コイウタ

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コイウタ
欧字表記 Koiuta[1]
品種 サラブレッド[1]
性別 [1]
毛色 栃栗毛[1]
生誕 2003年2月24日(18歳)[1]
フジキセキ[1]
ヴァイオレットラブ[1]
母の父 ドクターデヴィアス[1]
生国 日本の旗 日本北海道千歳市
生産 社台ファーム[1]
馬主 (有)前川企画
吉田照哉
[1]
調教師 奥平雅士美浦[1]
競走成績
タイトル JRA賞最優秀4歳以上牝馬(2007年)[1]
生涯成績 21戦5勝
(内訳)
19戦5勝(中央)
1戦0勝(地方)
1戦0勝(海外)[1]
獲得賞金 2億3629万2000円[1]
 
勝ち鞍
JpnI ヴィクトリアマイル 2007年
GIII クイーンカップ 2006年
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コイウタ[1]日本競走馬2007年ヴィクトリアマイルJpnI)の優勝馬で、同年のJRA賞最優秀4歳以上牝馬

歌手前川清(名義は有限会社前川企画)の所有馬で、名前の由来は母馬の名前と前川が所属していた内山田洋とクールファイブのヒット曲『恋唄』に由来する。

戦歴[編集]

2005年[編集]

2005年6月26日福島の第4レース新馬戦でデビュー。ここは7着に敗れるも次走の未勝利戦で初勝利を挙げる。2ヶ月後にカンナステークスに優勝し、2連勝で重賞京王杯2歳ステークスに臨むが、ハナ差の3着に惜敗。続いて阪神ジュベナイルフィリーズでは3番人気に推されるも、6着に敗れた。

2006年[編集]

2006年は菜の花賞から始動し優勝。次走のクイーンカップも連勝して重賞を初制覇し、この勢いで桜花賞に臨んだが、3着に惜敗。続いて優駿牝馬(オークス)に出走するも、発走後、3コーナーで右肩ハ行を発症し競走を中止した。この後、夏を休養に充て、復帰戦は秋華賞となったが、前哨戦を走らないままのGI出走に休養明けによる16kgの馬体増も重なり17着と大敗する。この後も精彩を欠き、勝ち星に恵まれないまま2006年を終えた。

2007年[編集]

2007年も緒戦の二走を大敗したが、続くダービー卿チャレンジトロフィーでは9番人気の低評価ながら2着になる。そして5月13日ヴィクトリアマイルで12番人気の低評価ながら上位人気馬を抑え、約1年3ヶ月ぶりの勝利をJpnI勝利で飾った。長期休養が響いたカワカミプリンセスや、スイープトウショウなど能力的にも抜けていた2頭が力を出し切れなかったことと、最後の直線で他馬が状態の悪いコース内側を避け外寄りに広がるなか、あえてコースの内を通り、荒れている部分と荒れていない部分の境目を上手く選んで追い込むという松岡の好騎乗が光った。鞍上の松岡と調教師の奥平、そして馬主の前川はこの勝利がJpnI(GI)初制覇[注 1]となり、配当3連単で228万3960円となり、その他の払戻金でも万馬券が出る等、前週のNHKマイルカップに続き波乱となった。

「コイウタ事件」[編集]

その後、アメリカ遠征を行い、内田博幸を鞍上にキャッシュコールマイルに出走した。この競走にはほかにも日本からキストゥヘヴンディアデラノビアも出走した。コイウタは、前走のヴィクトリアマイルで桜花賞馬キストゥヘヴンやディアデラノビアに勝っているにも関わらず、この競走ではキストゥヘヴンよりも軽い斤量で出走できるはずだった[2]

7月のキャッシュコールマイル(G2)は別定重量戦で、競走馬の過去の実績によって負担重量が決まる。基本的な斤量は123ポンド(約55.8キログラム)で、ここから、G1勝ち経験がないものは2ポンド、G2勝ちがないものは4ポンド、G3勝ちがないものは6ポンド減量となる[2]

トラブルの原因になったのは、コイウタはが前走で勝ったヴィクトリアマイル(JpnI)である。ヴィクトリアマイルは2006年に創設されたばかりの競走で、創設年の2006年はJRAの自称グレードでGIと称したのだが、これが国際セリ名簿基準委員会(ICSC)に否定されたため、2007年から国内自称グレードであるJpnIに変更になった。基本的に新設の競走の場合は、過去3年間の実績を基にICSCがグレードを認定し、それによってG1を名乗れるようになる。2007年の時点ではまだ過去に1回しか行われていないため、国際的な基準ではリステッドレース扱いである[2]

これに基づいて、コイウタの「ヴィクトリアマイル優勝」はG1競走勝ちにカウントされず、クイーンカップ(GIII)優勝馬なので「G2勝ちがないもの」となり、4ポンド減量の119ポンド(約53.9キログラム)で出走となる予定だった[2]

ところが、競走当日の朝になって、アメリカの複数の調教師から主催者側へヴィクトリアマイルの格付けについてクレームが入った。前年2006年のキャッシュコールマイルにも、2006年のヴィクトリアマイル優勝馬のダンスインザムードが出走しているが、この時はまだISCSの勧告前であり、ヴィクトリアマイルはGI競走として扱われていた。前年がGI扱いだったのであるから、今年も同様にするべきだとの主張を認め、主催者はキャッシュコールマイル当日の朝に、コイウタの負担重量を119ポンドから123ポンドへ訂正した[2]

結果的には3頭の日本馬の中ではキストゥヘヴンが最先着の4着、ディアデラノビアは5着で、コイウタは最下位の9着に敗れた。

この件については、後日、JRAはハリウッドパーク競馬場へ書面で抗議を行った。翌年にヴィクトリアマイルを勝ったエイジアンウインズがキャッシュコールマイルに遠征する際には、JRA側とハリウッドパーク競馬場側で事前に格付けについての確認が行われた[2]。(結果的には遠征しなかった。)

帰国後[編集]

コイウタは帰国後放牧に出された。

休養後はスプリンターズステークス富士ステークスマイルチャンピオンシップに出走したが、いずれも見せ場を作れず大敗しこの年のシーズンを終えた。

この年、古牝馬でGIまたはJpnI競走を制していたのはコイウタのみ(同年のエリザベス女王杯は3歳馬のダイワスカーレットが優勝)であり、またコイウタも年間通しては1勝のみという成績だったことから、JRA賞の4歳以上牝馬部門の投票は、全部門中で最も票が割れた[注 2]。しかし結局、唯一の勝利であるヴィクトリアマイル優勝を評価され、コイウタが2007年のJRA賞最優秀4歳以上牝馬に選出された。

2008年[編集]

2008年2月2日東京新聞杯から始動し、ヴィクトリアマイル以来の松岡の騎乗となったが、10着に敗れた。

そして5日後の2月7日JRAより2月8日を以て競走馬登録の抹消が発表された。今後は繁殖牝馬として生まれ故郷の社台ファーム(北海道千歳市)で繋養されることとなる。

競走成績[編集]

年月日 競馬場 競走名 頭数 枠番 馬番 人気 着順 騎手 斤量 距離(馬場) タイム
(上がり3F
タイム
1着馬(2着馬) 馬体重
2005 6. 26 福島 2歳新馬 14 8 7 3 7着 後藤浩輝 54 芝1200m(良) 1:12.2 (37.3) 2.3 スターライトルビー 474
7. 9 福島 2歳未勝利 12 3 3 5 1着 後藤浩輝 54 芝1200m(良) 1:10.6 (36.0) -0.2 (マイネジャーダ) 466
9. 17 中山 カンナS OP 9 6 6 3 1着 横山典弘 54 芝1200m(良) 1:08.9 (35.0) -0.3 (マイネルファーマ) 466
11. 12 東京 京王杯2歳S GII 10 7 8 5 3着 横山典弘 54 芝1400m(良) 1:23.3 (34.1) 0.0 デンシャミチ 462
12. 4 阪神 阪神JF GI 18 1 1 3 6着 横山典弘 54 芝1600m(良) 1:37.9 (34.7) 0.6 テイエムプリキュア 460
2006 1. 22 中山 菜の花賞 OP 15 5 8 5 1着 藤田伸二 55 芝1600m(稍) 1:35.3 (35.5) -0.2 (ルビーレジェンド) 460
2. 18 東京 クイーンC GIII 16 6 11 1 1着 C.ルメール 55 芝1600m(良) 1:35.6 (34.4) -0.1 アサヒライジング 460
4. 9 阪神 桜花賞 GI 18 6 12 5 3着 横山典弘 55 芝1600m(良) 1:34.7 (35.5) 0.1 キストゥヘヴン 458
5. 21 東京 優駿牝馬 GI 18 3 6 4 - 横山典弘 55 芝2400m(良) 競走中止 - カワカミプリンセス 454
10. 15 京都 秋華賞 GI 18 8 18 12 17着 吉田隼人 55 芝2000m(良) 2:00.7 (38.0) 2.5 カワカミプリンセス 470
11. 12 東京 オーロC OP 18 2 4 4 2着 内田博幸 53 芝1400m(良) 1:22.1 (34.5) 0.2 ダイワバンディット 466
12. 6 船橋 クイーン賞 GIII 14 4 5 5 13着 横山典弘 55 ダ1800m(稍) 1:55.5 (41.0) 3.3 レマーズガール 474
2007 1. 28 京都 京都牝馬S GIII 16 3 5 2 9着 C.ルメール 55 芝1600m(良) 1:33.9 (35.1) 0.9 ディアデラノビア 468
3. 18 中山 東風S OP 16 6 11 5 13着 松岡正海 55 芝1600m(良) 1:34.2 (36.8) 0.6 キングストレイル 472
4. 1 中山 ダービー卿CT GIII 15 2 3 9 2着 松岡正海 55 芝1600m(良) 1:33.4 (34.7) 0.3 ピカレスクコート 462
5. 13 東京 ヴィクトリアマイル JpnI 18 2 4 12 1着 松岡正海 55 芝1600m(良) 1:32.5 (33.4) -0.1 (アサヒライジング) 468
7. 6 米国 キャッシュコールマイル G2 9 4 4 5 9着 内田博幸 55.8[race 1] 芝1マイル(Firm)[race 2] - (-) - Lady of Venice
9. 30 中山 スプリンターズS GI 16 5 10 8 11着 吉田隼人 55 芝1200m(不) 1:10.1 (36.5) 0.7 アストンマーチャン 474
10. 20 東京 富士S GIII 18 7 13 6 8着 吉田隼人 56 芝1600m(良) 1:33.6 (34.4) 0.3 マイネルシーガル 474
11. 18 京都 マイルCS GI 18 1 1 13 14着 吉田隼人 55 芝1600m(良) 1:33.8 (35.1) 1.1 ダイワメジャー 474
2008 2. 2 東京 東京新聞杯 GIII 16 1 2 9 10着 松岡正海 54 芝1600m(良) 1:33.3 (34.6) 0.5 ローレルゲレイロ 474
  1. ^ 123ポンドを1ポンド≒0.4536kgで換算
  2. ^ Racing-Post レース結果参照。1マイルは約1609メートル。馬場のFirmは「堅」「堅良」「良」などと訳す。

繁殖成績[編集]

産駒には重賞レースの勝ち馬こそないが、オープン特別の勝ち馬が2頭いる。

馬名 生年 毛色 厩舎 馬主 戦績
初仔 アルティメイトラブ 2009年 黒鹿毛 シンボリクリスエス 美浦・奥平雅士 (有)社台レースホース 31戦3勝(引退、繁殖)
2番仔 クルトメッシュ 2010年 黒鹿毛 ホワイトマズル 美浦・奥平雅士
笠松・加藤幸保
→美浦・奥平雅士
高知・川野勇馬
(株)G1レーシング
→岡村勝喜
34戦6勝(引退)
3番仔 ミッキーラブソング 2011年 黒鹿毛 キングカメハメハ 栗東・橋口弘次郎
→栗東・橋口慎介
野田みづき 35戦7勝(引退、乗馬)
・安土城ステークス
・タンザナイトステークス
4番仔 ハーモニックソウル 2012年 鹿毛 ハービンジャー 美浦・大和田成 (有)社台レースホース 3戦0勝(引退、繁殖)
5番仔 ユラノト 2014年 栗毛 キングカメハメハ 栗東・松田国英 16戦6勝(引退、乗馬)
・マリーンステークス
根岸ステークス 2着
6番仔 シーシャンティ 2015年 鹿毛 ロードカナロア 栗東・今野貞一
→園田・新子雅司
→栗東・今野貞一
谷掛龍夫 現役
7番仔 2018年 鹿毛
8番仔 2019年 鹿毛 キングカメハメハ

血統表[編集]

コイウタ血統 (血統表の出典)[§ 1]
父系 サンデーサイレンス系
[§ 2]

フジキセキ
1992 青鹿毛
父の父
*サンデーサイレンス
Sunday Silence
1986 青鹿毛
Halo Hail to Reason
Cosmah
Wishing Well Understanding
Mountain Flower
父の母
*ミルレーサー
Millracer
1983 鹿毛
Le Fabuleux Wild Risk
Anguar
Marston's Mill In Reality
Millicent

ヴァイオレットラブ
1997 栗毛
*ドクターデヴィアス
Dr Devious
1989 栗毛
Ahonoora Lorenzaccio
Helen Nichols
Rose of Jericho Alleged
Rose Red
母の母
*ヴアインゴールド
Vain Gold
1979 鹿毛
Mr. Prospector Raise a Native
Gold Digger
Chancy Dance Bold Reason
Hasty Hitter
母系(F-No.) (FN:4-r) [§ 3]
5代内の近親交配 Hail to Reason4×5 [§ 4]
出典
  1. ^ JBISサーチ コイウタ 5代血統表2017年8月29日閲覧。
  2. ^ [3]
  3. ^ JBISサーチ コイウタ 5代血統表2017年8月29日閲覧。
  4. ^ JBISサーチ コイウタ 5代血統表2017年8月29日閲覧。

エピソード[編集]

  • 競走馬名の由来となった『恋唄』は歌詞が暗く、前川は競走馬名にいい印象を持っていないと自ら語っている。
  • ヴィクトリアマイル当日、馬主の前川清は馬主席で観戦すると所有馬が勝てないというジンクスがあったため「ゲンを担いで」北海道にある知人の牧場を訪問しており、競馬場には不在であった。共同馬主の吉田照哉には「仕事がある」と嘘をつくほどジンクスを気にしていた。この為、レースの表彰式には馬主代理として前川の娘が出席した。同馬が優勝したため前川は急遽帰京し、当日夜に行われた関係者による祝勝会場に姿を見せ「(嬉しさで)立ちくらみがした。こんな経験は初めてです」と喜びの大きさを語っている。
  • 前川は当日のレースを牧場でテレビ中継で観戦していたところ、優勝の瞬間に興奮のあまり机を手で叩いて突き指してしまった。
  • 父のフジキセキにとって初の芝JpnI(GI)優勝産駒である(ダートではカネヒキリグレイスティアラがJpnI(GI)を制している)。

参考文献[編集]

  • 『ニッポン競馬のからくり』,増田知之,東邦出版,2009 - 「コイウタ事件」節に使用。

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ なお芸能人の所有馬がGI(JpnI)レースを制したのは史上初であるが、グレード制施行前のGIと同等のレースでは1952年の桜花賞、優駿牝馬(オークス)及び安田賞(現在の安田記念)を女優高峰三枝子所有のスウヰイスーが制している。
  2. ^ コイウタの獲得票数は113だったが、「該当馬なし」にも101票が投じられていた。

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o コイウタ”. JBISサーチ. 公益社団法人日本軽種馬協会. 2019年8月30日閲覧。
  2. ^ a b c d e f 『ニッポン競馬のからくり』p120-121
  3. ^ コイウタの繁殖牝馬情報”. 競馬ラボ. 2020年5月30日閲覧。

外部リンク[編集]