キュラ

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Culhat
Blason ville fr Culhat (Puy-de-Dôme).svg
Culhat - Mairie -515.jpg
行政
フランスの旗 フランス
地域圏 (Région) オーヴェルニュ=ローヌ=アルプ地域圏
(département) ピュイ=ド=ドーム県Blason département fr Puy-de-Dôme.svg
(arrondissement) ティエール郡
小郡 (canton) ルズー小郡
INSEEコード 63131
郵便番号 63350
市長任期 ジャン=フィリップ・オセ
2014年-2020年
自治体間連合 (fr) fr:Communauté de communes entre Dore et Allier
人口動態
人口 1080人
2012年
人口密度 58人/km2
住民の呼称 Culhatois
地理
座標 北緯45度51分48秒 東経3度20分14秒 / 北緯45.8633333333度 東経3.33722222222度 / 45.8633333333; 3.33722222222座標: 北緯45度51分48秒 東経3度20分14秒 / 北緯45.8633333333度 東経3.33722222222度 / 45.8633333333; 3.33722222222
標高 平均:m
最低:289m
最高:373m
面積 18.74km2
Culhatの位置(フランス内)
Culhat
Culhat
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キュラCulhat)は、フランスオーヴェルニュ=ローヌ=アルプ地域圏ピュイ=ド=ドーム県コミューンクレルモン=フェラン人口密集地に属している。

歴史[編集]

1113年、モンガスコンとビュロンの領主たちは、メダーグ(Médagues)にあるそれぞれ自らの領地を売却した[1]ラ・シェーズ=デュー修道院に関係するベネディクト会派修道院を建てるためである。

テンプル騎士団の騎士、フランソワ・ド・ボールは、1278年にクレルモン司教ギィ・ド・ラ・トゥールの封土であることを追認し、司教座に金貨を支払った[2]

1293年、王家の廷吏ジャン・ド・トリーは、オーヴェルニュにあった14箇所のコマンドリーについて言及している。そのコマンドリーには、la Fulhosa(フランス語でLa Fouilhouze)というものも含まれていた。今はもうなくなっているマイルストーン石の一つは、隣接するコミューンのジョズとキュラの間にあり、テンプル騎士団の十字架が記されていた。1312年、これらは聖ヨハネ騎士団に委譲された[3]

教区教会の聖域は、聖ヨハネ騎士団の領主司令官の墓となっていた。1781年8月27日、モンフェラン及びキュラの司令官ジャック・ド・スデーユが亡くなり、クレヴァン・ラヴェーヌのかつての教会参事会に葬られた。

人口統計[編集]

1962年 1968年 1975年 1982年 1990年 1999年 2006年 2012年
755 737 708 718 849 875 1064 1080

source=1999年までLdh/EHESS/Cassini[4]、2004年以降INSEE[5][6]

史跡[編集]

  • 死者のランタン(fr) - 丸型で細身の石組みの建物。内部は通常からである。夕暮れになると、死者を導くために火がともされた。現在、歴史文化財指定されている[7]
  • ノートルダム教会 - 歴史文化財指定されている[8]。聖母の被昇天に捧げるため、11世紀に建てられた教区教会。ユグノーによって引き起こされた火災の深い傷跡を消すために、身廊を復元した際、18世紀の絵画『天使の挨拶』が聖歌隊席上のアーケードで発見された。

脚注[編集]

  1. ^ Fundatio prioratus de Médagues per dominum Petrum de Camaliera, qui factus est monachum Casa Dei, anno M CXIII. Cf. Dom Jacques Boyer, « Journal de voyage (1710-1714) », dans Bulletin Historique et Scientifique de l'Auvergne, p. 186.
  2. ^ Chanoine Pierre Audigier (1659-1744), Histoire d'Auvergne, Clermont-Ferrand, L. Bellet,‎ , 562 p..
  3. ^ cf. carte de la forteresse de Culhat, dans Pierre Mondanel, L'ancienne batellerie de l'Allier et de la Dore, Clermont-Ferrand, Mémoires ASBLA,‎ , p. 174-175.
  4. ^ http://cassini.ehess.fr/cassini/fr/html/fiche.php?select_resultat=11334
  5. ^ http://www.statistiques-locales.insee.fr
  6. ^ http://www.insee.fr
  7. ^ http://www.culture.gouv.fr/public/mistral/merimee_fr?ACTION=CHERCHER&FIELD_1=REF&VALUE_1=PA00092108
  8. ^ http://www.culture.gouv.fr/public/mistral/merimee_fr?ACTION=CHERCHER&FIELD_1=REF&VALUE_1=PA00092107