グレープ・ライブ 三年坂

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グレープ・ライブ 三年坂
グレープライブ・アルバム
リリース
録音 1975年11月6日
ジャンル フォーク
レーベル ワーナー・パイオニア
プロデュース 横山和光、岡賢一
チャート最高順位
  • 週間2位(オリコン
  • 1976年度年間2位(オリコン)
  • 1977年度年間32位(オリコン)
グレープ アルバム 年表
コミュニケーション
(1975年)
グレープ・ライブ 三年坂
(1976年)
グレープ わすれもの せせらぎ コミュニケーション
(グレープ)
(1977年)

帰去来
(さだまさし)
(1976年)

トゥリー・オブ・ライフ
(茶坊主)
(1976年)
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グレープ・ライブ 三年坂』(グレープ・ライブ さんねんざか)は、グレープのライヴ・アルバムである。

概要[編集]

1975年11月6日中野サンプラザ・ホールで行われたリサイタルを収録したものである。この時点で公表はしていなかったものの、すでにさだまさし吉田政美はグレープの解散を決意しており、最後にグレープのベストアルバムを制作する意味でライヴ収録が行われた。音楽監督として編曲およびストリングスの指揮を服部克久が担当している。

グレープのオリジナル・アルバムには未収録だった楽曲も多数披露されている。「バンコ」は吉田のギターを中心としたインストゥルメンタル、「第一印象」はさだのヴァイオリンを中心としたインストゥルメンタル。「さよならコンサート」「僕にまかせてください」の2曲は、さだがクラフトに提供した楽曲のセルフカバーである。

題字は書道三段の吉田が書いている。

累計売上は93万枚を記録[1]

オリジナル盤[編集]

オリジナル盤は1976年にリリースされた。上記コンサートを収録したものではあるが、ライヴの状況を忠実に再現したものとは言えず、さだは後年『完全盤』を再リリースしている(後述)。本作はオリコン・チャート2位まで上昇し、1976年度年間オリコン・チャートでは子門真人ほかの『 およげ! たいやきくん』に次いで2位、総売上45万枚を超える大ヒットとなった[2]

カセット・テープ版では収録時間の都合から「フレディもしくは三教街」と一部のトークをカットされた。

また、初期のCD(1985年・1991年盤)は「三年坂Vol.1」「三年坂Vol.2」というタイトルで、Disc1とDisc2それぞれの分売であったが、1997年の再発時にオリジナルと同じく2枚組に戻された。 1985年~1997年盤のCDはプリエンファシス処理が施されている。

完全盤[編集]

グレープの解散30周年を記念して、2005年2月23日リリースされた。オリジナル盤ではカットされていた曲とトークが収録され、曲順もリサイタル時のものに戻され、Discの1と2の区切りも変更されている。 また、デジタルリマスタリングが施され、歌詞カードにはLPに収録されていた解説等が追加された。

収録曲[編集]

全作詞・作曲:さだまさし (注記を除く)

Side 1
#タイトル作詞作曲・編曲
1.「オープニング・精霊流し」  
2.無縁坂  
3.「哀しみの白い影」  
4.「殺風景」  
5.「風と空」(作詞・作曲:吉田正美)  
Side 2
#タイトル作詞作曲・編曲
1.朝刊  
2.「ほおずき」  
3.「縁切寺」  
4.「笑顔同封」  
5.「追伸」  
Side 3
#タイトル作詞作曲・編曲
1.「島原の子守唄」(作詞・作曲:宮崎康平[3])  
2.「雪の朝」  
3.「掌(てのひら)」  
4.「バンコ」(作曲:吉田正美)  
5.「絵踊り」(作詞・作曲:吉田正美)  
6.「第一印象」  
Side 4
#タイトル作詞作曲・編曲
1.「さよならコンサート」(クラフトへの提供曲のセルフ・カヴァー)  
2.「僕にまかせてください」(クラフトへの提供曲のセルフ・カヴァー)  
3.「フレディもしくは三教街-ロシア租界にて-[4]  
4.「あこがれ」  
5.精霊流し  

完全盤

参加したアーティスト[編集]

エレキギター:松木恒秀

エレキベース:岡沢章

ドラムス:村上秀一

キーボード:大原繁仁

ストリングス:加納アンサンブル

脚注[編集]

  1. ^ インタビュー<日曜のヒーロー> ■第368回 さだまさし日刊スポーツ、2003年6月29日付。
  2. ^ なお、グレープ最大のヒット曲であるシングル「精霊流し」は1974年9月16日 - 9月30日付まで、中村雅俊の「ふれあい」に次いでオリコン・チャート3週連続2位まで上昇した。
  3. ^ 正式な著作者のクレジットは宮﨑平(みやざきこうへい)である。なお本作は山梨民謡「甲州縁故節」を原曲としていることが判明している。
  4. ^ クレジットのタイトルはオリジナル通りだが、自筆稿には「フレディもしくは三教街-ロシア租界にて-」と記されている。