コマンドルスキー諸島

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座標: 北緯55度 東経167度 / 北緯55度 東経167度 / 55; 167

コマンドルスキー諸島
Командо́рские острова́  (ロシア語)
Komandorskiye ostrova
西側はカムチャツカ半島、東側がコマンドルスキー諸島で2つの島から成る。面積の大きな西側の島がベーリング島、東側の島がメードヌイ島。
西側はカムチャツカ半島、東側がコマンドルスキー諸島で2つのから成る。面積の大きな西側の島がベーリング島、東側の島がメードヌイ島
Settlement
(かつ最大の都市)

北緯55度12分 東経165度59分 / 北緯55.200度 東経165.983度 / 55.200; 165.983
民族 
面積
 -  総計 1,846 km2 
712 sq mi 
人口
 -  2009年推計 613 

コマンドルスキー諸島(コマンドル諸島、ロシア語: Командорские острова, ラテン文字転写: Komandorskiye ostrova英語: Commander Islands)は、ロシア領で、ロシアカムチャツカ半島の東、そしてアメリカアリューシャン列島の西の端に位置する諸島である。

概説[編集]

コマンドルスキー諸島は、ベーリング島メードヌイ島の2つのから成る。最大の島がベーリング島である。

1943年、このコマンドルスキー諸島の南約160kmで、日本海軍アメリカ海軍との間で起きた『アッツ島沖海戦(コマンドルスキー諸島海戦)』でも知られる。

2つのの住民は、3分の1がアレウト人、3分の2がロシア人、最も大きな村はベーリング島の北部のニコルスコエ(Nikolskoye)である。(右地図参照)

アレウト人は、アリューシャン列島の先住民族である。

19世紀初めに、アリューシャン列島から、「ベーリング島」と「メードヌイ島」の2つの島にやって来た。

アトカ島アリューシャン列島西部)のアレウト人が「ベーリング島」へ、また、アッツ島(アリューシャン列島最西部)のアレウト人が「メードヌイ島」へ、それぞれ来て定住するようになった。

人口[編集]

コマンドルスキー諸島の詳細地図

永住者が集住しているのはベーリング島北西端の村ニコルスコエだけであり、2009年現在の人口は推定613人である。人口はほぼ完全にロシア人とアレウト人から成る[1]。そして、諸島部の大部分および海洋に面した多くは自然が残り、総面積36,488平方キロメートルのコマンドルスキー国立公園英語版(Komandorsky Zapovednik)が占めている。経済は、主として釣り漁業キノコ採集、国立公園の管理、エコツーリズム、およびと政府機関に基づいている。村には、学校人工衛星基地、南に未舗装の滑走路がある。2島以外の集落はいずれも小村で人家が散在している。

  • Severnoye
  • Podutesnaya
  • Gladkovskeya
  • Lisennova
  • Peschanka
  • Preobrajenskoe Settlement at Peschanaya Bay on Medniy Island – abandoned
  • Glinka

画像[編集]

脚注[編集]

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