ケイリゾン・デ・ソウザ・カルネイロ

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この名前は、ポルトガル語圏の人名慣習に従っています。第一姓(母方の)はジ・ソウザ第二姓(父方の)はカルネイロです。
ケイリゾン Football pictogram.svg
名前
本名 ケイリゾン・ジ・ソウザ・カルネイロ
Keirrison de Souza Carneiro
愛称 K9
ラテン文字 KEIRRISON
基本情報
国籍 ブラジルの旗 ブラジル
生年月日 (1988-12-03) 1988年12月3日(29歳)
出身地 ドウラドスポルトガル語版
身長 184cm
体重 80kg
選手情報
在籍チーム ブラジルの旗 ロンドリーナEC
ポジション FW (CF)
背番号 99
利き足 右足
ユース
2002-2005 ブラジルの旗 CENE英語版
2005-2006 ブラジルの旗 コリチーバ
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2006-2009 ブラジルの旗 コリチーバ 31 (21)
2009 ブラジルの旗 パウメイラス 19 (11)
2009-2014 スペインの旗 バルセロナ 0 (0)
2009-2010 ポルトガルの旗 ベンフィカ (loan) 7 (0)
2010 イタリアの旗 フィオレンティーナ (loan) 12 (2)
2010-2011 ブラジルの旗 サントス (loan) 17 (4)
2011-2012 ブラジルの旗 クルゼイロ (loan) 8 (1)
2012-2014 ブラジルの旗 コリチーバ (loan) 12 (1)
2014-2015 ブラジルの旗 コリチーバ 27 (4)
2016 ブラジルの旗 ロンドリーナ 9 (3)
2017 ポルトガルの旗 アロウカ 2 (30)
2017- ブラジルの旗 コリチーバ 5 (0)
2018- ブラジルの旗 ロンドリーナ (loan) 0 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2018年7月11日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ケイリゾン・ジ・ソウザ・カルネイロKeirrison de Souza Carneiro, 1988年12月3日 - )は、ブラジルマットグロッソ・ド・スル州ドウラドス出身のサッカー選手ロンドリーナEC所属。元ブラジル代表。ポジションはフォワード

経歴[編集]

父親のアジール・カルネイロオペラリオFCでプレーするフォワードだった。彼は「K」というアルファベットが好きであり、またドアーズのボーカルジム・モリソンも好きだったため、息子に「ケイリゾン (Keirrison)」という名を授けた[1]

幼少期には父親主催のサッカースクールで練習しており、2000年に行われたユース大会でゴールを量産。CRフラメンゴサントスFCなどの有名クラブを巻き込んだ争奪戦が起こり、パラナ州の企業家グループが保有権を買い取りコリチーバFCのユースチームに所属させた[1]。2007年にトップチームに昇格すると、同年にはブラジル・セリエBでチームトップとなる12ゴールを挙げ、クラブの昇格及びリーグ優勝に大きく貢献した。2008年には2008 カンピオナート・ブラジレイロ・セリエAで21ゴールを決め、ワシントンクレーベル・ペレイラポルトガル語版と得点王を分け合った。この年には公式戦で41得点を記録した。10代にしてコリチーバのエース、そしてブラジル国内屈指のストライカーとなったケイリゾンへの評価は高く、「ロマーリオ2世」と称された[2]。その活躍からFCバルセロナバレンシアCFリヴァプールFCなどヨーロッパのビッグクラブも獲得を狙っていた。

2009年1月、SEパウメイラスに移籍した。カンピオナート・パウリスタでは16試合で13得点し、コパ・リベルタドーレスのグループリーグでは6得点するなど、移籍直後から得点を量産した。

2009年7月23日、移籍金1500万ユーロでバルセロナへ移籍した[3]。7月28日、ポルトガルのSLベンフィカに1年間の契約でレンタル移籍した[4]。プレシーズンマッチのセルティックFC戦で初得点を決めた[5]。2009-10シーズンはオスカル・カルドソハビエル・サビオラヌーノ・ゴメスに次ぐ4番手フォワードとされ、5試合199分間の出場に留まった。

2010年1月31日にACFフィオレンティーナへ、買取オプションの優先交渉権を伴った2シーズンのレンタル移籍をすることになったが[6]、半年でバルセロナに帰還。2010年7月、サントスFCにレンタル移籍した[7]。2011年8月からはクルゼイロECにレンタル移籍している[8]。2012年3月にはコリチーバへレンタルで復帰した[9]。2014年夏にはコリチーバへ完全移籍した。多額の移籍金を費やしたバルセロナでは一度もプレーすることは無く、プレシーズンマッチの出場すらなかった[10]

2015年シーズンも1試合無得点に留まる中、同年12月にクラブの給料未払いに対して提訴し契約を解除した[11]

2016年3月にロンドリーナECへ加入。翌年1月にプリメイラ・リーガFCアロウカと1年半の契約を締結した[12]

2017年7月にコリチーバと再び契約[13]。翌年年1月、シーズンローンでロンドリーナへ復帰した[14]

人物[編集]

憧れの選手はロマーリオロナウドである。ロマーリオのフィニッシュ能力、ロナウドのサッカーに対する情熱を手本にしている[15]

2015年に当時2歳の息子を亡くしている[11]

タイトル[編集]

クラブ[編集]

コリチーバ
ベンフィカ
サントス

個人[編集]

  • カンピオナート・ブラジレイロ・セリエA得点王 : 2008(21得点)
  • カンピオナート・ブラジレイロ・セリエA新人王 : 2008

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
ブラジル リーグ戦 ブラジル杯オープン杯 期間通算
2007 コリチーバ セリエB 32 12 6 0
2008 9 セリエA 31 21 3 2
2009 パウメイラス 9 7 5 13 6
ポルトガル リーグ戦 リーグ杯ポルトガル杯 期間通算
2009-10 ベンフィカ プリメイラ 5 1
イタリア リーグ戦 イタリア杯オープン杯 期間通算
2009-10 フィオレンティーナ セリエA 10 3
ブラジル リーグ戦 ブラジル杯オープン杯 期間通算
2010 サントス セリエA 11 3
2011 2 1
クルゼイロ 8 1
2012
通算 ブラジル セリエA 59 31
ブラジル セリエB 32 12
ポルトガル スーペル 5 1
イタリア セリエA 10 3
総通算

脚注[編集]

  1. ^ a b 「伝説の始まり」、ワールドサッカーダイジェスト、日本スポーツ企画出版社、2009年9月3日号
  2. ^ スポーツナビ
  3. ^ FCバルセロナ公式サイト (2009年7月23日). “Goals, a way of life”. 2009年7月23日閲覧。
  4. ^ Benfica Sign Barcelona Striker Keirrison On LoanGoal.com、2009年7月28日
  5. ^ Keirrison scores first goal for Benfica2009年9月3日
  6. ^ Comunicatoフィオレンティーナ公式 (2010-1-31)(イタリア語),2010-1-31閲覧
  7. ^ ケイリソンのサントス行きが決定Goal.com、2010年7月12日
  8. ^ Keirrison agradece carinho e afirma:‘Cruzeiro vai forte para o segundo turno’ クルゼイロEC公式サイト、2011年8月24日
  9. ^ バルセロナ、ケイリソンのレンタルを発表Goal.com、2012年3月23日
  10. ^ バルサ、15億円の無駄遣い…ケイリソンを一度も起用せず無料で放出”. サッカーキング (2014年7月30日). 2014年7月30日閲覧。
  11. ^ a b 元バルサFW、27歳で無職に。不幸重なりクラブとの関係に傷”. フットボールチャンネル (2015年12月9日). 2018年7月11日閲覧。
  12. ^ Atacante Keirrison assina por um ano e meio e é apresentado no Arouca-POR”. globoesporte.com (2017年1月12日). 2018年7月11日閲覧。
  13. ^ Do drama à volta ao clube onde tudo começou: Keirrison passa carreira a limpo”. globoesporte.com (2017年7月18日). 2018年7月11日閲覧。
  14. ^ Keirrison comemora volta ao Londrina e ganha apoio de Ricardinho: "Pode nos ajudar"”. globoesporte.com (2018年1月7日). 2018年7月11日閲覧。
  15. ^ footballista、ソルメディア、2009年5月20日号

外部リンク[編集]