グルジーム
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| ებრაელი | |
|---|---|
1800年代トビリシのジョージアのユダヤ | |
| (225,000 (est.)) | |
| 居住地域 | |
| 200,000 | |
| 13,000 | |
| 10,000 | |
| 1,000 | |
| 500 | |
| 150 | |
| 言語 | |
| グルジン語・ロシア語・ヘブライ語・英語 | |
| 宗教 | |
| ユダヤ教 | |
グルジームは、コーカサス地方のジョージアに古くから住むユダヤ人のこと。同じコーカサスのダゲスタンに古くから住む山岳ユダヤ人や、ロシアからコーカサスに移住してきたアシュケナジムとはまた別の集団である。

式典にはサアカシュヴィリ大統領も出席している。
人口
[編集]グルジームは伝統的にジョージア人やアシュケナジムなど、他の民族集団とは距離を置いて暮らしてきた。
1970年代にはジョージアに10万人のグルジームが住んでいたが、その後イスラエルや米国やロシアやベルギーに移民する者が多かった。2004年の資料によると、1万人から2万人のグルジームしかジョージアには残っていない。
言語
[編集]グルジームの伝統的言語は、ジョージア語の変形であるグルジン語で、ヘブライ語からの多くの借用語を使用し、ヘブライ文字とジョージア文字の両方で表記する。このほか、ジョージア語やロシア語など周辺民族の言語も使用する。国外在住のグルジームは、ベルギーではフランス語を、米国では英語を、イスラエルではヘブライ語を使用することも多い。
歴史
[編集]グルジームは、ディアスポラ以降最古のユダヤ人コミュニティーの一つである。彼らがジョージアに住み着いた時期には諸説がある。
- 紀元前770年、北イスラエル王国がアッシリアに破壊された時という説。
- 紀元前586年頃、ネブカドネザル王によるバビロニア軍の侵攻の時という説。
- 紀元後1世紀、ローマ軍によって第二神殿を破壊された後という説。
他の説もあるが、いずれの説も紀元後2世紀以前にジョージアへ住み着いたという点では一致している。どれか一つの説だけが正しいとは限らないので、これらの歴史的な苦難のたびに少しずつジョージアへ逃げのびたユダヤ人たちがグルジームの祖先であるということも大いにありうる。