コスミック・インベンション

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コスミック・インベンション1980年代初頭の日本テクノポップバンド

1979年結成、1982年解散。

概要[編集]

かつて国内にあった電子楽器メーカ、ヒルウッド/ファーストマンの創業者 森岡一夫が、自身の娘である森岡みまを中心に彼女と同年代の少年少女を集めて結成したバンドである。

主に「YMOジュニア」という位置づけをなされ、結成当時メンバーが中学生であることが話題となった。

1980年12月に行われた、YMOの日本武道館公演の前座を務めた。後に井上が、その時のために猛練習して来たパートがあったが、松武秀樹にそのパートはコンピューターで演奏すると言われたというエピソードを回顧している。この他、NHKの「レッツゴーヤング」などへのテレビ出演もあった。

メンバー[編集]

  • 森岡みま(カッパ)1967年2月4日 - ):ボーカル・ドラム
  • 井上能征(ビーバー)1966年7月18日 - ):トップキーボード
    • YMO日本武道館公演の前座では、豊武能征として出演。
  • 佐藤克巳(オウマシャン)1965年10月21日 - ):セカンドキーボード
  • 橋本かんな(カンナ)(1966年10月25日 - ):ベースキーボード

元メンバー[編集]

代表曲[編集]

YAKIMOKI
1981年3月5日ビクター音楽産業から発売されたレコードデビュー曲。
コンピューターおばあちゃん
みんなのうた」で著名な曲。「あなたのメロディー年間優秀作品コンテスト」でオリジナル版を歌っている。
ひこうき雲
後に志賀真理子によってカバーされた。志賀自身も最も気に入っている曲であると語っていた。

メンバーのその後[編集]

森岡みま
「MIMA」名義で「魔法の妖精ペルシャ」の後期オープニングテーマ「おしゃれめさるな」を歌った。また、テクノバンド「DIO」、「七福神」、「KAZZ:BA(カジーバ)」に参加するなどした。
井上能征
現在、「井上ヨシマサ」名義で作曲家として活動。光GENJI中山美穂安倍麻美AKB48などに曲を提供。なお、作曲家デビュー30周年の際に当時を振り返り、一番容姿の良い子が真ん中に居座り、自分は端で演奏するというポップスの世界にありがちな努力の報われない待遇を理解できず、「僕が思っていた音楽の世界とは違う」と考えるようになったことが、作曲家へと至るきっかけになったと語っている[1]
佐藤克巳
佐藤鷹」名義で「To Be Continued」のメンバーとして音楽活動を行った後に音楽プロデューサーに転じた。
安藤聖己
荻野目洋子に「入江に帰るヨットのように」(アルバム「フリージアの雨」に収録)の詞を提供したのを最後に芸能界を引退。

脚注[編集]

外部リンク[編集]