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クラーク・エーベル

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Clarke Abel

クラーク・エーベル(Clarke Abel、1789年9月5日1826年11月24日)はイギリスの医師、博物学者である。イギリス外交団の医師として中国を訪れ、中国の植物を採集し、動物の情報をもたらした。

略歴

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1816年から17年に、中国との国交を結ぶ目的で派遣された初代アマースト伯爵ウィリアム・アマーストの外交団に、ジョゼフ・バンクスの推薦で、主任医師、博物学者として参加し、北京を訪れた。中国に滞在する間に植物標本や種子を集め、その中には、バンクスの部下のロバート・ブラウンによってエーベルの名前がつけられたスイカズラ科ツクバネウツギ属Abelia chinensis(和名、タイワンツクバネウツギ)がある。エーベルがイギリスに送ろうとした標本は、船の難破や海賊の襲撃によって失われたが、標本の一部は広東に滞在していアーマス伯爵の外交団の事務長、ジョージ・レオナード・スタントン(Sir George Staunton)に残した標本が後にエーベルに返された。 Abelia chinensisの苗はロバート・フォーチュンによって1844年にヨーロッパへ運ばれた[1]。1818年に旅行記『中国内部への旅と航海に関する談話』("Narrative of a Journey into the interior of China, and of a voyage to and from this country")を発表した。1819年に王立協会のフェローに選ばれ[2]王立地理学会の会員でもあった。アマースト伯爵がインドの総督になった時にも主任医師を務め、カーンプルで37歳で没した。

スマトラ島にオランウータンの生息することを初めて報じたヨーロッパ人でスマトラオランウータンの学名、Pongo abelii Lessonに献名されている.[3]

参考文献

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  1. Alice M. Coats, Garden Shrubs and Their Histories (1964) 1992, s.v. "Abelia".
  2. Library and Archive Catalogue”. Royal Society. 2010年12月5日閲覧。
  3. Behlens, Bo, Watkins, Michael. and Grayson, Michael Eponym Dictionary of Mammals, Johns Hopkins University Press, 2009 ISBN 978-0-801893-04-9. p. 1-2)
  • Diana Wells, 100 Flowers and How They Got their Names, (Chapel Hill: Algonquin), 1997.