クックロビン

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コック・ロビンから転送)
アメリカにおけるクックロビンの唄の絵本の表紙(ヘンリー・ルイス・ステファン画、1865年)。

クックロビンあるいはコックロビン[1][2]とは、イギリスを中心とした英語圏の童謡であるマザー・グースの1篇である。原題は'Who Killed Cock Robin'といい、日本語訳として「駒鳥のお葬式」や「誰が駒鳥殺したの」などと呼ばれることもある。駒鳥の死から葬送までを語る内容で、マザー・グースとしては比較的長大[3]な14連で構成される作品である。

クックロビンについて[編集]

Robin、つまりヨーロッパコマドリは、イギリスの国鳥ともされる馴染み(なじみ)深い野鳥であり、さまざまな伝承に登場する。
起源の一説に挙げられるウィリアム2世の死。

クックロビンはヨーロッパコマドリのことで、その胸が赤いことからかつては「ロビン・レッドブレスト」(Robin redbreast) と呼ばれており、それが略されて「ロビン」(Robin) と呼ばれるようになった[4]。コマドリはもよく似た色であることから、昔はすべて雄とみなされていたため「Cock(雄)」 Robinと呼ばれ、「Hen(雌)」Robinと呼ばれることはない[5]

詩の成立と起源[編集]

絵本への登場[編集]

作詩者・成立年代・起源などについては判然としない部分が多い。現在残る版本のうち、この「クックロビン」が記載された最も古いものは、1744年に刊行された『トミー・サムのかわいい唄の本』(Tommy Thumb's Pretty Song Book) である。ただし、この時点では4連で構成されておりさほど長い詩ではなかった。14連を備えた現在のかたちの歌詞が掲載された版本は、1770年に初めて刊行された[6]

成立年代[編集]

上記のとおり、この詩の記録は18世紀に初めて登場するが、その成立年代はより古い可能性がある。各々の連の第2句と第3句では必ず押韻が使われているが、第5連の「owl」と「shovel」のみ、現代の発音では押韻とならない。だが、14世紀から15世紀ごろの発音であれば押韻が成立するというのがその傍証である。また、この詩の内容はイギリスの詩人ジョン・スケルトン (John Skelton) が1508年ころに発表した作品『Phyllyp Sparowe』にも酷似している[6]

起源についての説[編集]

この詩の起源については、いくつかの説が存在する。代表的なものを下記に列挙する。

  • いかなる武器でも傷つけられない力を得た北欧神話の神バルドルが、兄弟のヘズにより唯一の弱点であるヤドリギで貫かれて死んだ神話に由来するとする説[6]
  • イギリスの初代首相であったロバート・ウォルポール1742年に辞任したことのパロディだとする説。「Robin」が男性名「Robert」の短縮形のひとつであることと、現在この詩が残る最古の版本の出版年がウォルポール辞任の直後(1744年)であることから生まれた説である。ただし、前述のようにこの詩の起源を17世紀以前に求めるならば、この説は正しくないことになる[6]
  • ニューフォレストでの狩猟の最中に何者かにより肺を射られて死亡したイングランド王ウィリアム2世の故事を暗喩するものだとする説。
  • イギリスの伝説上の義賊であるロビン・フッドと関連づける説。「ロビン」の名と、というアイテムの一致から推測されたものである[7]

歌詞[編集]

原詞 Who killed Cock Robin
和詞「駒鳥のお葬式」[8]
Who killed Cock Robin?
I, said the Sparrow,
with my bow and arrow,
I killed Cock Robin.
誰が駒鳥 殺したの
それは私 とスズメが言った
私の弓で 私の矢羽で
私が殺した 駒鳥を
Who saw him die?
I, said the Fly,
with my little eye,
I saw him die.
誰が見つけた 死骸を見つけた
それは私 とハエが言った
私の眼で 小さな眼で
私が見つけた 死骸を見つけた
Who caught his blood?
I, said the Fish,
with my little dish,
I caught his blood.
誰が取ったか その血を取ったか
それは私 とが言った
私の皿に 小さな皿に
私が取った その血を取った
Who'll make the shroud?
I, said the Beetle,
with my thread and needle,
I'll make the shroud.
誰が作るか 死装束を作るか
それは私 と甲虫が言った
私の糸で 私の針で
私が作ろう 死装束を作ろう
Who'll dig his grave?
I, said the Owl,
with my pick and shovel,
I'll dig his grave.
誰が掘るの 墓穴を掘るの
それは私 とフクロウが言った
私のシャベルで 小さなシャベルで
私が掘ろう お墓の穴を
Who'll be the parson?
I, said the Rook,
with my little book,
I'll be the parson.
誰がなるか 牧師になるか
それは私 とミヤマガラスが言った
私の聖書で 小さな聖書で
私がなろう 牧師になろう
Who'll be the clerk?
I, said the Lark,
if it's not in the dark,
I'll be the clerk.
誰がなるか 付き人になるか
それは私 とヒバリが言った
暗くなって しまわぬならば
私がなろう 付き人になろう
Who'll carry the link?
I, said the Linnet,
I'll fetch it in a minute,
I'll carry the link.
誰が運ぶか 松明(たいまつ)を運ぶか
それは私 とヒワが言った
すぐに戻って 取り出して
私が運ぼう 松明を運ぼう
Who'll be chief mourner?
I, said the Dove,
I mourn for my love,
I'll be chief mourner.
誰が立つか 喪主に立つか
それは私 とハトが言った
愛するひとを 悼んでいる
私が立とうよ 喪主に立とうよ
Who'll carry the coffin?
I, said the Kite,
if it's not through the night,
I'll carry the coffin.
誰が担ぐか 棺を担ぐか
それは私 とトビが言った
夜を徹してで ないならば
私が担ごう 棺を担ごう
Who'll bear the pall?
We, said the Wren,
both the cock and the hen,
We'll bear the pall.
誰が運ぶか 棺覆いを運ぶか
それは私 とミソサザイが言った
私と妻の 夫婦二人で
私が運ぼう 棺覆いを運ぼう
Who'll sing a psalm?
I, said the Thrush,
as she sat on a bush,
I'll sing a psalm.
誰が歌うか 賛美歌を歌うか
それは私 とツグミが言った
藪の木々の 上にとまって
私が歌おう 賛美歌を歌おう
Who'll toll the bell?
I said the bull[9][10],
because I can pull,
I'll toll the bell.
誰が鳴らすか 鐘を鳴らすか
それは私 と雄牛[9][10]が言った
私は引ける 力がござる
私が鳴らそう 鐘を鳴らそう
All the birds of the air
fell a-sighing and a-sobbing,
when they heard the bell toll
for poor Cock Robin.
空の上から 全ての小鳥が
ためいきついたり すすり泣いたり
みんなが聞いた 鳴り出す鐘を
かわいそうな駒鳥の お葬式の鐘を

現代文化との関連[編集]

現代文化において「クックロビンの死」というモチーフは文学・音楽・映画などに幅広く取り入れられ、その数は枚挙にいとまがない。

英語圏での例[編集]

小説[編集]

殺人をテーマとした詩のために、ミステリー小説・探偵小説の題材とされる場合が多い。以下に比較的古い例を挙げる[11]

風刺[編集]

イギリスではよく知られた唄のため、替え唄にして風刺に用いられる場合がある。以下は、25歳で夭逝(ようせい)した詩人ジョン・キーツを死後に酷評した批評誌に対し、G・G・バイロンがキーツを擁護するために詠(うた)ったものである[13]

Who kill'd John Keats?
"I" says the Quarterly,
So savage and Tartarly,
"'Twas one of my feats."

誰がジョン・キーツを殺したか
「それは俺さ」とうそぶくは
野蛮千万『クォータリー』誌
「俺のお手並み 思い知れ」

映像・音楽[編集]

日本への移入[編集]

『まざあ・ぐうす』の訳者北原白秋

日本で初めてこの詩を訳出したのは北原白秋で、1921年、マザー・グースの他の作品とともに『まざあ・ぐうす』として出版されている[14]。以来、竹友藻風[15]平野敬一[16]谷川俊太郎[17]寺山修司[18]・藤野紀男[19]など、数多くの詩人・英文学者により日本語訳がなされている。

文学作品への引用の古い例としては、1910年発表の竹久夢二の童話『少年と春』に一部ではあるが訳詩がはさまれている。これは北原白秋による本格的な訳詩よりも古い。近年の引用例では、東野圭吾の『白馬山荘殺人事件』(1986年発表)の中で、この詩の最初の一節が冒頭に掲げられ、ラストでも登場人物にこの一節が読まれている[20]

近年では、漫画作品での引用もみられる。たとえば、作中でマザー・グースの歌詞が随所に引用される萩尾望都の『ポーの一族』中の1篇「小鳥の巣」 (1973年発表) は、この詩を下敷きとした作品である。また、魔夜峰央の『パタリロ!』作中には「クックロビン音頭」という踊りが登場する[21][22]。同様に、塀内真人のテニス漫画『フィフティーン・ラブ』(1984年 - 1986年発表)の中で、主人公のライバルの1人ロビン・ザンダーがときどき「クック・ロビン」と呼ばれている[23]。アニメ『うる星やつら』第98話「そして誰もいなくなったっちゃ!?」(1983年発表)も、アガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』を下敷きにしつつ、この詩をモチーフにした作品であり、劇中にて温泉マークのセリフとして詩が引用されている。

脚注[編集]

  1. ^ 「Cock Robin」はその発音記号から「コックロビン」と表記されるべきもので、「クックロビン」と表記するのは本来誤りである。[要出典]
  2. ^ 「Cock Robin」が「クックロビン」として一般化したのは、萩尾望都が「Cock Robin」を「Cook Robin」と見誤って「クック・ロビン」とカナ表記し(『別冊少女コミック』1973年6月号掲載の「小鳥の巣」第3話で、主人公のエドガーが「だれが殺した? クック・ロビン……」と歌っているページの欄外に「クック・ロビン (Cook Robin) …駒鳥のオス」と記されている)、それがのちに『パタリロ!』(魔夜峰央著)の「クックロビン音頭」に引用されて広まったためであると、『ふしぎの国の『ポーの一族』』(いとうまさひろ著 新風舎文庫 2007年 ISBN 9784289503544)に指摘されている。
  3. ^ 藤野、18頁。
  4. ^ Lack, David (1953): The Life of the Robin. Penguin Books.
  5. ^ 鳥山淳子著『もっと知りたいマザーグース』(スクリーンプレイ、2002年)、「Who killed Cock Robin?」参照。
  6. ^ a b c d オーピー、130頁。
  7. ^ "Famous Quotes"
  8. ^ ここでの日本語訳は、北原白秋『まざあ・ぐうす』、藤野紀男『図説 マザーグース』等を参考に、記事作成者が行ったものである。細部の解釈については、諸般の訳本を参照されたい。
  9. ^ a b 平野敬一著『マザー・グースの唄 イギリスの伝承童謡』(中公新書、1972年)には、「雄牛」bullではなく鳥の「ウソ」bullfinchであろうと言われている、と記されている。
  10. ^ a b ニコラ・ベーリー絵、由良君美訳『マザーグースのうたがきこえる』(中公新書、1972年)には、〈雄牛 the Bull〉ではなく赤い鳥の挿絵が描かれていることから、訳もそれに合わせて〈あかうそ Bullfinch〉の俗語として訳しておきました、と記されている。
  11. ^ 山口、34-35頁。
  12. ^ ハリントン・ヘクストは、『赤毛のレドメイン家』『闇からの声』などの作者イーデン・フィルポッツの別名義。
  13. ^ 井田、77頁。
  14. ^ 『まざあ・ぐうす 英国童謡集』 アルス、1921年。
  15. ^ 『英国童謡集』 研究社、1929年。
  16. ^ 『マザー・グースの唄 イギリスの伝承童謡中央公論社、1972年。
  17. ^ 『マザー・グースのうた』 草思社、1975年。
  18. ^ 『マザー・グース』 新書館、1984年。
  19. ^ 藤野紀男・夏目康子 『マザーグース・コレクション100』 ミネルヴァ書房、2004年。
  20. ^ 『白馬山荘殺人事件』には、この唄のほかに9つのマザー・グースが謎解きに用いられている。
  21. ^ 『パタリロ!』原作中(白泉社花とゆめコミックス」第5巻)で「クックロビン音頭」を初披露した際に「小鳥の巣」のキャラクターの名前が出ており、また第6巻に収録されたエピソードで披露の際にも「すばらしい。小鳥の巣以来の感激だ。」という台詞があり、より直接的には前述の「小鳥の巣」のパロディと取れる。
  22. ^ このクックロビン音頭は、当該作品が『ぼくパタリロ!』の題名で1982年にアニメ化された際にエンディングテーマとして採用された。歌をスラップスティックが担当し、「誰が殺したクック・ロビン」の歌い出しで、放送当時の流行歌となった。また、同じく1982年にキングレコードから発売された同作のイメージアルバム『パタリロ! オリジナルアルバム』には、アニメ版のエンディングテーマとは別の曲「正調クック=ロビン音頭」が収録されている。
  23. ^ このクック・ロビンも、主人公の姉の1人がロビン・ザンダーのことを「萩尾望都のマンガに出てくるようなタイプ」と評していることから、「小鳥の巣」からの引用であると『ふしぎの国の『ポーの一族』』(いとうまさひろ著 新風舎文庫 2007年)に指摘されている。

参考文献[編集]

  • イオナ・オーピー、ピーター・オーピー(:en:Iona and Peter Opie)『The Oxford dictionary of nursery rhymes』オックスフォード大学出版局、1951年。 
  • 藤野紀男『図説 マザーグース』河出書房新社、2007年。ISBN 978-4-309-76092-6 
  • 井田俊隆『マザーグースを遊ぶ』本の友社、2005年。ISBN 4-89439-506-1 
  • 山口雅也『マザーグースは殺人鵞鳥』原書房、1999年。ISBN 4-562-03206-5