ゲッケイジュ

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ゲッケイジュ
ゲッケイジュ
分類
: 植物界 Plantae
階級なし : 被子植物 Angiosperms
階級なし : モクレン類 Magnoliids
: クスノキ目 Laureales
: クスノキ科 Laureaceae
: ゲッケイジュ属 Laurus
: ゲッケイジュ L. nobilis
学名
Laurus nobilis L. (1753)[1]
和名
ゲッケイジュ(月桂樹)
英名
Bay laurel

ゲッケイジュ(月桂樹[2]学名: Laurus nobilis)は、クスノキ科ゲッケイジュ属常緑高木。英語名からローレルともよばれる[3][4]に芳香があり古代から用いられた。乾燥した葉は香辛料ローリエになり、葉と小枝は丸く編んだ月桂冠がよく知られている。

リンネの『植物の種』(1753年) で記載された植物の一つである[5]

名称[編集]

英語の Noble Laurel(ノーブル・ローレル)を中国語に訳して「月桂樹」と名付けられ、それを日本では音読みしてゲッケイジュ和名がつけられた[6][4]。または明治期に月桂が日本に入ってきた際に、西洋でギリシア神話の聖なる木というのと中国の月に生えている切ってもすぐに再生する桂の木(この桂は木犀)の伝説とを同一視したため、これを月桂樹と名付けられたと思われる。別名、英語名からローレル(英語: Laulel[7]、ベイツリー(英語: Bay Tree) [8] 、スイート・ベイ (英語: Sweet Bay) [6] 、ベイ (英語: Bay) [9]、フランス語名からローリエ (フランス語: Laurier) [6][7]とよばれる。

学名の種小名 nobilis(ノビリス)は、「高貴」「気品ある」を意味する[2]

特徴[編集]

地中海沿岸地域の原産といわれ、地中海沿岸地域に広く分布するが、寒さによく耐えることからヨーロッパイギリスアメリカなどに広く伝えられた[4]。日本へは明治時代に渡来し、明治初年には開拓使の青山の圃場に入ったといわれており[4]日露戦争の戦勝記念として東郷平八郎上村彦之丞の両海軍大将によって日比谷公園に植栽されて各地に広まった[3][4][9]。日本では関東地方から九州までの範囲で植栽される[7]。萌芽力が強く、海岸や屋上などの条件が悪いところでも、丈夫に育つ[9]雌雄異株であるが、日本には雌株が少ない[10]

常緑広葉樹中高木で、高さは9 - 12メートルほどになる[6][11]。株立ちすることも多い[3]樹皮は灰白色から灰色で、皮目が散在する[11]。一年枝や若枝は緑色をしている[3][11]。枝葉を傷つけると独特の芳香がある[6][3]。葉身は、長さ5 - 12センチメートル (cm) の狭長楕円形で、濃緑色の革質で光沢があり、葉縁は波打つ[3][7]。葉裏はやや硬い[7]

花期は(4 - 5月)で、葉腋に短い花柄を出して、その先端に黄白色の小花を群がって咲かせる[6][7]雌雄異株で、日本の株は、ほとんどが雄株である[3]。果実は直径1 cmほどの球形で、10月頃に黒紫色に熟し香りがある[9][7]

冬芽は葉芽が楕円形から卵形、花芽は球形をしている[11]。側芽は(葉芽)は頂芽よりも小さく、そのすぐ下にある葉痕が白っぽくよく目立つ[11]。葉痕には維管束痕が1個ある[11]

利用[編集]

庭木、公園樹としての利用のほか、ハーブとして、葉は香辛料(スパイス)として煮込み料理の香味づけに、葉や実は薬用として利用される。刈り取った枝葉を採集して、陰干ししたものが月桂葉(英:ローレル、またはベイリーブス、仏:ローリエ)である[6]

葉には精油1 - 3%が含まれており、精油成分はシネオール約50%、オイゲノール約1.7%、ゲラニオールピネンテルピネンセスキペルテンなどである[6]。果実には、ラウル酸グリコシドを主成分とする脂肪油約25%と、シネオール、ピネン、ラウル酸などの精油約1%を含んでいる[6]。ゲッケイジュに含まれる精油はヒトの味覚神経を刺激し、唾液や胃液の分泌を促して食欲増進作用があるほか、浴湯料として血液循環作用がある[6]

葉から蒸留した油から作られる香料は、英名ベイからベイラムとよばれ、さっぱりとした香りで男性用化粧品に多い[12]

植栽[編集]

庭木や生け垣に植栽される[11]。生長が早く、剪定にも強いという特徴があり、刈り込みすぎや形が不揃いであっても、それを早くリカバリーすることができ、トピアリーを容易に作ることもできる[7]

食用・薬用[編集]

葉、実は、それぞれ月桂葉月桂実という生薬名を持つ。ゲッケイジュがもつ芳香は、古代から香料や料理の香りづけに使われてきた[4]

葉にはシネオールと呼ばれる芳香成分が含まれ、葉を乾燥させたものをローリエフランス語: laurier)、ローレル(英語: laurel)、ベイリーフ(英語: bay leaves[注釈 1]などと呼び、肉料理などで使われる香辛料として広く流通している[4]カレーシチューなどの煮込み料理に、好みの応じて1 - 3枚ほどのローリエ(ローレル)が使われる[6]

浴湯料として月桂葉を布袋に入れて風呂に浮かべておくと、肩こり神経痛リウマチ冷え症腰痛筋肉痛などの痛みを和らげたり、疲労回復に役立つ[6]。果実は健胃剤につかわれる[3]。民間では、実を日本薬局方アルコールやローションに1週間ほど浸した液が、頭髪の発毛・育毛剤として利用できる[6]

ゲッケイジュ葉には強いアルコール吸収抑制活性が認められる。その活性本体は、α-メチレン-γ-ブチロラクトン構造を有するコスチュノリド (costunolide) などのサポニンであるセスキテルペン類であり、その作用機序として、胃液分泌の亢進や胃排出能抑制作用などが関与している[13]

2001年、カゴメ株式会社総合研究所は、月桂樹の中に血管を拡張する作用を示す物質が含まれていることを明らかにした。なお、人体への効果については検証されていないという情報もある[14]

果実を搾って得られるローレルオイルは主に石鹸の原料として使われ、ニキビ・フケ・体臭等を抑える効果が謳われている[15]

栽培[編集]

水はけの良い土を選び、日なたから半日陰地で育てる[9]。土質は全般で、適度に湿度を持たせた土地に根を深く張る[9]。植栽適期は、4月下旬 - 5月、6月下旬 - 7月とされる[7]。生長は早く、剪定期は3月 - 4月上旬か7月下旬 - 8月上旬とされ[9]、庭などの日当たり良い場所に植栽すると枝葉を伸ばすため、年に2 - 3回ほど刈り込む[6]。施肥は1 - 2月に行う[9]。ゲッケイジュは風通しが悪いと虫がつきやすくなるため、風通しの良いところに植えるようにする[16]。ゲッケイジュトガリキジラミが発生することがある。

文化[編集]

ゲッケイジュは、ギリシャ神話アポロンダフネ(ダプネー)の物語に由来し、美しい娘ダフネはアポロンの求愛を拒み、逃れようとして川の神である父親に変身を頼んで、ついには月桂樹に変えられたという[2][17]。これにちなみ、ダフネという呼称は古代ギリシアではゲッケイジュのことを指していたが、現在では同じ芳香のあるジンチョウゲ属の学名に採用されている[4]

葉冠[編集]

ギリシャやローマ時代からアポロンの聖樹として神聖視された樹木である。古代にはピュティア競技祭など特定の競技会で優勝者に月桂樹やセロリなどで作られた葉冠が授与されており「神聖競技会」として特別視されており、賞金や高価な品物が授与される賞金競技会とは区別されていた[17]。古代ギリシアでは葉のついた若枝を編んで「月桂冠」とし、勝利と栄光のシンボルとして勝者や優秀な者達、そして大詩人の頭に被せた[2]。古代の四大競技祭のうち月桂冠が授与されていたのはデルフォイで行われたピュティア競技祭である[17]。古代オリンピックではオリーブの葉冠が授与された[17]。オリーブの木の幹で作られた葉冠には月桂樹の小枝を飾りに付けたものもある[17]

また月桂冠を得た詩人は桂冠詩人と呼ばれる[2]

ゲッケイジュを由来とする名称[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 「ベイリーフ」はシナニッケイの葉に対しても使われる言葉である。

出典[編集]

  1. ^ 米倉浩司・梶田忠 (2003-). “Laurus nobilis L. ゲッケイジュ(標準)”. BG Plants 和名−学名インデックス(YList). 2023年5月9日閲覧。
  2. ^ a b c d e 辻井達一 2006, p. 63.
  3. ^ a b c d e f g h 平野隆久監修 永岡書店編 1997, p. 22.
  4. ^ a b c d e f g h 辻井達一 2006, p. 64.
  5. ^ Linnaeus, Carolus (1753) (ラテン語). Species Plantarum. Holmia[Stockholm]: Laurentius Salvius. p. 369. https://www.biodiversitylibrary.org/page/358388 
  6. ^ a b c d e f g h i j k l m n 田中孝治 1995, p. 144.
  7. ^ a b c d e f g h i 山﨑誠子 2019, p. 48.
  8. ^ Useful Tropical Plants Database 2014
  9. ^ a b c d e f g h 正木覚 2012, p. 58.
  10. ^ 正木覚 2012, p. 59.
  11. ^ a b c d e f g 鈴木庸夫・高橋冬・安延尚文 2014, p. 235.
  12. ^ 辻井達一 2006, p. 66.
  13. ^ 吉川雅之、薬用食物の糖尿病予防成分 『化学と生物』 2002年 40巻 3号 p.172-178, doi:10.1271/kagakutoseibutsu1962.40.172
  14. ^ 「健康食品」の安全性・有効性情報
  15. ^ アレッポの石鹸」HPより、石鹸の原料
  16. ^ 山﨑誠子 2019, p. 49.
  17. ^ a b c d e 真田久、宮下憲、嵯峨寿「アテネオリンピック 2004の文化的側面 (<特集 アテネオリンピック・パラリンピック>)」『体育科学系紀要』第28巻、筑波大学体育科学系、2005年3月、129-139頁、CRID 1050282677523573504hdl:2241/11385ISSN 038671292022年9月16日閲覧 

参考文献[編集]

外部リンク[編集]