ギヨーム・ソロ

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ギヨーム・ソロ
Guillaume Soro
Guillaume Soro janvier 2011.jpg
ギヨーム・ソロ(2011年1月)
生年月日 (1972-05-08) 1972年5月8日(46歳)
出生地 コートジボワールの旗 コートジボワール、フェルケセドゥグ
所属政党 コートジボワール愛国運動
配偶者 シルヴィ・タグロ

在任期間 2007年4月4日 - 2012年3月13日
2010年12月6日から2011年4月11日まではジルベール・アケとの二重政府
大統領 ローラン・バグボ
アラサン・ワタラ

コートジボワールの旗 コートジボワール共和国国防大臣
在任期間 2011年4月11日 - 2012年3月13日
大統領 アラサン・ワタラ
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ギヨーム・キバフォリ・ソロフランス語: Guillaume Kigbafori Soro, 1972年5月8日 - )はコートジボワールの政治家。2007年3月29日のワガドゥグ合意以降、2012年3月まで同国の首相を務めた。2011年より2012年まで国防大臣を兼任[1]

経歴[編集]

ムスリムの多いコートジボワール北部の出身だが、ソロ自身はカトリック信徒である。1995年から1998年までコートジボワール学生連盟英語版Fédération estudiantine et scolaire de Côte d'Ivoire)を指導していた[2]

1999年12月にクーデターに成功したロベール・ゲイ将軍を支持していたが、2000年の大統領選挙でアラサン・ワタラが排除された際にワタラの支持に回っている。

反政府運動であるコートジボワール新勢力の事務総長を務めており、また現在コートジボワール愛国運動英語版Mouvement patriotique de Côte d'Ivoire)の事務総長を務めている。ソロが指揮する勢力は2002年から2007年の間、コートジボワール国土の48%を実効支配していた。

2010年大統領選挙では、アラサン・ワタラ候補の当選を支持し、ローラン・バグボ政権の首相を辞任、後にワタラ政権の首相として再任された。2011年より国防大臣を兼任。2012年3月13日に首相を退任した。

出典[編集]

  1. ^ “平静を取り戻しつつあるコートジボワール、新政権が初閣議”. AFPBB News (フランス通信社). (2011年4月20日). http://www.afpbb.com/article/politics/2796346/7110404?utm_source=afpbb&utm_medium=topics&utm_campaign=txt_topics 2011年5月8日閲覧。 
  2. ^ 佐藤章「第2章 歴史の写し画としての和平プロセス」武内進一編『戦争と平和の間 紛争勃発後のアフリカと国際社会』アジア経済研究所、2008年11月5日所収 p117