グリュック王国
グリュック王国(グリュックおうこく)は、かつて北海道帯広市に存在したテーマパークでぜんりんレジャーランドにより運営されていた[1]。
「ぜんりんレジャーランド」は地元不動産デベロッパーのぜんりん地所建設の子会社であった。
概要[編集]
国鉄広尾線の廃止に象徴されるように従来の道内産業基盤が弱体化する中、1980年代の好況を背景に、観光による町おこしを目指して帯広空港近くに誘致された。
園内は中世のドイツをモチーフとしたテーマパークとなっており[3]、ベーザールネサンス様式を代表する「ウトレヒトの出窓」などドイツに古くから伝わる木組みの家には独特の装飾や古いドイツの街によく見られる「マルクト広場」を含めた街並みが再現されていた[4]。
そのため、ハーナウ市から取り寄せたグリム兄弟の銅像[5]がハーナウ市庁舎前に置かれ[4]、東ベルリンのフリードリヒ通りに敷かれていたものを取り寄せた舗道石が用いられ[6]遊具もドイツ製でメルヘン調のもののみで構成されていた[4]。
1990年(平成2年)にはドイツでも人気のあった大型遊具の「ウエーブスインガー」を導入している[7]。
中世のドイツを代表する名城の一つで「街道の貴婦人」とも呼ばれる「ビュッケブルグ城」を内装や壁画も忠実に再現し[3]、1992年(平成4年)8月2日に城の中にホテル「シュロスホテル」が開設された[8]。
ホテルを除いて冬季は休業して[9]当地の観光の繁忙期となるゴールデンウイーク前から営業を再開するのを通例とし[10]、開園当初の1年間で約74万人が入場したほか[11]、1991年(平成3年)と1992年(平成4年)には年間約70万人が入場していた[1]。
しかし、その後は入場者数が減少して1997年(平成9年)には年間約30万人へ大きく落ち込み、運営する「ぜんりんレジャーランド」の1996年(平成8年)12月期は売上高が前期比約20.1%減の約6.57億円で経常損益は約4.63億円の赤字となり、約23.81億円の累積損失を抱えるに至った[1]。
再建策の模索から閉園[編集]
1998年(平成10年)1月には当時新得町で大型映像装置の組み立て工場を建設していたベンチャー企業の「ジェイ・ウェイ」が、当園東側の約14,900m2の敷地に床面積約14,200m2の「ブルーハワイアン」という屋内プールを開設し、当園と一体的に運営する構想を立てて、「ぜんりんレジャーランド」と覚書を交わした[1]。
この「ブルーハワイアン」は、日本鋼管(現・JFEエンジニアリングとJFEスチール)が1992年(平成4年)6月に横浜市で開業した造波装置なども備えた大型の室内プール施設「ワイルドブルーヨコハマ」を参考にした大小4つの温水プールを設置する施設で、ハワイからスタッフを呼んでハワイアンダンスなどをイベントを行うものとされていた[1]。 1999年(平成11年)7月の開業予定とされていた[1]が、実現しなかった。
その後、2000年(平成12年)にはいがらしゆみこの帯広光南小学校の同期生らで組織されていた「いがらしゆみこ会」を通じて園内へのいがらしゆみこ美術館開設[12]やテレビドラマのロケへの貸し出し[9]等の梃入れ策を講じて収益の拡大を目指した。
2003年(平成15年)にはビュッケブルグ城等の外壁や設備機器の補修が必要として例年のゴールデンウイーク前から営業を再開するのを7月1日に延期[10]。
その間に資金繰りのため、東京の投資会社と王国内のシュロスホテルの一部を貸し出して「アンチエイジング医療」(抗老化医療)を行う方向で交渉すると共に、遊具などは無料で遊具メーカーに貸し出すことで、「ぜんりんレジャーランド」はホテルの一部のみを運営する形での営業継続を模索した[10]。
しかし、これらの交渉が纏まらなかったことから同年6月24日までに7月1日の営業再開予定を断念し[10]、同年7月18日には年内の営業再開そのものを断念した[13][14]。
この時点では、翌年2004年(平成16年)5月の営業再開を目指しており[13]、再建へ向けて出資の交渉を含めた新たな事業計画の作成が進められることになっていた[14]。
しかし、その後新たなスポンサー企業が見つからずに休園した状況が続き、2007年(平成19年)2月5日に営業再開を断念して正式に閉園することになった[15]。
閉園後に土地・建物は競売されることになっていたが[15]、そのまま放置され[16]、2011年(平成23年)8月には「廃虚ブーム」の影響などで不法侵入や窃盗が相次いで問題となった[17]。
脚注[編集]
- ^ a b c d e f “グリュック王国に造波プール”. 十勝毎日新聞 (十勝毎日新聞社). (1998年1月10日)
- ^ “童話の世界へようこそ 帯広 グリュック王国 開幕”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1989年7月1日)
- ^ a b ““街道の貴婦人”再現。古城ホテル建設進む。内装、壁画も忠実に-帯広・グリュック王国”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1990年11月22日)
- ^ a b c “メルヘンの世界再現 -帯広旧幸福駅近く- 「グリュック王国」入国記 城門くぐると西独の街 メルヘン遊具”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1989年7月5日)
- ^ ““本家”とそっくり 帯広グリュック王国 グリム兄弟の銅像到着”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1989年6月27日)
- ^ “グリュック王国 帯広 西ドイツから輸入された400年前の舗道石”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1989年1月11日)
- ^ “遠心力のスリル「ウエーブスインガー」1990年春からグリュック王国に登場-帯広”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1989年10月31日)
- ^ “泊まってみる?ドイツの古城-帯広”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1992年8月2日)
- ^ a b “もっと北海道 旅遊革命 かんこう 第3部 長年の課題 3 ついえた夢 テーマパークひん死 集客激減かさむ負債”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2001年3月24日)
- ^ a b c d 近藤政晴(2003年6月24日). “グリュック王国 7月1日のオープン延期”. 十勝毎日新聞 (十勝毎日新聞社)
- ^ “爆発 ほっかいどう観光 上”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1990年8月31日)
- ^ “いがらしゆみこさんの美術館を開設”. 十勝毎日新聞 (十勝毎日新聞社). (2000年4月20日)
- ^ a b “グリュック王国 今季の営業見送り 来年5月再開 新たに事業計画作成”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2003年7月19日)
- ^ a b “グリュック王国の本格営業延期 再建へ前途険しく カギ握る出資交渉 新たなソフト事業検討”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2003年7月19日)
- ^ a b “グリュック王国 営業再開を断念 帯広 土地、建物は競売”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2007年2月6日)
- ^ “十勝 初秋の空から 2 グリュック王国(帯広) バブル残り香寂しげ”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2009年9月16日)
- ^ “休園中のグリュック王国 不法侵入、窃盗相次ぐ 背景に「廃虚ブーム」も 管理の会社 「罪の意識持って」”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2011年8月26日)
参考文献[編集]
- 『北海道新聞』2007年2月6日 朝刊32面。
- "イバラの道"続く「グリュック王国」 - 『空間通信』特集:厳冬続く地方のレジャーパーク
関連項目[編集]
- バラ色の日々 - THE YELLOW MONKEYの楽曲。PV撮影で使用。
- 深い森 - Do As Infinityの楽曲。PV撮影で使用。
外部リンク[編集]
- グリュック王国 グリュック王国オフィシャルサイト(Internetアーカイブ保管版)
- 究極のテーマパーク 帯広グリュック王国
- 厳冬続く地方のテーマパーク