ギヨーム・ド・ノガレ

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ギヨーム・ド・ノガレ(Guillaume de Nogaret、1260年 - 1313年4月11日)は、フランス王国カペー朝の国王フィリップ4世の政治顧問。法曹家。

オート=ガロンヌ県サン=フェリックス=ロラゲ出身。トゥールーズ大学の法学教授を経て、1295年に時のフランス王フィリップ4世の政治顧問となる。1302年には大法官へと昇進する。

フィリップ4世の信頼は厚く、その参謀として常に暗躍した。1303年9月、当時のローマ教皇ボニファティウス8世を憤死させたアナーニ事件1306年の勅令によるフランスからのユダヤ人追放、1307年テンプル騎士団の解散及びその財産の没収、1309年にローマ教皇をフランス南部のアビニョンに移転させる(アヴィニョン捕囚)などのフィリップ4世の政策に関与した。アナーニ事件の際には国王から土地と金銭を賜っている。

しかしアナーニ事件の翌年、ボニファティウスの後任ベネディクトゥス11世に事件の首謀者と見なされて破門されてしまう。ノガレは破門を解いてもらうように嘆願したが、1313年パリで没した。