グレゴリウス4世 (ローマ教皇)
ナビゲーションに移動
検索に移動
| グレゴリウス4世 | |
|---|---|
| 第101代 ローマ教皇 | |
|
| |
| 教皇就任 | 827年10月 |
| 教皇離任 | 844年1月25日 |
| 先代 | ウァレンティヌス |
| 次代 | セルギウス2世 |
| 個人情報 | |
| 出生 |
795年頃 ローマ |
| 死去 |
844年1月25日 |
| 原国籍 | イタリア |
| その他のグレゴリウス | |
グレゴリウス4世(795年頃? - 844年1月25日)は、第101代ローマ教皇(在位:827年10月 - 844年1月25日)。
生涯[編集]
出身はローマで、家系は貴族である。教皇就任前は司祭・枢機卿を歴任した。840年にルートヴィヒ1世が死去すると、フランク王国では継承争いが起こり、グレゴリウス4世は長男のロタール1世を支持した。
しかしフランク王国の司教の大半はロタールの後継に反対し、王室でも継承争いが激化してグレゴリウス4世は王室の調停を務めたものの失敗に終わった。844年1月25日、在位16年と3か月において死去した。
参考文献[編集]
| ||||||||||||