ゲリマンダー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
青党と赤党の支持者がそれぞれ3:2の割合で存在するとする。
(a) の区割りでは青党が全勝し、赤党は代表を出すことができない。
(b) の区割りでは多数派の青党が議席でも多数となり、かつ赤党も代表を出すことができる。
(c) の区割りでは少数派の赤党が議席では多数となる逆転現象が起きる。この(c)の状態を意図的に作るべく区割りが行われたのであればゲリマンダーである。

ゲリマンダー(英語:Gerrymander)は、選挙において特定の政党や候補者に有利なように選挙区を区割りすることをいい、本来的にはその選挙区割りが地理的レイアウトとして異様な場合を指していう。

概説[編集]

サラマンダーになぞらえられているエリアが一つの選挙区を構成する

一選挙区から一人しか当選しない小選挙区制を採用している場合には、特定の政党に投票する傾向の強い地区を分割し、相対的に多数が別の政党に投票する傾向のある選挙区に吸収させることで、特定の投票を無効化することができる。主要政党が合意の下で互いにそれぞれの候補に有利になるよう選挙区を分割することで安定選挙区を作り出し、毎選挙における流動性を低下させることが企図されることがある。

1812年、アメリカ合衆国マサチューセッツ州の当時の知事エルブリッジ・ゲリーが、自分の所属する政党に有利なように選挙区を区割りした結果、幾つかの選挙区の形が奇妙なものとなった。そのうちのひとつがサラマンダーの形をしていたことから、ゲリーとサラマンダーを合わせた造語・ゲリマンダーが生まれた(左絵参照:サラマンダーになぞらえられているエリアが一つの選挙区を構成する)。

アメリカ合衆国[編集]

2004年のアメリカ合衆国下院議員選挙区の例。イリノイ州4区では、シカゴを取り囲むヒスパニック系住民の多い2つの地域を高速道路1本で繋いだ異様な形をしている

小選挙区制が一般的なアメリカ合衆国では、選挙区の区割りは原則として各州の州法が定める手続きによって行われる。州議会選挙の区割りはもとより、連邦下院選挙の区割りも一義的には州によって行われる。そのため、州政界の動向によってゲリマンダー(の疑い)がしばしば発生する。米国では階級・民族・人種の違いで居住区が分かれており、その違いが投票傾向に反映される傾向が強い。このため地域と投票傾向に相関性があり、小選挙区制における選挙区割りを操作することにより投票結果を操作することが可能となり、特定の政治勢力を有利にすることができる。

例えば、1870年代南部再建が終了し連邦軍が撤退した後の南部諸州では、奴隷身分から解放され市民権を得たはずの黒人アフリカ系アメリカ人)が政治権力を持てないよう、ゲリマンダーを始めとする様々な術策が用いられた。1960年代に入ると公民権運動によって連邦議会連邦最高裁判所の介入が強化されて人種的少数派が不利となる区割りが禁止された。以降は逆に人種的少数派を当選させるために、地理的には散在する少数派の多い地域を人工的に一選挙区にまとめることで非白人議員の当選を図るなどの措置がとられた例があるが、1990年代にこれも連邦裁判所によって禁止されている。

このように、複数の特定エリアを一つの選挙区に包含しようとする場合、選挙区割りは異様なものとなりがちで、各選挙区をつなぐ回廊に当たる部分が細く長くなり、ゲリマンダーの一つの典型となる。

日本[編集]

日本の衆議院では、一つの選挙区から原則3~5人を選出する中選挙区制を長らく採用してきたため、元来の意味でのゲリマンダーはほとんど発生しなかった。その理由は、第一に、人口変動が生じても各選挙区の定数を増減させることによって概ね対応でき、区割りを変更する必要性が小さかったこと、第二に、各選挙区の規模が大きく、概ね市区町村などの境界に従って設定されていたため、恣意的な区割りを行う余地がもともと少なかったことである。

また参議院の場合も、選挙区の範囲は都道府県単位の「選挙区」ならびに全国一円の「全国区」(1983年以降は「比例区」)として固定されていたため、この選挙制度の運用上はゲリマンダーの危険性は存在しなかった。

そのため、これまで衆議院選挙に小選挙区制を導入しようとした際に、小選挙区制度の導入そのもの、ないしはその区割りにおいて、与党に有利な制度を導入しようとしているとして、野党などを中心にゲリマンダーであると批判された。

マスコミなどは、その当時の有力者や内閣総理大臣の名の一部を冠して床マンダー床次竹二郎)、ハトマンダー第3次鳩山一郎内閣)・カクマンダー第2次田中角栄内閣)・カイマンダー(第2次海部内閣改造内閣)など[1]と揶揄した。

日本においても、1996年の総選挙からは衆議院に小選挙区比例代表並立制が導入されている。小選挙区においては、選挙区の区割りが細分化される上に、一票の格差の拡大を防ぐために頻繁に区割り変更が必要となるため、ここにゲリマンダーの余地が生じる。このため、総理府(現在は内閣府)に衆議院議員選挙区画定審議会が設置された。同審議会が法律で決められた小選挙区数に照らし合わせて行政区画、地勢、交通等の事情を総合的に考慮して合理的に行った選挙区区割り案を内閣に勧告した後で、内閣から提出された選挙区区割り案が国会で審議されることが慣例となっている。

ゲリマンダーの手法[編集]

選挙区割りを変えることで一方の側に有利な選挙結果を生み出す例。左図の区割りでは、4つの選挙区とも赤党と青党が均衡している。この区割りを右図のように変えることで、3つの選挙区で青党が勝利し、赤党は1区だけしか勝てないよう操作できる。

ゲリマンダーの手法としてはまず、一票の格差を意図的に上下させることが挙げられる。例として、地方保守層が主な支持層の場合などは、都市部の一選挙区当たり有権者数を大きくすることで、都市部の一票を薄める手法が用いられる。

一票の格差を用いずに、特定の政党に有利な区割りとして用いられる手法の例としては、特定の政党の支持者が多い地域を統計的に明らかにし、対立政党の支持者が多い地域をなるべく少数の選挙区に詰め込んでしまうことにより、それらの選挙区での勝利をあきらめるかわりに、それ以外の選挙区で自党がギリギリ勝利するようにする方法が挙げられる。つまり、自党が敗北する選挙区では自党支持者の死票を最小限に抑え、自党が勝利する選挙区では対立候補の死票を最大限に増やすように区割りする。このため、自党と対立政党との間の、得票から議席への変換効率に差が生じ、各党の議席占有率を操作することが出来る。

例えば、二大政党の選挙で有権者が10万人、内訳として与野党の支持者が5万人ずついるエリアを、有権者が2万5000人ずつの4つの小選挙区に分割する場合、与野党で2議席ずつを分け合うのが自然である。しかし、1つの選挙区に野党支持者を2万5000人集中させることができれば、その選挙区では完全に敗北するものの、残りの3選挙区の有権者には、与党支持者があわせて5万人いて、野党支持者があわせて2万5000人しかいないことになるため、残りの3議席を与党が全て獲得することを期待できる。

この理は、一番極端な場合で、有権者が16万0008人として、与党支持者が6万0006人、野党支持者が10万0002人の場合にも同様に適用でき、そのときには、3/8の支持を得ているに過ぎない与党が6議席(与党支持者1万0001人に対し野党支持者1万人)、5/8もの支持を得ている野党が2議席(与党支持者0人に対し野党支持者2万0001人)となる。しかも、各選挙区の有権者数は2万0001人と平等であり、一票の格差は見られない。

すなわち、選挙区割りをコントロールすることができる政党が、実際の支持者の割合と乖離した有利な結果を得ることができることになる。小選挙区で政党が二つしかなく、片方の政党が選挙区割りを完全にコントロールできる場合、一票の格差を用いなくても、片方の政党の議席占有率を支持率の2倍近くにすることができる。

脚注[編集]

関連項目[編集]

区割り
選択・意思決定