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クリスチャン・バーナード

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Christiaan Neethling Barnard

クリスチャン・バーナード(Christiaan Neethling Barnard, 1922年11月8日 - 2001年9月2日)は、南アフリカ共和国心臓外科医師。世界初の心臓移植手術を成功させたことで知られる。

略歴

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ケープ州のビューフォート・ヴェス出身。ケープタウン大学医学部で医師資格を取得後、研究員として勤務。1956年アメリカ合衆国ミネソタ大学へ留学し、心臓外科の先駆者的存在だったクラレンス・ウォルトン・リレヘイ英語版の下で研鑽を積む(ほぼ同時期に日本初の心臓移植を実施した和田寿郎もリレヘイの下で指導を受けていた)。

1958年に帰国し、南アフリカで心臓外科の医療体制確立に奔走しながら、動物実験による心臓移植の実験を突き重ね、1967年12月3日ケープタウンのグルート・スキュール病院で心臓移植手術を行い成功する。これは交通事故によって脳死状態となった24歳の女性の心臓を55歳の男性ルイス・ワシュカンスキー(1912年4月12日 – 1967年12月21日)に移植したものだが、術後18日目に肺炎で死亡。1968年1月2日にはフィリップ・ブレイバーグ(1909年5月24日1969年8月17日)に対して2回目の心臓移植手術を実施し、術後19ヶ月間(593日)の生存に成功した。その後1983年に医師を引退するまで49例もの心臓移植手術を実施。引退後は心臓疾患を持つ子供たちに心臓手術などの機会を与える基金を設立した。

晩年のバーナードは高い知名度を活かして、ケープタウンのレストランや牛牧場など、複数の事業に参画しました。後には、カルー地方の大規模な羊牧場を野生動物保護区に転換するプロジェクトにも携わった。また、スイスのクリニーク・ラ・プレリー(Clinique La Prairie)で顧問として利益を上げ、その事業は成功した。ラ・プレリーの主な関心は、羊の胎児エキスを注入する若返り治療という、当時物議を醸していた抗老化医学分野でした。肌の老化防止を謳うクリーム「グリセル」(Glycel)の広告キャンペーンにも関与したことで[1]アンチエイジングに進出したバーナードのイメージは悪化した[2]

2001年9月2日に滞在先のキプロスのホテルで心不全により死去。78歳。

心臓移植ではドナーが黒人で移植を受けるのが白人だったことからアパルトヘイトを絡ませた批判が彼に対して起きたものの、彼自身はアパルトヘイトに否定的だった[要出典]。ケープタウンには、彼の名前を冠した総合病院「クリスチャン・バーナード記念病院」がある。

著書

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  • 「心臓にいい暮らし方 50のポイント」(講談社)ISBN:978-4-06-210940-6

脚注

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  1. About Glycel – Glycel – Reputable Skincare Products from Switzerland”. 2025年11月19日閲覧。
  2. Cooper, David K. C. (2001年9月3日). “Christiaan Barnard” (英語). The Guardian. ISSN 0261-3077 2025年11月25日閲覧。