クレ環礁

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クレ環礁
Kure Atoll
クレ環礁の衛星画像(左上角の方向が北)
クレ環礁の衛星画像(左上角の方向が北)
太平洋におけるクレ環礁の位置
太平洋におけるクレ環礁の位置
クレ環礁
地理
場所 太平洋
座標 北緯28度25分 西経178度20分 / 北緯28.417度 西経178.333度 / 28.417; -178.333
諸島 北西ハワイ諸島
島数 2
主要な島 Green Island
面積 0.862 km2 (0.333 sq mi)
長さ 9,3 km (57.8 mi)
7,7 km (47.8 mi)
ハワイ州
ホノルル郡
人口統計
人口 0 (2012現在)
追加情報
時間帯
  • UTC-10


ハワイ列島におけるクレ環礁の位置を示した地図

クレ環礁(クレかんしょう、Kure Atoll、[ˈkʊər]; ハワイ語: Mokupāpapa)はOcean Islandとも呼ばれる環礁で、北西ハワイ諸島ミッドウェー島から48海里 (89 km; 55 mi)離れた場所に位置する。特に目につく大きさの島は1つあるだけで、Green Islandと呼ばれている。自然が多く残され、様々な海鳥の生息地となっている。モンクアザラシアホウドリの繁殖地があるほかイカナゴの群れなども見られる。 短い滑走路と建物の一部が使われなくなり放置された状態で存在しているが、いずれもかつてアメリカ沿岸警備隊LORAN局として使用されていたものである。 研究員以外は住民がおらず半無人島となっている。独立した未組織地域英語版の一つミッドウェイ島の一部として州の残り部分からは分離されているが、政治的にはハワイの一部である。

地理[編集]

クレ環礁は、国際日付変更線の東方約87海里 (161 km; 100 mi)にあり、世界で最も北にある環礁である[1]。 意外なことに、クレ環礁はミッドウェイ環礁より西に位置するにも関わらず、時間帯は1時間進んだUTC-10に設定されている(これはハワイの残りの地域と同じである)。 幅約10km(6マイル)のほぼ円形をした堡礁で、浅い潟湖といくつかの島嶼から構成されている。 陸地の総面積は86.237ヘクタール (213.096エーカー)で、そのうち南東部のGreen Island[2]が77.685ヘクタール (191.964エーカー)を占めている。 海岸には多くのハワイモンクアザラシMonachus schauinslandi)が上陸している[3]

気候[編集]

クレ環礁には気候観測所が設置されていないため、下表のデータはミッドウェイ島のページより引用した。

北回帰線より北となる北緯28°25'に位置しているが、気候は年中快適な気温のサバナ気候ケッペンの気候区分ではAw)である。降水は一年を通じ概ね均等だが、5月と6月の2ヶ月間は乾季に分類される。

クレ環礁の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
最高気温記録 °C (°F) 26
(79)
27
(81)
27
(81)
27
(81)
30
(86)
31
(88)
33
(91)
33
(91)
33
(91)
31
(88)
31
(88)
27
(81)
33
(91)
平均最高気温 °C (°F) 21
(70)
21
(70)
21
(70)
22
(72)
24
(75)
27
(81)
28
(82)
28
(82)
28
(82)
26
(79)
24
(75)
22
(72)
24.3
(75.8)
日平均気温 °C (°F) 18
(64)
18
(64)
19
(66)
20
(68)
22
(72)
25
(77)
26
(79)
26
(79)
26
(79)
25
(77)
22
(72)
20
(68)
22.3
(72.1)
平均最低気温 °C (°F) 16
(61)
16
(61)
17
(63)
17
(63)
20
(68)
22
(72)
23
(73)
23
(73)
23
(73)
22
(72)
20
(68)
18
(64)
19.8
(67.6)
最低気温記録 °C (°F) 9
(48)
10
(50)
10
(50)
11
(52)
12
(54)
16
(61)
17
(63)
17
(63)
17
(63)
15
(59)
12
(54)
10
(50)
9
(48)
降水量 mm (inch) 120
(4.72)
90
(3.54)
70
(2.76)
60
(2.36)
50
(1.97)
50
(1.97)
50
(1.97)
100
(3.94)
80
(3.15)
80
(3.15)
90
(3.54)
100
(3.94)
940
(37.01)
平均降水日数 16 14 12 11 9 9 15 15 15 14 14 16 160
出典: Weatherbase[4]

地質学的歴史[編集]

クレ環礁の地質学的歴史は概ねミッドウェー島と似ているが、ダーウィンポイント英語版と呼ばれる場所により近い。 このポイントの緯度では様々な物理的力によるサンゴ礁が成長する速度と消失する速度とが丁度等しくなっている。 太平洋プレートの動きによってクレ環礁はゆっくりと北西に向かって移動し続けているが、水の温度がサンゴとサンゴ藻の成長にとって冷たすぎるため、サンゴ礁はアイソスタシーによる山の沈降分を埋め合わせるだけの成長量を維持できず、水没しつつある。 想定外の地形進化や地球温暖化がなければ、他の火山の一員となり始め、やがて天皇海山群を構成するサンゴ礁の頂上のみが水面上に残った地形となっていく。なお天皇海山群を構成する地形は現在では全て海山となっている[3][5]

人による探査と利用[編集]

Green Islandの空撮写真

ハワイ語でモクパパパ(Mokupāpapa)という語は元々「岩礁を伴う平らな島」という意味で用いられていた[6]。北西ハワイ諸島はハワイ神話に登場するカーネ・ミロハイ英語版と関係している。島を作ったとされるペレの兄弟が旅行者を守るために残された[7]。19世紀半ばまで、クレ環礁にいくつかの船が訪れており、その度に異なる名前がつけられていた。Cureともつづられるこの英語名はこの環礁を見たロシアの探検家が名づけたものである[8]。1924年、公式にクレ島と名付けられ、1987年になってクレ環礁と変更された[9]

周囲の岩礁で座礁した船の乗組員が大勢クレ環礁に取り残され、彼らは周囲にいたアシカカメトリを食べて生き抜く必要があった。現在でも、岩礁にはUSSサギノー号(1859)英語版などの難破船が残されている。これらの事故を受け、ハワイ国王のカラカウアジェームス・ハーボトル・ボイド英語版大佐を特別長官として派遣した。そして1886年9月20日、彼はハワイ政府によるこの島の領有を宣言した。王は島に取り残された遭難者のために、水タンクと食料を備えた簡素な家の建設を命じた。しかし食料は1年もしないうちに奪われ、家はすぐに廃墟と化した[10]

歴史上ほとんど無視されてきたが、第二次世界大戦中は米国海軍がミッドウェーより度々訪れ、巡回していた。これは日本軍がハワイ諸島の別場所を攻撃する目的で、潜水艦や潜水タンカーから放たれた飛行艇の補給にこの島を利用していることがないかを確かめるためであった。 ミッドウェー海戦中、日本の空母飛龍から発艦した菊池六郎中隊長が操縦する中島製九七式艦上攻撃機(B5N)が米軍機による攻撃を受けてクレ環礁付近に不時着した。この機は米国のミッドウェー軍事施設破壊を目的とした日本軍による初期の攻撃に関与している[11]。 菊池中隊長と他2名の乗組員(飛行兵曹長の湯本智美、一等飛行兵曹の樽崎広典)[12] は上陸したが、アメリカ上陸部隊が彼らを捕らえようとした時、彼らは捕虜となることを拒否して殺されたかまたは自決した[11]

1971年のクレ環礁のアメリカ沿岸警備隊LORAN局
クレ環礁のボランティアテントとアホウドリ

クレ環礁は太平洋ゴミベルトからがれきを運び出す主な海流の中に位置していて、 漁業用の網や大量のライターなどが島内に漂着している。これが島内の動物、中でも鳥に対する脅威となっていて、胃にプラスチックが入った鳥の死骸がよく見られる[3][13]

1998年10月16日、遠洋漁業船のパラダイス・クイーン IIがクレ環礁Green Islandの東端で座礁し、回復措置が取られるまでに約4,000ガロンのディーゼル燃料が流出した。 難破船の破片が長年にわたって岩礁や海岸を汚染し続けており、野生生物を危機にさらしサンゴ礁を傷つけている。北西ハワイ諸島に生息する環境に敏感な生物がこの長期に渡る汚染によって危機にさらされている。

より確実に生物を保護するため、国際海事機関は国立パパハナウモクアケア海洋遺跡(Papahānaumokuākea Marine National Monument)を特別敏感海域(Papahānaumokuākea Marine National Monument、PSSA)に指定した。[14][15] さらにその地域への出入りを避けるため、特定敏感海域から10海里以内に設定した要報告区域に船が出入りする際、船主はそのことを報告することになっている。これは海難事故に素早く対応できるようにするためである。

1960年から1992年まで、アメリカ沿岸警備隊LORAN局がGreen Islandに設置されていた。海岸警備活動のため島内にはサンゴでできた短い滑走路が建設されたが、廃棄され現在は使えない。定住者はいないが、以前はホノルル郡の一部であった。 1981年には州立野生生物保護区となった。 1993年より、ハワイ州土地自然資源局英語版とクレ環礁管理局からのボランティアが、より自然な状態に復旧する手伝いをしている。 ジャン・ミッシェル・クストゥ英語版がクレ環礁への航海映像を制作し、2006年に初めて放送された。 2010年から、森林野生生物課が通年でクレ環礁に駐在するようになった。

アマチュア無線[編集]

クレ環礁は特に離れた場所にあるので、アマチュア無線の遠距離通信の対象となっている。 クレ環礁からヨーロッパに至る電波の経路は丁度北極上空を通るので、クレ環礁との遠距離通信はヨーロッパのアマチュア無線愛好家の中でも特に人気がある[要出典]。 クレ環礁との遠距離通信例を以下に記す。

  • 1969年11月11日〜14日 - コールサイン:KH6NR/KH6 - 、米国海軍予備員訓練センター ホノルルのコールサインを使用し、海洋軍曹のDon Chilcote(KH6GKV、現在はVE6NN)と海軍ICFNのGene Lewis(KH6HDB、W5LE)がクレ島にて運営した[16]
  • 1971–72 – コールサイン: KH6EDY - 米国海岸警備隊LORAN局クレ島のコールサイン[要出典]
  • 1973年9月〜1974年9月 – コールサイン: KH6HDB – Gene Lewis(KH6HDB、現在はW5LE)がクレ島にて運営した。Lewisは1969年11月に1週間行われたKH6NR/KH6遠距離通信の運営者2人のうちの1人であった。その後、クレ島に1年間駐在するという目的のため海岸警備隊に入った[17]
  • 1997 – イベントコールサイン: K7K - これは科学と無線の合同で運営されたもので、米国魚類野生生物局から4人の科学者、ミッドウェイ-クレ遠距離通信財団の1996年ミッドウェイチームから8人が参加した[18]
  • 2005 – イベントコールサイン: K7C - 運営チームには米国、カナダ、ドイツから合計12人のアマチュア無線運営者が参加した[16]

ギャラリー[編集]

参考文献[編集]

  1. ^ Reynolds, M.H., Berkowitz, P., Courtot, K.N., Krause, C. M. (editors) (2012). Predicting sea-level rise vulnerability of terrestrial habitat and wildlife of the Northwestern Hawaiian Islands: U.S. Geological Survey Open-File Report 2012–1182. USGS. pp. 7. http://pubs.usgs.gov/of/2012/1182/of2012-1182.pdf. 
  2. ^ U.S. Geological Survey Geographic Names Information System: Green Island
  3. ^ a b c Safina, Carl (2003). Eye of the albatross : visions of hope and survival (1st Owl Books ed.). New York: H. Holt. ISBN 9780805062298. https://books.google.com/books?id=PhcJn_U-chsC 2015年2月19日閲覧。. 
  4. ^ http://www.weatherbase.com/weather/weather.php3?s=166019&cityname=Midway-Island-Midway-Islands-United-States-of-America&units=metric
  5. ^ Kure Atoll (Moku Pāpapa)”. National Oceanic and Atmospheric Administration. 2015年2月3日閲覧。
  6. ^ マリー・カウェナ・プクイ英語版サムエル・ホイト・エルバート英語版 (2003)。"lookup of moku papapa "、ハワイ語辞書、ウルカウ ハワイ電子図書館、ハワイ大学出版英語版、2011年3月9日参照。
  7. ^ ʻAha Pūnana Leo and Hale Kuamoʻo (2003). "lookup of Kānemilohaʻi ". in Māmaka Kaiao: 現代ハワイ語語彙、ウルカウ ハワイ電子図書館、ハワイ大学出版英語版、2011年3月9日参照。
  8. ^ マリー・カウェナ・プクイ英語版サムエル・ホイト・エルバート英語版 、エステル・T・モッキーニ (2004)。"lookup of Kure ". ハワイの地名。、ウルカウ ハワイ電子図書館、ハワイ大学出版英語版、2011年3月9日参照。
  9. ^ U.S. Geological Survey Geographic Names Information System: Kure Atoll
  10. ^ Mark J. Rauzon (2001). Isles of Refuge: Wildlife and history of the northwestern Hawaiian Islands. University of Hawaii Press. ISBN 0-8028-5088-X. http://books.google.com/books?id=Liof5xfsCM8C. 
  11. ^ a b Jonathan B. Parshall; Anthony P. Tully (2005). Shattered Sword: The Untold Story of the Battle of Midway. Dulles, Virginia: Potomac Books. pp. 200, 204, 516, 553 note 45, note 56. ISBN 1-57488-923-0. 
  12. ^ ミッドウェイ海戦”. 2015年8月13日閲覧。
  13. ^ Papahānaumokuākea Marine National Monument Kure Atoll
  14. ^ Designation of the Papahānaumokuākea Marine National Monument as a Particularly Sensitive Sea Area”. International Maritime Organization (IMO). 2015年2月19日閲覧。
  15. ^ Shallanberger, Robert J. (February 2006). “History of Management in the Northwestern Hawaiian Islands”. Atoll Research Bulletin (National Museum of Natural History, Smithsonian Institution) (543): 26. http://www.sil.si.edu/digitalcollections/atollresearchbulletin/issues/00543.pdf 2015年2月19日閲覧。. 
  16. ^ a b The 2005 Cordell Expedition to Kure Atoll”. Cordell Expeditions. 2015年2月3日閲覧。
  17. ^ W5LE
  18. ^ K7K Expedition website

座標: 北緯28度25分0秒 西経178度20分0秒 / 北緯28.41667度 西経178.33333度 / 28.41667; -178.33333