡って表明されている。同作品が初めてテレビ放送される際にはコッポラによる「解説」も放映されたが、そこでもこの作品によってイタリア系アメリカ人をマフィア視するような偏見をもたないでほしいという内容の言及があった。
  • 『ゴッドファーザー』のファーストシーンは、ヴィトーの娘コニーの華やかな結婚式の裏でマフィアの闇の社会の謀議が行われるという対照的な情景だが、これは黒澤明監督の『悪い奴ほどよく眠る』のファーストシーン(娘の結婚式と、高級官僚である父の汚職事件の進行)から着想したと、のちにコッポラが語っている。
  • 室内のシーンで、コッポラは上から照明を当て、マーロン・ブランドの目を黒い影にして撮影したが、これは当時の映画の常識を破るものだった。以後、この手法を取り入れた映画が続出する。
  • ドン・ヴィトー・コルレオーネの役は、最初ロッサノ・ブラッツィなど他の俳優に出演依頼されたが、断られ、最後にマーロン・ブランドに回ってきた。ブランドは撮影中に監督と衝突するなどトラブルメーカーとして知られ、人気も下り坂だったため、当時ほとんど出演依頼がなかったが、この当たり役を得て第一線に復帰する。
  • マーロン・ブランドは撮影所の中で人懐こい野良猫を見つけ、この猫を気に入り、劇中でこれを抱くことをコッポラに了解させた。
  • Part IIの最後の場面、誕生日を祝う場面では、実際にマーロン・ブランドが現れなかったため、急遽、設定を変え、他のメンバーだけで撮影した。
  • マフィア役が気に入らなかったという説もあるが、後に、パロディーのような映画、ドン・サバティーニなどにも出演しているため、詳細は不明である。
  • また、映画『アナライズ・ユー』では、若き日のゴッドファーザーを演じたロバート・デニーロ自身が、父が撃たれる場面のフレド役を演じるなど、色々なところでファンを喜ばせる演出がされているが、数十年に渡るシリーズのため、出演者達は自分たちの記録・歴史そのものと語っている。それは、Part Iでピアノを弾く場面に、コッポラの父である作曲家のカーマイン・コッポラを出演させているところにも表れる。曲名はロンリネス。
  • Part IIIに娘役のメアリーとして出演し、後に映画監督になるソフィア・コッポラも、赤ん坊の時に洗礼を受けるコニーの次男役(Part I)、幼児時に移民船上の少女役(Part II)で登場している。
  • アメリカでは、マーロン・ブランド演じるヴィトーの口真似が宴会芸の定番とされた。
  • また、アメリカではよく「俺は奴に、断ることの出来ないオファーをするつもりだ」というセリフが引用される(イタリア訛りで)。
  • フランシス・フォード・コッポラは音楽にエンニオ・モリコーネを使いたかったらしい。(ただし、彼も「愛のテーマ」に関してはカバー曲として演奏をしている)

史実との関係[編集]

ニューヨーク・マフィア史[編集]

初期のブラックハンドから、禁酒法時代、賭博業への移行、麻薬派の勃興、五大ファミリーの成熟と抗争、上院議会の攻勢とマフィアの組織防衛まで、各時代の特色をマフィア一家の歴史と連動させて描き、ニューヨーク・マフィア史をなぞっている。

ファヌッチ[編集]

1900年代から1910年代にニューヨークの下町で移民の商売に寄生する強請り組織が流行し、ブラックハンドと呼ばれた。政治的保護のない移民を暴力で脅かして金を巻き上げ、要求に従わなければ放火や時に殺人を犯した。外国移民の流入がピークを迎える1900年代に最盛期を迎えた。狭い縄張りの中で移民に寄生し、横のつながりの欠如から組織は大きくならず、警察の弾圧の結果、禁酒法時代の到来をもって消滅した。ファヌッチはブラックハンドの典型として描かれている。

オリーブオイル輸入商[編集]

多くのマフィアは犯罪の隠れ蓑にパン屋、雑貨屋、肉屋など多彩な商売を営んだ。祖国イタリアの食材輸入をやるものが多く、禁酒法時代が到来すると、オリーブオイルの空き缶にアルコールや麻薬を詰めて密輸した。密輸は、海外の調達から船舶の入出港、国内搬送、購入者の獲得まで、チームワークや人材補給が必要になり、ギャングのシンジケート化を促した。ヴィトがファヌッチを射殺するシーンは、ストリートギャングからシンジケートギャングへの時代の変わり目を象徴する。またオリーブオイルは禁酒法下の非合法アルコールの隠喩となっている。

密輸からギャンブルへ[編集]

ニューヨークマフィアは1930年代から40年代に、組織の収益源を酒の密輸から賭博ビジネスに転換して全米に進出し、アメリカ南部のフロリダ(「南下政策」)や西部に拠点を次々に作った。この脱ニューヨーク化の動きを、モー・グリーンやマイケル・コルレオーネに投影している。またラスベガスホテルの経営者モー・グリーンは、ずさんな管理でホテルの経営を悪化させたベンジャミン・シーゲル個人を戯画化している。

汚職警官マクラスキー[編集]

シンジケート化したギャングは組織的に役人や警官を買収し、犯罪を見逃してもらった。見逃してもらうことで組織はさらに大きくなった。公権力がマフィアの手先となった典型として描かれる。1900年代、逮捕に抵抗するマフィア一家のメンバーを思い切り殴って暴力警官と非難されたニューヨーク市警の名物捜査局長がいたが、彼の名をジョージ・W・マクラスキーといった。

ラスベガスのショービジネス[編集]

ライブショーの出演契約を打ち合わせるジョニー・フォンティーンに、フランク・シナトラを投影している。シナトラは、1951年デザート・インの舞台に出演したのを皮切りにラスベガスのショービジネスをけん引し、全米から多くの客をラスベガスに呼び込んでマフィアが支配するカジノの収入に多大な貢献をした。

麻薬グループの台頭[編集]

1950年代、麻薬を踏み台にして勢力を拡大する動きが活発化した。マフィア本組織と切り離された麻薬グループを量産した。既得権のある成功マフィアは、他に稼ぎがあるので麻薬に手出しする必要が無いが、既得権のない新進マフィアは、上を目指してリスクのある麻薬に手を染める。こうした麻薬派の隆盛をソロッツォという単一キャラクターに圧縮している。同時にこの潮流の中心にいたヴィト・ジェノヴェーゼをオマージュしているとも言われる。

キューバ[編集]

マフィアが賭博シフトを加速させた結果、キューバに行きついた。バティスタ政権に巨額のわいろを贈り、賭博ビジネスを独占したが、1958年、カストロがクーデターを起こし、マフィアが築いた資産はすべて接収された。マフィアの栄華と転落の両方を象徴する。

五大ファミリーの傀儡支配[編集]

ニューヨークマフィアは1930年代初めに五大ファミリーの形を整え、以来30年間、ファミリーは互いに対等、ボスの立場も対等だったが、1960年代、ボス同士の駆け引きが高じて、カルロ・ガンビーノのように他のボスを傀儡にして背後から支配するボスが現れた。こうした傀儡支配を、バルジーニに投影している。

組織巨大化の矛盾[編集]

海外の拠点が増え、ボスは国際ビジネスに没頭して地元ニューヨークを顧みなくなる。地元の縄張りを守る一家の兵隊は、海外ビジネスを優先するボスに当惑し、間に立つ中堅幹部は苦悩する。1960年代、ボナンノ一家に長年奉仕した古参幹部が分裂騒動の主役になり、五大ファミリー全てを巻き込む抗争を引き起こした。シンジケート巨大化に伴う組織矛盾を古参幹部ペンタンジェリを通して描いている。

上院議会の反マフィアキャンペーン[編集]

マフィア組織を放置する公権力に市民の不満が高まり、上院議会が陣頭指揮に立った。マフィア組織など存在しないとするエドガー・フーヴァーFBI長官に代わって、手足を持たない検察や素人同然の議会有志が世論を支えにマフィアを叩くという、今から見てありえない構図が半世紀続いた。アメリカの歪んだ治安政策を象徴する。1950年代のキーファーヴァー委員会と1960年代のマクレラン委員会があるが、作品では後者の再現を意図している。

オメルタの掟[編集]

1963年のジョゼフ・ヴァラキの証言によってそれまでオメルタの掟に守られてきたマフィア組織の全容が明らかとなった。ヴァラキが利用した、証言と引き換えに政府に保護される証人保護プログラム(司法取引)は、その後マフィア組織を壊滅へ導く端緒となった。組織構成を図表で示して証言するペンタンジェリやウイリー・チッチにヴァラキが投影されている。

TVゲーム[編集]

日本では以下の作品が発売されている。

その他[編集]

  • PartⅠの、ドン・コルレオーネの葬儀でマイケルが立ち上がるシーンで、女性の顔がマイケルの服に映る。幽霊が映りこんでいると話題になる事があるが、これはマイケルのすぐとなりに座っているカルメラ・コルレオーネ(マイケルの母)がカメラの反射で映りこんだものとされている。

関連事項[編集]

脚注[編集]

  1. ^ ゴッドファーザーDVDコレクションDVD特典より

外部リンク[編集]