コンマニセンチ

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コンマニセンチ
メンバー 竹永善隆
堀内貴司
結成年 1998年
事務所 吉本興業東京本社
活動時期 1998年 - 2017年[1]
出身 東京NSC4期
出会い NSC
現在の活動状況 ルミネtheよしもとの舞台など
芸種 コント
過去の代表番組 10カラットなど
同期 ロバート
インパルス
森三中など
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コンマニセンチは、吉本興業東京本社(東京吉本)所属のお笑いコンビ1998年結成。

メンバー[編集]

  • 竹永善隆(たけなが よしたか、1976年8月20日 - ) 広島県三原市出身、ボケ担当。A型。身長165cm。父親が高校の校長先生。
  • 堀内貴司(ほりうち たかし、1979年4月5日 - ) 東京都北区赤羽出身、ツッコミ担当。A型。身長153cm。実家はカラオケスナックを営んでいる。

略歴[編集]

東京NSC4期生の入学式で竹永が隣の席に座っていた堀内を誘いコンビ結成。「花の4期生」と言われた顔ぶれの中でNSC在学中「4期生のエース」と呼ばれていた。[要出典]

卒業以降、不遇の時期が続いていたが2005年、TBS深夜のゲンセキから10カラットのレギュラーに選ばれる。

2017年3月31日、竹永の公式YouTubeチャンネルにて同年1月5日のライブをもって解散していた事を発表した。

解散後、竹永は「ノーフューチャー竹永」の芸名で、元メイデン玉砕の橋山メイデンと「こまく」を結成するも同年5月27日で解散。「竹永よしたか」と改名し、ピン芸人として活動。堀内は「堀内馬鹿祭」(ほりうちばかまつり)と改名し、ピン芸人として活動している。

ネタ[編集]

主にコント。「全力兄弟」というパイプイスごと倒れたり、突っ込んだりといった体を張った芸もする。因みに、全力兄弟のパイプ椅子に座ったままコケる時に2人が口ずさんでいるのは志村けんのだいじょうぶだぁのコントのオチに流れていたBGM。エンタの神様ではコケた後、「良い子はまねしない。」「テレビで見るより超痛い。」など子供に真似させないような注意を促して落とす。 これ以外に普通のコントも行っているが、竹永が叫んだり小道具を倒すなどの暴走するパターンは変わらない。

2006年M-1グランプリ予選では4脚並べたパイプ椅子に座っている堀内に竹永がダイビングして突っ込んだ。その様子は同年12月24日の決勝の放送のオープニングで一部流された。トップバッターのPOISON GIRL BANDの吉田はその映像を見て緊張がほぐれ、決勝に臨んだらしい。

ショートコントを行う場合、ネタよりブリッジに命をかけている。[要出典]

逸話[編集]

  • 二人とも普段は大人しくマジメな性格で、特に竹永はネタ合わせを何度も厳重に行なったり、絡みのトークが上手くいかなかった際は終わった後で司会の芸人に謝った事もあるらしく、トークなどでその事を指摘され必死に否定する事がよくある。
竹永
  • 黙っていれば男前だが、かなりの暴走キャラ。
  • 常に全力・空回り。
  • マメな性格で、上京してから今まで毎日日記を書き続けている。
  • 父親が高校の校長先生。
  • NSCの入学式で「お笑いには運が大事」と思い隣の席の堀内を誘ったが、お笑いタイフーンのインタビューでは「ロバート秋山の隣に座っていれば…」と漏らした事がある(ロバート、インパルス、POISON GIRL BANDなど同期の芸人は在学中のグループ解散や他人のアドバイスなどで卒業間近に現在のメンバーに落ち着いた例が多い)。
  • 30代とは思えない若さを誇る。お笑いポポロ2006年5月号掲載の芸人内アンケート「実年齢より若く見える人は?」で1位に輝いた。また、1996年第1回吉祥寺美少年コンテストで8位に入賞した。
  • 初のレギュラー番組となった10カラット最終回ではPTA代表として父親が参加。親子椅子倒れを披露した。
堀内

出演[編集]

テレビ[編集]

映画[編集]

その他[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 4月2日深夜放送分のテレビ東京博多華丸のもらい酒みなと旅」で、堀内貴司が発表した。

外部リンク[編集]