ケン・ブロック

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Ken Block 2010.JPG

ケン・ブロック(Ken Block、1967年11月21日 - )は、アメリカ合衆国のモータースポーツ選手。カリフォルニア州出身。現在は主にラリードライバーとして活動しているが、かつてはスケートボードモトクロススノーボードの諸競技においても活躍していた。

略歴[編集]

幼少時から車の運転に並々ならぬ興味を示していたケンは、運転技術習得と同時に両親の車でジャンプやドリフトなどの過激な走行を始めた。また、アメリカ国内において行われるラリーイベントにも強い興味を持っていた。しかし、彼がラリーの道に進むのはまだ先のことであり、最初にスケートボードやモトクロス、スノーボードといったエクストリームスポーツに本格的に取り組み、その世界において実績と名声を築き上げた。

1994年、スケートボードのプロ選手であるコリン・マッケイらと共に、スポーツ用品メーカーのDCシューズを共同設立。後にDCシューズはクイックシルバー社に買収されるも、このビジネスの成功によってラリーに本格的に取り組むための時間と資金を手に入れた。

2005年にラリー・アメリカに初参戦。同年の「ルーキー・オブ・ザ・イヤー」に輝く。続く2006年は2位を獲得し、後年も継続参戦しているが、これまでタイトルを獲得したことはない。ラリー・アメリカの他にXゲームズにも参戦し、こちらでも多くの実績をあげている。

2010年のラリー・カタルーニャにて

2007年に世界ラリー選手権 (WRC) デビュー。2008年にÉ o Fuckin Boss :3にスポット参戦。その後、2010年にプライベーターチーム「モンスター・ワールド・ラリーチーム」から、フォード・フォーカスRS WRCでWRCに参戦。ラリー・カタルーニャでは9位で完走し初ポイントを獲得した。2011年は新規定に沿ってフォード・フィエスタRS WRCにスイッチし、この年のラリー・フランスでは総合8位に入った。2012年は3戦のみのスポット参戦だったが、ラリー・メキシコラリー・ニュージーランドで9位に入っている。アメリカ人としてWRCに複数年連続参戦したのは彼が初めてであり、注目を浴びた年でもあった。

2013年は新チーム「フーニガン・レーシング・ディビジョン」から参戦。WRCではメキシコのみの出場となったが一時総合6位につけ、最終的には自己最高位となる7位入賞を果たした。一方ラリー・アメリカでは最終戦を前にトップから5ポイント差の2位につけ、自身初のタイトル獲得が期待されたが、コ・ドライバーのミスでクラッシュしマシンは大破、念願のタイトル獲得はならなかった。

2014年は地元アメリカで開催のグローバル・ラリークロス選手権と世界戦に昇格した世界ラリークロス選手権に参戦。グローバル・ラリークロス選手権では2勝するもタイトルにはわずかに届かずランキング2位となる。また世界ラリークロス選手権では緒戦となったノルウェーでいきなり3位に入りポディウムを獲得した。一方WRCではMスポーツ・ワールドラリー・チームからラリー・カタルーニャにスポット参戦し最終SS前までポイント圏内の10位につけていたが最終SSでパンクを喫し13位に終わった。

また2011年にはF1のテストドライバーとしてトヨタ・TF109に乗る予定だったが、身長が高すぎて(183cm)コックピットに収まらず中止となった。

スタントドライバーとして[編集]

ケンは競技のためのドライビングのみならず、楽しいドライビングを追求し続けており、2007年にディスカバリー・チャンネルの番組や、DCシューズのプロモーションフィルムにおいて、マシンを大ジャンプさせたり、スノーボードパークをスノーボーダーと共演しながら駆け抜けたりといった過激なドライビングを披露。さらに自身の企画として「ジムカーナ」と題したドライビング映像をネット上で公開し始めた。この映像はシリーズ化されており、閉鎖された工場や市街地、サーキットに障害物を設置し、高度な運転テクニックを駆使してクリアしていくというものである。このうち「ジムカーナ2」は合計5000万回以上閲覧され、2009年の「世界で4番目に多く閲覧された動画」となった。2017年現在もこの企画は継続している。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]