グランド・オダリスク

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『グランド・オダリスク』
フランス語: La Grande Odalisque
Jean Auguste Dominique Ingres, La Grande Odalisque, 1814.jpg
作者 ドミニク・アングル
製作年 1814年
種類 カンバスに油彩
寸法 88.9 cm × 162.56 cm (35 in × 64 in)
所蔵 ルーヴル美術館パリ

グランド・オダリスクフランス語: La Grande Odalisque)、またはユヌ・オダリスクUne Odalisque)は、オダリスクを描いたドミニク・アングルの1814年の油彩画である。

アングルの同時代人らは、この作品は、アングルの、新古典主義からの離脱、エキゾチックなロマンティシズムへの転換をしめす作品であると考えた。

『グランド・オダリスク』は最初に展示されたとき、広い批判をまねいた。これは、伸長されたプロポーションと解剖学的なリアリズムの欠如のためにとくに注目されてきた。

この作品は、パリのルーヴルに展示されている。

沿革[編集]

この絵は、ナポレオン1世の妹でナポリ王妃のカロリーヌ・ボナパルトによって製作依頼され、[1]そして1814年に完成した。

アングルは、ジョルジョーネの『眠れるヴィーナス』やティツィアーノの『ウルビーノのヴィーナス』のような作品をもとに横たわる裸の人物像を着想したが、横たわって肩ごしにふり返っている人物の実際のポーズは、1800年のジャック=ルイ・ダヴィッドの『マダム・レカミエの肖像』(Portrait of Madame Récamier)をもとに描かれた。

アングルは、ゆがめられたプロポーションで、けだるいポーズの愛妾のうしろ姿を描いている。小さい頭部、引きのばされた四肢、そしてクールな色彩設計、すべてが、パルミジャニーノのようなマニエリスムからの影響をあらわしており、[2]その『長い首の聖母』もまた解剖学的なゆがみで有名であった。

長い首の聖母 パルミジャニーノ 1534年-1540年

これが1814年にはじめて展示されたとき、この古典的な形式をロマンティックなテーマと組み合わせる折衷的な混合は厳しい批評を誘発した。

批評家らはアングルを形式と内容において同時代的スタイルに対する反逆者とみなした。

この絵が最初1819年のサロンで展示されたとき、 ある批評家は、この作品には「骨も筋肉も、血も、命も、レリーフも、いやそれどころか模造品を構成するものはなにもない」("neither bones nor muscle, neither blood, nor life, nor relief, indeed nothing that constitutes imitation")とのべた。[3] これは、アングルは解剖学的なリアリズムを無視しているという一般的な見解を反映していた。[4] アングルは、かわりに、ヴォリュームをトーン・ダウンさせる、ゆたかな、一様な光のみならず、湾曲と官能性をつたえるために長い線を偏愛した。[4] アングルは、1820年代なかばまで作品を批判されつづけた。[2]

解剖学[編集]

この絵がうけた最初の批評から生じて、『グランド・オダリスク』における人物は、「椎骨が2つか3つ多すぎる」("two or three vertebrae too many")ように描かれていると考えられている。[1][5] 当時の批評家らは、伸長はアングル側の誤りであると信じたが、しかし近年の研究は、伸長は故意のゆがみであるということをしめしている。[6] 現実の女性のプロポーションの測られた寸法によれば、アングルの人物は、複写しえない脊柱の湾曲と骨盤の回転をもって描かれていることをしめした。[5] それはまた、オダリスクの左腕が右腕よりも短いということをしめした。 研究は、この人物は椎骨が2つか3つではなく「5つ」(five)長いこと、そしてこの過多は、たんに腰椎ではなく骨盤「と」(and)腰部(lower back)の長さに影響していることを結論した。[5]

この絵のべつの解釈は、いくにんかの内妻の義務はスルタンの肉欲的な快楽を満足させることのみであるから、彼女の骨盤部の伸長はアングルによる象徴的なゆがみであったかもしれないということを示唆している。

一方ではこれは官能的な女性美をあらわしているかもしれず、他方では、彼女の凝視は「複雑な心理学的なメーキャップ[を映し]」("[reflect] a complex psychological make-up")あるいは「なんの感情も[あらわして]いない」("[betray] no feeling")と言われてきた。そのうえ、彼女の凝視と骨盤部の距離は、女性の考えと感情の考えと複雑な感情の深さの物理的な表現であるかもしれない。[5]

脚注[編集]

映像外部リンク
Ingres' La Grand Odalisque, Smarthistory[7]
  1. ^ a b Weston, Helen (1996). “A Look Back on Ingres”. Oxford Art Journal 19 (2): 114–116. doi:10.1093/oaj/19.2.114. 
  2. ^ a b Kleiner, Fred; Christian J. Mamiya (2005). Gardner’s Art Through the Ages (12 ed.). California: Wadsworth/Thompson Learning. pp. 826–827. ISBN 0-534-64091-5. 
  3. ^ Benjamin, Roger (December 2000). “Ingres Chez Les Fauves”. Art History 23 (5): 754–755. doi:10.1111/1467-8365.00242. 
  4. ^ a b Une Odalisque”. Louvre Museum. 2008年1月9日閲覧。
  5. ^ a b c d Maigne, Jean-Yves; Gilles Chatellier, Hélène Norlöff (July 2004). “Extra vertebrae in Ingres' La Grande Odalisque”. Journal of the Royal Society of Medicine 97 (7): 342–344. doi:10.1258/jrsm.97.7.342. PMC 1079534. PMID 15229267. http://www.pubmedcentral.nih.gov/articlerender.fcgi?tool=pmcentrez&artid=1079534 2008年1月9日閲覧。. 
  6. ^ Hautefeuille, Annie (2004年7月2日). “Little extra out the back”. The Australian: pp. 16 
  7. ^ Ingres' La Grand Odalisque”. Smarthistory at Khan Academy. 2013年1月26日閲覧。