日本コロムビア

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日本コロムビア株式会社
NIPPON COLUMBIA CO., LTD.
種類 株式会社
市場情報
東証1部 6791 1949年5月16日上場
略称 コロムビア
本社所在地 日本の旗 日本
105-8482
東京都港区虎ノ門4丁目1番40号
江戸見坂森ビル
設立 1910年明治43年)10月1日
業種 情報・通信業
事業内容 オーディオ・ビデオソフト等の制作、宣伝、販売、音楽アーティストのマネジメント
代表者 原 康晴(代表取締役社長兼COO)
資本金 10億円
発行済株式総数 1億8,551万651株(普通株式)
7,692万4,000株(A種優先株式)
売上高 連結:146億81百万円
単独:137億17百万円
(2012年3月期)
純資産 連結:27億10百万円
単独:18億96百万円
(2012年3月31日現在)
総資産 連結:83億37百万円
単独:79億84百万円
(2012年3月31日現在)
従業員数 連結:306名 単独:286名
(2012年3月31日現在)
決算期 3月31日
主要株主 (株)フェイス 31.2%
株式会社第一興商 4.75%
三井住友信託銀行 0.95%
日本トラスティ・サービス信託銀行(信託口6) 0.66%
日本トラスティ・サービス信託銀行(信託口3) 0.62%
富国生命保険相互会社 0.59%
楽天証券0.58%
(2012年9月30日現在)
主要子会社 コロムビアソングス(株) 100%
外部リンク http://columbia.jp/
特記事項:2010年4月6日に平澤創(フェイス代表取締役社長兼創業オーナー)が取締役会長に就任。2002年10月1日から2010年9月30日までの社名は「コロムビアミュージックエンタテインメント株式会社」であった。
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コロムビアミュージックエンタテインメント旧本社(2代目)。東京都港区六本木の六本木21森ビル

日本コロムビア株式会社(にっぽんコロムビア、NIPPON COLUMBIA CO., LTD.)は、日本レコード会社である。

概説[編集]

1910年(明治43年)10月1日神奈川県橘樹郡川崎町(現在の川崎市川崎区)で日本蓄音機商会として設立された、日本で最初(最古)のレコード会社である。創業時から米国コロムビア・レコード社とは提携関係にあり、ソフトはもとより、レコード盤や蓄音機の技術面での輸出入が行われていた。日蓄工業を経て1946年(昭和21年)に日本コロムビアへ改称。1960年代までビクタートーキングマシン(RCAビクター)[1]コロムビアの米国2強によってレコード盤カッティング録音)・蓄音機(再生)技術双方の開発が競われており、日本コロムビアはLP盤による邦楽作品をいち早く売り出した。

戦後、主に演歌歌謡曲伝統芸能・学校音楽教材のレコード制作・発売が中心であったが、1960年代中盤以降はグループサウンズアニメ特撮等のアニメソング、1970年代中盤以降はアイドル歌謡曲分野にも進出した。一方で米国コロムビア・レコード1968年(昭和43年)に輸入発売権が解消されたため(#コロムビアレコードの商標を参照)、洋楽ロックバンドポップスなど)のラインナップは大幅に減少し、現在では自社プロデュース或いは発売権取得によるクラシックジャズ演奏を中心とした少数派に留まっている。1990年代中頃より不採算部門と言われたJ-POPへ力を入れている。

昭和期には、美空ひばり・石川さゆり・島倉千代子・都はるみ・藤山一郎・舟木一夫らの演歌・歌謡曲の大御所が多数所属し、ビクター音楽産業東芝EMIテイチクと市場を二分する程の勢いがあった。その一方で、J-POP部門はそれらのレコード会社やソニーミュージックポニーキャニオンエイベックスなど新興勢とは相反して、ゴダイゴ中村雅俊榊原郁恵松山千春ザ・コレクターズ、平成期以降はミッシェル・ガン・エレファントピチカート・ファイヴ毛皮のマリーズなど、ファン層が比較的限定されたアーティストで占められていた。

1947年(昭和22年)に傘下となった日本電気音響(ブランド名・DENON[デンオン(デノン)])は、放送局向けに供給していたカートリッジDL-103を1964年(昭和39年)頃に一般オーディオ市場に流通させたことをきっかけとして、以後デンオン(デノン)ブランドによるコンポーネント機器を発売した。1972年(昭和47年)頃には、NHK技研との共同開発による世界初の実用PCMデジタルレコーダー(DENON DN023R)によるデジタル録音・LP盤発売を実施するなど、ソフトとハードを兼ね備えていたメーカーとしての顔も見せていた。しかし後述の経営再建策により、2001年(平成13年)にデノン(現・デノン コンシューマー マーケティング)として分社化され、その後の日本マランツとの経営統合により、高級志向に特化したオーディオ機器メーカーとして事業を行っている。

1992年(平成4年)頃に、ANIMEXレーベル内の特撮音楽(旧ブラジルレコード)とアニメソング一部作品の制作・発売元を株式会社フォルテ・ミュージックエンタテインメント(Forte Music Enterprise、FME)に分社化[2]し、ディレクターが独立。しかし、1996年(平成8年)頃に債務超過に陥り会社が清算されたため、コロムビアが同社の音源を買い上げる形で収束している。

かつては長きにわたり、日立製作所が筆頭株主である日立グループの一社で、なおかつ第一勧銀グループの社長会である三金会においても、旧財閥に属さない「勧銀15社」の1つとして所属する、民族(国内)資本の名門レコード会社であった。しかし、後述の2001年(平成13年)に実施された経営再建に伴うグループ外企業からの出資・経営支援により、みずほグループや日立グループの系列から脱退している[3]

2012年現在の主要取引銀行は三井住友信託銀行である。フェイスグループ入り以前は三菱東京UFJ銀行であった[4]

かつて関係があった米国コロムビア・レコードハリウッドの大手映画スタジオであるコロンビア映画は、英語では同一表記であるが、両社間は元々関わりが無かった。しかし、ソニーによる買収により1990年(平成2年)以降はソニーグループに属している。

発音が似ているためか、「コロンビア」と誤記されることが多い[5]。なお、「コロビア」と書くが、原音はむしろ「コロンビア」に近く、日本でも多くは「コロビア」と発音される。

2014年6月23日2014 FIFAワールドカップ・グループCの日本vsコロンビア戦を応援する趣旨で、6月25日の試合終了までの限定で社名を「日本vsコロンビア株式会社」とすることを発表した(なお、正式な社名の変更ではない)。[6]所属歌手のクミコが、6月21日にコンサート内で行った発言がきっかけである[7][8]

経営母体の変遷[編集]

リップルウッドによる買収[編集]

平成期に入ると、小室ブームの牽引により売上シェアが急激に拡大したエイベックスの様にミリオンセラーを誇るキラーアーティストの不在に加え、他社と比べて積極的ではなかったJ-POP部門で、THE YELLOW MONKEY(→ファンハウス)・HOUND DOG(→SMEJ)・観月ありさ(→avex tune)ら、当時のオリコンチャートに入る複数の有力アーティストが1997年(平成9年)前後に所属事務所側の意向によって他社へ移籍すると、代わりの新人アーティスト発掘に出遅れたこと、演歌・歌謡曲部門では、2000年(平成12年)デビューの氷川きよしを除いてヒット曲に恵まれなかったこと等による売り上げ減少が続き次第に経営不振に陥った。

このため、経営再建のスキームとして2001年(平成13年)5月に日立製作所と主力取引銀行(第一勧銀三和銀など)の意向により、経営権を企業再生ファンドであるリップルウッド(RH)の手に委ねた。

これと前後して、J-POP部門を1998年(平成10年)に分社化した株式会社ヒートウェーブ(HEAT WAVE)が2001年(平成13年)3月に債務超過に陥り、清算後にコロムビアに吸収されている。同年8月にはレコーディングスタジオを兼ねた赤坂4丁目の本社屋の不動産を売却し、六本木移転まで賃借する形式をとった[9]

そして同年10月1日に、先ず音響機器部門をデノンとして分社化(日本コロムビア完全子会社)。即座にリップルウッド中間持株会社の「ニューデノン」(98%・59億円出資)と日立(2%・1億円出資)に、デノン持株分を日本コロムビアが売却することで60億円を調達。さらに事業分割後の日本コロムビアは、同日に第三者割当増資によって65円の優先株を9230.8万株発行し、匿名組合出資ファンド「リップルウッドニッポンコロムビアパートナーズ」(リップルウッドが8割、第一興商三菱商事が残りの1割ずつ出資)に対して83%、日立製作所に13%を割り当て、投資ファンドが筆頭株主(全体の41.66%出資)となる。この時点で日立製作所の持株比率が全体の2割強となり、外資主導の資本構成となる。なお、日立へ累積債務の引換として41億円相当の普通株が割り当てられた[10]

100億円規模の資金調達が実現した結果、財務状態は健全化。当時の株価が200円前後で推移したため、普通株に転換出来ればこの時点でリップルウッドに含み益が発生しているが、2002年(平成14年)7月にも、リップルウッドを主な引受先とする68億円分の普通株発行により資本を増強している。

リップルウッドは、2002年(平成14年)にデノン日本マランツ株式移転(経営統合)によって設立したディーアンドエムホールディングスの株式保有を続け、2008年(平成20年)にベインキャピタルへ売却した事により、126億円という莫大な譲渡益(キャピタルゲイン)を得ることになった。

経営改革の成果と業績の低迷[編集]

RHの方策により、アメリカのBMGエンタテインメントで会長職を歴任したストラウス・ゼルニックが代表取締役会長に内定し、ソニーミュージックプロデューサーBMGファンハウス副社長を歴任した元サディスティック・ミカ・バンドのメンバーであった松村克己(ジャック松村)と、ビーイングでプロデューサーをしていた中島正雄取締役として招致した。RHへ経営権が移る2001年(平成13年)10月1日付けで松村が代表取締役CEOに就任する新体制が築かれた。

これよりJ-POP部門のアーティスト育成に本格的に乗り出すとされたが、2002年(平成14年)8月に松村は心不全により僅か48歳で急逝し、CEOは中島に交代となった。そして2002年(平成14年)10月に55年間親しまれてきた「日本コロムビア」から、「コロムビアミュージックエンタテインメント」へ社名変更された。

まず社名変更後の同年10月末に一青窈のデビュー作として発売された『もらい泣き』が、ロングセールスとオリコンチャートトップ5へのランクインを記録した。それ以降も2003年(平成15年)の木村カエラのデビューや、氷川きよし等既存アーティスト作品の安定した売上に加え、演歌アニメソング分野でのベスト盤の発売、虫プロダクションの旧作アニメや中部日本放送昼ドラマキッズ・ウォーシリーズのDVDソフト化を次々と行うなどの施策によって売上は微増傾向となっていく。

なお、2005年(平成17年)までの間に、コロムビア音響工業、旧日本コロムビアのライブハウス事業と位置づけられていた株式会社エッグマン(Shibuya eggman運営) 、コロムビアデジタルメディアの3子会社を企業買収ファンドを営むパインリッジ株式会社へ売却した。売却後もコロムビア健康保険組合の事業主を構成しているため、旧日本コロムビアグループとして括られている。

経営再建途上の2007年(平成19年)以降、レコード会社業界全般で音楽配信のシェアが急速に拡大し、CDメディアの売上が縮小する状態に陥る。コロムビアもその影響を受けて売り上げが再び減少。これに伴い、制作部門を含めた数百人規模の社員希望退職者募集に加え、売上不振となっているアーティストとの所属契約を期間満了で更新させずに退かせるなど、大胆なリストラを行った。

2007年(平成19年)にはTDK子会社で映像ソフトを中心とした制作・販売を行う「TDKコア」を15億円で買収し、2008年(平成20年)にクリエイティヴ・コアへ社名変更した。映像ソフト分野については事業統合するも、飛躍的な事業拡大へは至っていない。

株価についても、2008年(平成20年)以来100円前後から徐々に下落した。特に世界金融危機によって株式市場全体で株安傾向が強まっていた2009年(平成21年)2月22日には年初来最安値の16円を記録した。その後は2009年3月期決算が悲観的ではなかったため40円台まで回復したものの、継続企業の前提財務諸表に付記され、2009年(平成21年)9月以降は25円-30円台という低水準で推移するといった厳しい経営状態が続く。

企業年金への取り組み[編集]

2009年(平成21年)に日本航空の再建問題で挙がった確定給付型企業年金の積立金不足問題に関連して、2009年(平成21年)12月9日の日経新聞朝刊9面(企業欄)に、コロムビアの給付債務の不足金(約41億円)に自己資本(約8億円)を割ると不足額比率が489%となり、上場企業では首位であることがに掲載された。この時期に、OBに対して給付額の減額交渉を行い、大半の同意を得た事が同月11日付記事で掲載された。企業年金の給付額削減の妥結を見いだした事例として、2010年(平成22年)3月22日号の日経ビジネスにも特集記事として詳述されている。

フェイスによる買収[編集]

2010年(平成22年)1月、コンテンツ配信サービス企業の (株)フェイス は、2001年(平成13年)10月以来筆頭株主で経営権を握っていた、RHJインターナショナルが組成した「リップルウッドニッポンコロムビアパートナーズ」から、コロムビアミュージックエンターテインメントの発行株式(合計31.39%)を取得すると発表[11]。これにより、フェイスはコロムビアの筆頭株主となり、持分法適用会社として同社グループ入りとなった。

なおこの結果、CEOをはじめとする現職の取締役が全て退任し、フェイスグループから派遣された役員による新経営陣への刷新が、同年4月6日に行われた臨時株主総会および同年6月の定期株主総会で承認され、フェイス創業者の平澤創が取締役取締役会会長に、代表執行役社長COOに原康晴(前副社長、旧日本コロムビアで営業畑を歩んできた生え抜き)が就任。社外取締役社外監査役はほぼフェイス側の役員が兼任する形となった。

一方、日立製作所は2009年(平成21年)9月と2010年(平成22年)2月以降、徐々に保有しているコロムビアの株式を売却している事がEDINETでの5%ルールによる大量保有報告書(変更報告)の提出[12]によって明らかとなっている。

フェイスは2014年(平成26年)2月に株式公開買付けを発表し、出資比率を最大60%まで高めることを明らかにしている[13]

コロムビアの原点回帰[編集]

2010年(平成22年)5月、創業1世紀(100周年)を迎える同年10月1日に、正式社名とツインノーツの社章・ロゴタイプを日本コロムビア株式会社にっぽんコロムビア、旧社と同じ。英名:NIPPON COLUMBIA CO., LTD.)に戻す(法制上は“社名変更”)ことを発表した[14]。旧社名に戻すのは、2002年10月1日付でコロムビアミュージックエンタテインメントに社名変更して以来8年ぶりである。そして、同年10月1日に社名変更が実行された。社章のシンボルカラーについては、2002年(平成14年)9月までの黒色ではなく、CME時代の青色を継承する。

理由としては、同年に筆頭株主(支配株主)が約10年振りに外資ファンドから国内企業に異動したことや、現在グループ内での主な事業が音楽・映像ソフト主体から映像・ゲーム関連へと拡大した事により、社名にミュージック(音楽)を付ける事は現状にそぐわないとの判断が現経営陣によってされた結果とのこと。

コロムビアレコードの商標[編集]

創業当初から1960年代まで英EMIのコロムビア・レーベルのソフトと米コロムビア・レコードの日本での発売権を持っていたが、前者は1962年(昭和37年)に当時の東芝音楽工業(現在のユニバーサル ミュージック合同会社 Virgin Music)に移籍し、後者は1968年(昭和43年)にソニーと旧米コロムビア・レコードの母体であるCBSCBSレコード)との合弁で設立されたCBS・ソニーレコード(現:ソニー・ミュージックエンタテインメント)設立により移管され、現在は子会社のソニー・ミュージックジャパンインターナショナル(SMJI)が発売元となっている。

日本コロムビアはこれ以降、日本での『ツインノーツ』(16分音符の2連符)マークと、レコードなど音楽ソフトにおける『コロムビア』(COLUMBIA)の商標(登録番号・第318664号ほか)のみを残す形となった。それでも、ソニー・ミュージックエンタテインメント (米国)(SME)発売によるコロムビア・レコードレーベル商品の輸入盤については、輸入発売元がソニー・ミュージックジャパンインターナショナル(SMJI)ではあるが、日本コロムビア(またはコロムビアミュージックエンタテインメント)の社名ロゴと商標承認の文字が記載されたシールが貼付され、同社はライセンス料を得る形となっている。

なお米国コロムビア・レコードのレーベルのマークは、上述のような商標権利上の関係から、旧:日本コロムビアの社章でもあった“ツインノーツ”(旧社は黒色、新社は紺色)ではなく、旧母体であるCBSの「目玉マーク」をアレンジしたもの(通称:ウォーキング・アイ)が用いられ、2000年代からは日本コロムビアと同一の商標ロゴであった「COLUMBIA」の字体(プロポーション)を縦長に改変して区別している。

また、SME傘下のコロムビア・レコードのクラシックレーベルとして1990年代に編成した「ソニークラシカル」は、コロムビア・レコードの“ツインノーツ”の代わりに、新たにデザインされた『赤地に2連符の白抜きを模ったロゴ』とSONYロゴタイプを併記したマークを使用している。

プレス設備[編集]

2000年代中盤まで、自社でCDDVD等ディスクメディアの大規模なプレス工場(神奈川県川崎市川崎区港町)を保有する数少ないレコード会社であった(他にはJVCケンウッド・ビクターエンタテインメント東芝EMI(現:トエミ・メディア)など)。2005年(平成17年)にプレス工場をコロムビアデジタルメディア(CDM) と子会社を設立した上で、土地は株式会社原弘産(下関市)、建物は企業買収ファンドのパインリッジ株式会社へ売却された。

その後も生産活動を行っていたが、2007年(平成19年)7月頃に川崎港町から静岡県焼津市東名高速道路沿いにあるソニーDADCジャパン静岡工場大井川(DADJ-O)敷地内に拠点を移転。会社名をCDMパートナーズへと変更したものの、2009年(平成21年)、CDMパートナーズは従業員による破産申し立てにより倒産している。

川崎工場跡地は京浜急行電鉄大和ハウス工業の開発による大規模分譲マンションリヴァリエ」(仮称:川崎港町プロジェクト)の建設が進行中である。

なお川崎工場の最寄り駅だった京急大師線港町駅は、1932年(昭和7年)の開設(臨時乗降場からの昇格)から1944年(昭和19年)まで「コロムビア前駅」だった。

沿革[編集]

太平洋戦争時に発売されていた「コロムビアすだれレーベル」
1960年代初め頃に発売されたCOLUMBIAブランドのオープンリール・テープレコーダー
「7L-10」

主要レーベル[編集]

コロムビアレコード (COLUMBIA RECORDS)
総合レーベル。演歌・歌謡曲・J-POPなどオールジャンル。1960年代初頭までは一部洋楽も。
  • フューチャーレーベル (Future) - AKB48の派生ユニットであるNot yet専属のレーベル(2011年(平成23年)発足)。
コロムビアハウス (COLUMBIA HOUSE)
総合レーベルのコロムビアレコードのサブレーベル的存在で、下記サブカル系2レーベルの総称である。
コロムビアジャパン (COLUMBIA JAPAN)
2000年(平成12年)頃よりメインレーベルのコロムビアレコードより分離、2003年(平成15年)にトライアド・パッション(TRIAD PASSION、旧PASSIONレーベル)を改組。
  • columbia*readymade(コロムビア・レディメイド) - ********* records,tokyo(後述)の後継レーベル。小西康陽関係の作品をリリース(2006年(平成18年) - )。
  • パッションレーベル (PASSION)
コロムビアレコードからJ-POP部門を分離独立させて新設したレーベル。
  • M-TRAIN(エムトレイン) - 中村雅俊専属のレーベル。コロムビアレコードから移籍(但し、J-POP部門再編によりパッションレーベルの傘下レーベルとなっている)。
  • B-C/BeatreC - 当時、音楽事務所的要素の強かったビーイングと提携したかつてのレーベル。PAMELAHBAAD、また末期にはFIELD OF VIEWも在籍していた。現在は活動休止。
ヒートウェーブ (HEAT WAVE)
1998年(平成10年)に子会社として設立したJ-POP系レコード会社。TRIADレーベル等のアーティストの一部が移籍し発売元になると共に、新人アーティストの発掘を事業領域としていたが、売上不振による債務超過に陥ったため、2001年(平成13年)3月に日本コロムビアへ吸収され、以後はレーベルのみ残る。
  • ********* records,tokyo(レディメイド・レコーズ・トーキョー)- ピチカート・ファイヴなど「レディメイド・エンターテインメント」所属アーティストのレーベル(1998年(平成10年) - 2002年(平成14年))。
コロムビアインターナショナル
  • サヴォイ・レコード(SAVOY) - 1992年(平成4年)に日本コロムビアの傘下になったアメリカのジャズ・レーベル。チャーリー・パーカー等を輩出したことで有名。サヴォイ・レーベル・グループ(SLG)を形成。グループ下にデノンのクラシック部門を持っている。
  • hug columbia - 海外の新興音楽レーベル・V2レコードVirgin系のレコード会社)と提携しているレーベル。テイ・トウワが所属。
DENON(デノン/デンオン)
  • デノン - 1968年(昭和43年)設立。設立当時はいわゆる「和製ポップス」のうちフォークあるいはソフト・ロック寄りの路線で展開した。伊東ゆかり森山加代子ベッツィ&クリス等が在籍。ロゴは丸型であった。また、演歌・歌謡曲などでも「コロムビア」の商標が使用できない在外邦人向けの海外輸出盤で使われた。「デンオン」レーベルの開始に伴い、「デノン」レーベルの規格品番「CD」シリーズはブロウアップレーベルに引き継がれる[23]
  • デンオン - 1973年(昭和48年)、PCM(デジタル)録音の本格稼働にあわせて、呼称とロゴを変更してリニューアル。主に高音質を期待されるクラシックやジャズの作品が発売されたが、ジャズは次第にBetter DaysやInterface等のレーベルに移行し、現在はほぼクラシック専門レーベル。1980年代初期には演歌・歌謡曲・邦楽ポップスなどでもコンパクト・ディスク限定で使われたことがある。なお、「DENON」の商標権はレコード等に関するものもディーアンドエムホールディングスに移っており、同社から許諾を受けて使用している。

アーティスト[編集]

あ、か行[編集]

さ、た、な行[編集]

は、ま、や、ら行[編集]

販売委託[編集]

かつての販売委託先[編集]

バンダイ・ミュージックエンタテインメント(BME、旧アポロン。但し、同社が販売委託していたマリン・エンタテインメントの音源は同社が保有)や、同社に販売委託を行っていた旧エアーズ[26]、音楽部門(ソノシート関連)を持っていた頃の朝日ソノラマ[27]、及びかつてコロムビアの直系子会社であったフォルテ・ミュージックエンタテインメント[28]の音源を買い取って同社の音源とし、現在に至っている。

以前に在籍していたアーティスト[編集]

引退、解散、死去したアーティストも含む。

あ行[編集]

か行[編集]

さ行[編集]

た・な行[編集]

は行[編集]

ま・や・ら・わ行[編集]

コロムビアハウス部門[編集]

アニメソング(ANIMEX)・ゲームミュージック・子供向け音楽・邦楽雅楽等)・学校音楽教材を管轄する制作ディビジョンである。

アニメ・特撮・ゲームミュージック[編集]

アニメソング特撮番組の音源については前述通り力を入れており、1970年代までは、日本の子供向け番組の大半の楽曲を同社が保有していた。この事から現在でも、70年代以前の懐かしのアニメ・特撮は、同社のCDを求めるだけでかなりの作品を揃える事が出来る。

日本アニメーション制作作品に於いては積極的に音源が発売されており、1997年(平成9年)発売の3枚組アルバム『名作アニメ主題歌全集』や2000年(平成12年)発売の8枚組アルバム『創立25周年企画 アニメ主題歌大全集』、2004年(平成16年)の『日本アニメーションの世界(4作品 計12枚)』シリーズで自社原盤では無い作品の音源については全て保有者(他レコード会社等)より借り入れる形でほぼ網羅のうえ収録している。

主な音源所有作品[編集]

以下の作品の一覧のうち、サウンドトラック発売のみの作品は「(ST)」、他社音源が含まれる作品は「◇」の記号を付記する。

アニメソング[編集]

1965年

1966年

1967年

1968年

1971年

1972年

1973年

1974年

1975年

1976年

1977年

1978年

1979年

1980年

1981年

1982年

1983年

1984年

1985年

1986年

1987年

1988年

1989年

1990年

1991年

1992年

1993年

1994年

1995年

1997年

1998年

1999年

2000年

2001年

2002年

2003年

2004年

2005年

2006年

2007年

2008年

2009年

2010年

2011年

2012年

2013年

2014年

2015年

バンダイミュージック原盤

バンダイ・ミュージックエンタテインメント(旧・アポロン)およびエアーズが音源を保有していたもの
ガンダムシリーズなど一部作品は例外有り)

朝日ソノラマ保有音源[67]
特撮[編集]

ゲームミュージック[編集]

ナムコ(現:バンダイナムコゲームス)との関係が深い。

子供向け[編集]

ライナーノーツの歌詞は丸ゴシック体でルビが掲載されている。

NHKみんなのうた[編集]

1980年代頃より番組で放送された新曲を含めたアルバム盤CD(1980年代はレコード・CT)を年2作品程度のペースで自社企画のうえ発売している。原盤の著作権の殆どは日本放送出版協会が保有しているが、ニューミュージック系の楽曲でオリジナルアーティストの所属レコード会社が異なる場合は、コロムビアによって製作されたカバー曲を収録している。2005年(平成17年)頃発売作品より、原盤を製作者から借り入れてオリジナル版を収録するケースが増えている。番組開始40周年を2001年(平成13年)に迎える1999年(平成11年)や、同45周年を迎えた2006年(平成18年)には、過去の楽曲を収録したベスト選集を発売している。

テレビこどものうた(こどものうた)[編集]

1993年(平成5年)よりシリーズ展開されている自社企画のオムニバスアルバム。童謡、子供(キッズ)向けのアニメ・特撮番組、ポンキッキーズひらけ!ポンキッキおかあさんといっしょなどの楽曲を選り取り構成し、2500円程度の廉価格で発売している。
特におかあさんといっしょポンキッキ関係の音源はフジメディアホールディングスポニーキャニオンフジパシフィック音楽出版)が保有しているため、これらの楽曲については原盤の借り入れをせず、全て自社係属アーティスト(山野さと子影山ヒロノブひまわりキッズなど)によるカバー音源で収録されている。
同等の企画盤はキングレコード日本クラウンビクターエンタテインメントアポロンが先行しており、東芝EMIなどからも発売された実績がある。

CDツイン[編集]

上述の「NHKみんなのうた」や、自社音源のアニメソング・特撮主題歌を2枚組のコンピレーションCDとした廉価なベスト・アルバム。

サウンドトラック[編集]

NHK教育番組(映像ソフトはNHKエンタープライズと共同制作)

その他民放番組

過去

  • おかあさんといっしょシリーズ(映像ソフトはNHKエンタープライズと共同制作)
    • 1989年までビデオ・CD・カセットなど発売して、1990年春のファミリーコンサート以降はポニーキャニオンから発売している。

関連商品・レーベル[編集]

特撮専用のレーベル。コロムビアレコードへ統合され、現在のANIMEXレーベルが新設される。

コンピュータゲーム[編集]

2010年(平成22年)1月、クリエイティヴ・コア(旧TDKコア)のゲーム事業を譲り受け、コンピュータゲーム事業に参入している。ラインナップはニンテンドーDS3DS用の女児向けゲームが中心。

ゲーム制作部の沿革と発売タイトルについては日本コロムビア発売のゲームタイトル一覧を参照。

備考[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 後のRCAレコードBMG日本ビクターおよびビクターエンタテインメントの起源となる企業。
  2. ^ スーパー戦隊シリーズ分を除く。
  3. ^ 同様の企業として東燃日立グループとは同根日産自動車芙蓉系)がある。
  4. ^ 日立グループ時代のサブバンクであった旧三和銀行の流れによる。なお、三菱グループに近いレコード会社として1964年(昭和39年)に日本コロムビア出身者が中心となり設立した日本クラウン1985年(昭和60年)に三菱電機・アドメルコ(現アイプラネット、三菱電機の子会社)・日本クラウン・ダークダックスによって設立したメルダックがかつて存在したが、2001年(平成13年)に日本クラウンの筆頭株主だった三菱電機第一興商へ日本クラウン株を売却している。またメルダックも同年三菱グループが出資して設立したトライエムに営業譲渡されたが、2003年(平成15年)にトライエムの筆頭株主だったアイプラネットをはじめとする三菱グループが第一興商へトライエム株を売却している。ちなみに第一興商は、旧三菱銀行時代からの流れで三菱東京UFJ銀行を主力取引銀行としている。リップルウッド・ホールディングスの組成する再建ファンドには三菱商事も参画していた。詳細については上記参照。
  5. ^ なお、南米コロンビアの英字表記はスペイン語表記をそのまま使った「Colombia」である。
  6. ^ http://columbia.jp/nipponyell.html
  7. ^ コロムビアからコロンビア - クミコ公式ブログ、2014年6月24日閲覧
  8. ^ 日本コロムビアが「日本vsコロンビア」に 期間限定の社名変更で日本代表にエール【ワールドカップ】 - 2014年6月24日閲覧
  9. ^ 旧本社屋は2005年(平成17年)に高級マンションへ建て替えとなっている。
  10. ^ (日立製作所・プレスリリース)日本コロムビア、リップルウッド、日立、資本提携による日本コロムビアの事業再生で合意
  11. ^ “フェイス、コロムビアミュージックエンタテインメントの株式を取得し、筆頭株主へ”. 株式会社フェイス、コロムビアミュージックエンタテインメント株式会社. (2010年1月21日). http://www.faith.co.jp/ir/doc/20100121columbia.html 2010年1月22日閲覧。 
  12. ^ Ulletサイト 2010年3月26日閲覧
  13. ^ フェイスがコロムビアを1株780円で公開買付、連結子会社化(ロイター、2014年2月4日)
  14. ^ ただし、関連子会社のコロムビアソングス、およびコロムビアファミリークラブに限り、当面の間はCME時代のロゴマークを継続する。
  15. ^ レコード番号WL-5001~2。価格は、当時の値段で2枚組で5,000円と、非常に高価であった。
  16. ^ ステレオ・レコード発売当初の販売価格は、12インチ (30cm) 盤で、クラシックが1枚2800円、ポピュラーが1枚2500円だった。
  17. ^ この時から、米コロムビア原盤を発売する時は、同原盤の発売レーベル名がCBSに変わるまで、12インチ (30cm) 及び10インチ (25cm) のステレオ盤のみ、米コロムビアと同様に、6つ目デザインのレーベルが使用される。
  18. ^ 英EMI原盤によるコロムビア・レーベルの音源は、東芝音楽工業に移行してからは、英HMV原盤の場合と同様に「エンジェル」レーベルとして発売される。
  19. ^ 第1号は、ツトム・ヤマシタの「打」。東京文化会館小ホールにて録音され、NCC-8004-Nというレコード番号で発売された。
  20. ^ 型式番号:DN-023R。13ビット直線量子化、サンプリング周波数:47.25KHz、8チャンネルまでのマルチ録音が可能。
  21. ^ 第1号は、同年4月24、26日に青山タワーホールにて録音された、スメタナ四重奏団によるモーツァルト作曲、弦楽四重奏曲第17番「狩」同15番で、NCC-8501-Nというレコード番号で発売され、同年のレコードアカデミー賞を受賞した。レコード芸術推薦。CDでは現在、COCO70431というCD番号で入手可能である。
  22. ^ 型式番号:DN-023RA。技術仕様はDN-023Rと同じ。但し、同機に比べてハーフスピード再生が行えない等、一部の機能が省かれている。
  23. ^ 当社の1960年代の和製ポップスレーベルとしては、デノンのほか、洋楽セクションから派生した「CBSコロムビア(CBS邦楽部)」→「L盤」と、逆に邦楽セクションから1967年に派生した「P-」で始まる規格番号の「P番帯」等があった。このうち「L盤」は1973年頃に縮小される(事実上消滅)が、「P番帯」はその後もしばらく存続し、「L盤」に所属していたいしだあゆみ堺正章等のシングルのリリースは「P番帯」が引き継いだ。
  24. ^ 関連書籍・記事等より確認。
  25. ^ 氷川向けのため同社に販売委託。
  26. ^ ガンダムV,G,W,Xのエンディングと関連楽曲は譲渡先のトライエム(旧:メルダック。現在は出版事業のみ)に音源を譲渡、但しかつてネオプレックスに移籍していたinfixの楽曲はランティスが保有
  27. ^ 鉄人28号は初期アニメ版の音源はEMI-J、それ以外の作品の音源と前者を含めた映像著作権はキング/スターチャイルドへ譲渡
  28. ^ 日本コロムビアの木村英俊が設立した会社だったが、経営難のため設立から数年で親会社へ吸収合併し、コロムビアエデュテインメントと社名変更して、コロムビア内の企画部門として一時期、存在していた。
  29. ^ 2009年に放映されたTV長編特番はSMEが音源元
  30. ^ 第1・2作はキングレコード朝日ソノラマが主題歌を発売。第3作では徳間ジャパンが原盤権を持つ。第4作はワーナーミュージック・ジャパンが、第5作はインデックスミュージックが音源を保有(劇場版のサウンドトラック・アルバムのみコロムビアが発売)。コロムビアの「鬼太郎」主題歌は滝口順平によるカバー。但し、ワーナーの第4作サントラ盤は、後にコロムビアが再発売している。
  31. ^ 第1シリーズ第2シリーズ、劇場版(第3作まで)の主題歌・テーマ・挿入歌などを保有(第1シリーズの主題歌は放送当時はテイチクと朝日ソノラマが保有していたが、後に権利が解放された)。劇場版第1作の主題歌はテイチクが保有。OVA第1作の音源はキングレコードが保有。その他の作品の音源はバップが保有
  32. ^ 同シリーズの実写化作品群(劇場版avex/rhythm zoneよりリリース)、キューティーハニー THE LIVEランティスよりリリース))については各項を参照
  33. ^ YAMATO2520は一部楽曲を除きソニー・ミュージックエンタテインメントが音源を保有し、宇宙戦艦ヤマト 復活篇は一部楽曲を除きEMIミュージック・ジャパンが音源を保有。『2199』編ランティスとの相乗り。但しランティスは主題歌のみで、本来の音源元である同社は劇中音楽と主題歌のみ担当、これに加えTV版ではED曲のみ他社に委託(主題歌協力としてクレジット)
  34. ^ 宇宙の騎士テッカマンブレード』及び『同II』の音源はキングレコード/スターチャイルドが保有
  35. ^ 火曜枠を担当。日曜枠はユニバーサルミュージックが保有
  36. ^ 劇場版第3作はEMIミュージック・ジャパンが音源を保有。
  37. ^ キングレコードも一部音源を保有
  38. ^ 但し、他の国際映画社作品はキングレコードポニーキャニオン(旧キャニオン・レコード)がそれぞれ音源を保有。
  39. ^ 闘将!!拉麺男』も含む。『キン肉マンII世』はNECインターチャネルが、『キン肉マンII世 ULTIMATE MUSCLE』はインデックスミュージックが音源を保有
  40. ^ 一部OVA作品は他社が音源を保有。『聖闘士星矢Ω』はエイベックスが一部音源を保有
  41. ^ ドラゴンボールGT及びドラゴンボール 最強への道はポニーキャニオンが音源を保有。また、2013年の劇場版『ドラゴンボールZ 神と神』はSMEが音源を保有
  42. ^ 続編『破邪巨星Gダンガイオー』はavex modeが音源を保有
  43. ^ 主題歌は楽曲によっては他社が音源を保有
  44. ^ 前期主題歌はメジャーデビュー前の貴水博之が主題歌を担当、バンダイレーベルよりリリース
  45. ^ 2002年よりavex modeへ移管。コロムビアは初期主題歌・サウンドトラックの音源を保有
  46. ^ 2000年の劇場版より。後にTVシリーズも担当
  47. ^ 一部EDテーマ曲はソニー・ミュージックエンタテインメントよりリリース
  48. ^ 『コロムビアME』へ社名変更後最初の担当作品
  49. ^ サウンドトラック等の音源を保有。但し、DVD等の映像関連はavex modeが保有している
  50. ^ 第2シリーズはSME系(ミュージックレイン)が事実上の音源元
  51. ^ 第1期EDテーマ曲は德永英明が担当、ユニバーサルJ(ユニバーサル ミュージック)よりリリースしている
  52. ^ 一部主題歌はクライム・ミュージックエンタテインメントドワンゴ・ミュージックエンタテインメントよりリリース
  53. ^ a b 主題歌CDについてはユニバーサル ミュージック/ユニバーサルJよりリリース
  54. ^ アニメ第3期より。それ以前の音源もハピネット音楽制作部より移管されている
  55. ^ ED主題歌はポニーキャニオンが保有
  56. ^ 主題歌は他社が音源を保有
  57. ^ 主題歌を歌唱している吉木りさ(別名義でリリース)はインディーズの歌手、コミネリサフライングドッグ契約歌手として、それぞれ活動している
  58. ^ 各クールEDテーマ曲は他社が音源を保有
  59. ^ 2012年の劇場版より。旧TVシリーズの音源もソニー・ミュージックエンタテインメントより移管されている
  60. ^ a b 各クールEDテーマ曲は他社が音源を保有
  61. ^ 2012年の『ビクトリーV』より。それ以前の音源も小学館ミュージックより移管されている
  62. ^ 主題歌担当の吉木りさとヒャダイン(前山田健一)はそれぞれインディーズ歌手とシンガーソングライター兼プロデューサーとして活動。尚、後者のヒャダインはランティスとアーティスト契約している。
  63. ^ フライングドッグはエンディングテーマ担当で同作に出演している野水伊織(野水いおり)のタイトルのみ。
  64. ^ 同社と契約しているアーティスト声優・佐土原かおり(EDおよび挿入歌)のみ。
  65. ^ 『♯』はキングレコード、『も~っと!』以降は担当プロデューサーの一人であるADK片岡義朗が移籍した関係から、マーベラスエンターテイメント(現:マーベラスAQL)よりリリース。以後同放映枠のアニメ作品はマーベラスより楽曲がリリースされている。
  66. ^ ダイの大冒険は同社、ゲームシリーズのサントラ盤は当初ビクターレコードアニプレックスよりリリースしたが、現在はキングレコードからリリースされている。)
  67. ^ 初代鉄人28号は続編製作等の都合上、キングレコードに音源を譲渡(なお、現在は東芝EMIが事実上の音源元。また、一部作品でキングや徳間ジャパンの音源になっているものもある
  68. ^ 作品によっては東芝EMI・バップavex円谷ミュージックが保有
  69. ^ 仮面ライダーアギト2001年)まで、仮面ライダー龍騎2002年)以降はavex modeが音源を所有。ディケイド劇場版より音源保有レーベルをavex entertainmentへ移行している。
  70. ^ 特捜ロボ ジャンパーソン』(1993年)から『重甲ビーファイター』(1995年)まではフォルテミュージック・エンタテインメントが音源を所有していたが、同社の解散に伴い、全作品の音源の所有権がコロムビアに統合された。
  71. ^ 1970年代後半に徳間音楽工業と提携して「ファンファニー」シリーズを発売
  72. ^ 実際には、それ以前に探偵!ナイトスクープでも同様の調査依頼があり、このレコードの存在が明るみになっている。なお、ナイトスクープの調査によると、この歌声を収録した男性は後に病死した、とのこと。

外部リンク[編集]