ギュンター・ブローベル

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Günter Blobel
Gunter Blobel 2008 1.JPG
ギュンター・ブローベル(2008)
生誕 (1936-05-21) 1936年5月21日(81歳)
ドイツ国シレジア ニェゴスワヴィツェ
(現 ポーランドの旗 ポーランド
居住  
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
研究分野 生物学
研究機関 ロックフェラー大学
出身校 エバーハルト・カール大学テュービンゲン
ウィスコンシン大学マディソン校
指導教員 ジョージ・エミール・パラーデ
博士課程
指導学生
en:Peter Walter
主な受賞歴 ガードナー国際賞(1982)
ルイザ・グロス・ホロウィッツ賞(1987)
アルバート・ラスカー基礎医学研究賞(1993)
ノーベル生理学・医学賞(1999) 
プロジェクト:人物伝
ノーベル賞受賞者ノーベル賞
受賞年:1999年
受賞部門:ノーベル生理学・医学賞
受賞理由:タンパク質が細胞内での輸送と局在化を支配する信号を内在している事の発見

ギュンター・ブローベルGünter Blobel1936年5月21日 - )はアメリカ合衆国生物学者

経歴[編集]

ナチス・ドイツシレジアヴァルタースドルフ(現:ポーランドニェゴスワヴィツェ Niegosławice)に生まれる。1960年テュービンゲン大学を卒業、1967年ウィスコンシン大学からPh.D.を受け、翌年からはニューヨークロックフェラー大学で研究を進めた。また、1986年には、ハワード・ヒューズ医学研究所から研究資金を得ている。1987年には、アメリカの市民権を獲得した。

彼はタンパク質細胞内での輸送と局在化を支配する信号を内在している事の発見により、1999年ノーベル生理学・医学賞を受賞した。

また、彼は1994年ドイツドレスデン聖母教会の再建のため、非営利の「Friends of Dresden, Inc.」の創設者兼社長となり、ノーベル賞賞金の大半を寄付したことでも知られる。さらに、エルベ川の景観保全と、聖母教会周辺のノイマルクト再建にも努めた。イコモスに対する彼の働きかけが契機となって、UNESCO世界遺産委員会が新橋建設による景観悪化を問題とするようになり[1]、最終的にはドレスデン・エルベ渓谷が世界遺産のタイトルを失うことへと通じた。

彼は彼の妻および三匹のイギリスセッターと共にマンハッタンアッパーイーストサイドに住んでいる。

受賞歴[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Die Brücke der Schande(不名誉な橋)” (独語). Süddeutsche紙(2009年6月23日). 2015年8月9日閲覧。