キャロライン・ウォズニアッキ

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キャロライン・ウォズニアッキ
Caroline Wozniacki - Indian Wells 2013 - 001.jpg
キャロライン・ウォズニアッキ
基本情報
ラテン文字名 Caroline Wozniacki
国籍 デンマークの旗 デンマーク
出身地 同・オーデンセ
生年月日 1990年7月11日(23歳)
身長 177cm
体重 58kg
利き手
バックハンド 両手打ち
ツアー経歴
デビュー年 2005年
ツアー通算 23勝
シングルス 21勝
ダブルス 2勝
4大大会最高成績・シングルス
全豪 ベスト4(2011)
全仏 ベスト8(2010)
全英 4回戦(2009・10・11)
全米 準優勝(2009)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 2回戦(2008)
全仏 2回戦(2010)
全英 2回戦(2009・10)
全米 3回戦(2009)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 1位(2010年10月11日)
ダブルス 52位(2009年9月14日)
2013年10月23日現在

キャロライン・ウォズニアッキCaroline Wozniacki, 1990年7月11日 - )は、デンマークオーデンセ出身の女子プロテニス選手。2009年全米オープン女子シングルス準優勝者であり、デンマーク人として初めて世界ランキング1位になった選手である。これまでにWTAツアーでシングルス21勝、ダブルス2勝を挙げている。身長177cm、体重58kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。(メディアによっては、デンマーク語読みにより近い「カロリーネ・ボズニアツキ」と表記しているものもある[1]。)

来歴[編集]

ウォズニアッキの家族は、父親はデンマークとポーランドのリーグでプレーした元プロサッカー選手でポーランド生まれのピョトル・ウォズニアッキ、母親はバレーボールのポーランド代表選手アンナ・ウォズニアッキであり、夫妻はピョトルがデンマークのプロサッカークラブと契約した際にポーランドを離れデンマークに移住している。これは1980年代のことであり当時のポーランドはまだ共産主義体制を採っていた。キャロラインの兄もデンマークのプロサッカー選手である。

キャロラインは父親の手ほどきで7歳からテニスを始め、2005年4月から女子テニス国別対抗戦・フェドカップのデンマーク代表選手に選ばれ、同年7月に15歳でプロテニス選手になった。2005年の「オレンジボウル選手権」(ジュニアテニス選手の登龍門と言われる大会)で優勝した後、2006年前半に全豪オープンジュニア女子シングルス準優勝・全仏オープンジュニア女子ダブルス準優勝・ウィンブルドンジュニア女子シングルス優勝を記録した。ジュニア選手のトーナメントに出ていた頃、ウォズニアッキは日本世界スーパージュニアテニス選手権大会に3年連続で出場し、同選手権の女子シングルスで2004年2006年の2度優勝した。

2007年、ウォズニアッキは全仏オープン4大大会本戦にデビューした。10月のジャパン・オープンで、彼女は女子シングルス準決勝まで勝ち進み、第1シードのビーナス・ウィリアムズに 3-6, 5-7 で敗れた。2008年全豪オープンでは世界ランキング64位のノーシードから勝ち上がり、初めての本戦4回戦に進出した。2回戦で第21シードのアリョーナ・ボンダレンコウクライナ)を破って波に乗るが、4回戦で第4シードのアナ・イバノビッチセルビア)に 1-6, 6-7 で敗退した。全仏オープンでは「第30シード」に選出され、3回戦でイバノビッチに 4-6, 1-6 で敗れた。同年8月のスウェーデンストックホルム大会と「パイロットペン・テニス選手権」でシングルス2勝を獲得。それから、2度目の出場となったジャパン・オープンでも初優勝を飾り、シングルス3勝目を挙げた。こうして、ウォズニアッキはデンマーク人女性として初めてWTAツアーのシングルス・タイトルを獲得した選手になった。

2009年全米オープンで初の4大大会決勝に進出

ウォズニアッキは2009年5月18日付で世界ランキング10位に入り、デンマークのテニス史上初めて、世界トップ10入りを果たした。同年の全米オープン女子シングルスで、彼女は第9シードから初の4大大会決勝戦に進出した。決勝ではキム・クライシュテルスベルギー)に 5-7, 3-6 で敗れ、初優勝を逃した。デンマーク人のテニス選手による4大大会決勝進出は、1953年1955年の2度ウィンブルドン選手権で準優勝したクルト・ニールセン以来の偉業である。

2010年10月デンマーク人として史上初の世界ランキング1位になる

2010年の全米オープンでは、世界ランク1位のセリーナ・ウィリアムズが欠場したため初の4大大会第1シードとなったが、準決勝でベラ・ズボナレワロシア)に 4-6, 3-6 で敗れた。10月の東レ パン・パシフィック・オープン・テニストーナメントでは決勝でエレーナ・デメンチェワロシア)に 1-6, 6-2, 6-3, で逆転勝ちし、大会初優勝を挙げる。翌週の中国オープンでは決勝ででベラ・ズボナレワロシア)に 6–3, 3–6, 6–3 で勝利し、大会後のランキングでデンマーク人としては男女を通じて初めての1位になった。最終戦のWTAツアー選手権でも初めての決勝に進出したが、キム・クライシュテルスに 3-6, 7-5, 3-6 で敗れた。

2011年の全豪オープンでは、準決勝で李娜中国)に 6-3, 5-7, 3-6 の逆転で敗れた。2月にクライシュテルスに世界ランキング1位を明け渡したが、ドバイ大会の優勝により再び1位に返り咲いた。4大大会では全仏オープンで3回戦、ウィンブルドンでは4回戦で敗退した。最後の全米オープンでは3年連続でベスト4に進出したが、復活したセリーナ・ウィリアムズに 2-6, 4-6 で完敗し4大大会の決勝には一つも残れなかった。最終戦のWTAツアー選手権ではラウンドロビンで敗退したが、2年連続で最終ランキング1位を守った。

2012年全豪オープンでは準々決勝でキム・クライシュテルスに 3-6, 6-7(4) で敗れ世界ランキング1位から陥落した。ウィンブルドン全米オープンでは1回戦で敗退した。

ウォズニアッキはオリンピックデンマーク代表として、2008年北京五輪2012年ロンドン五輪の2大会に出場している。

私生活[編集]

2011年の7月からプロゴルファーローリー・マキロイと交際している[2]。2014年1月1日、婚約を発表した[3]

WTAツアー決勝進出結果[編集]

シングルス: 34回 (21勝13敗)[編集]

結果 No. 決勝日 大会 サーフェス 対戦相手 スコア
優勝 1. 2008年8月8日 スウェーデンの旗 ストックホルム ハード ロシアの旗 ベラ・ドゥシェビナ 6–0, 6–2
優勝 2. 2008年8月23日 アメリカ合衆国の旗 ニューヘイブン ハード ロシアの旗 アンナ・チャクベタゼ 3–6, 6–4, 6–1
優勝 3. 2008年10月5日 日本の旗 東京 ハード エストニアの旗 カイア・カネピ 6–2, 3–6, 6–1
準優勝 1. 2008年10月26日 ルクセンブルクの旗 ルクセンブルク ハード (室内) ロシアの旗 エレーナ・デメンチェワ 6–2, 4–6, 6–7(4)
準優勝 2. 2009年2月21日 アメリカ合衆国の旗 メンフィス ハード (室内) ベラルーシの旗 ビクトリア・アザレンカ 1–6, 3–6
優勝 4. 2009年4月12日 アメリカ合衆国の旗 ポンテベドラビーチ クレー カナダの旗 アレクサンドラ・ウォズニアク 6–1, 6–2
準優勝 3. 2009年4月19日 アメリカ合衆国の旗 チャールストン クレー ドイツの旗 ザビーネ・リシキ 2–6, 4–6
準優勝 4. 2009年5月17日 スペインの旗 マドリード クレー ロシアの旗 ディナラ・サフィナ 2–6, 4–6
優勝 5. 2009年6月20日 イギリスの旗 イーストボーン フランスの旗 ビルジニ・ラザノ 7–6(5), 7–5
準優勝 5. 2009年7月11日 スウェーデンの旗 ボースタード クレー スペインの旗 マリア・ホセ・マルティネス・サンチェス 5–7, 4–6
優勝 6. 2009年8月29日 アメリカ合衆国の旗 ニューヘイブン ハード ロシアの旗 エレーナ・ベスニナ 6–2, 6–4
準優勝 6. 2009年9月13日 アメリカ合衆国の旗 全米オープン ハード ベルギーの旗 キム・クライシュテルス 5–7, 3–6
準優勝 7. 2010年3月21日 アメリカ合衆国の旗 インディアンウェルズ ハード セルビアの旗 エレナ・ヤンコビッチ 2–6, 4–6
優勝 7. 2010年4月11日 アメリカ合衆国の旗 ポンテベドラビーチ クレー ベラルーシの旗 オリガ・ゴボルツォワ 6–2, 7–5
優勝 8. 2010年8月8日 デンマークの旗 コペンハーゲン ハード (室内) チェコの旗 クララ・ザコパロバ 6–2, 7–6(5)
優勝 9. 2010年8月23日 カナダの旗 モントリオール ハード ロシアの旗 ベラ・ズボナレワ 6–3, 6–2
優勝 10. 2010年8月28日 アメリカ合衆国の旗 ニューヘイブン ハード ロシアの旗 ナディア・ペトロワ 6–3, 3–6, 6–3
優勝 11. 2010年10月2日 日本の旗 東京 ハード ロシアの旗 エレーナ・デメンチェワ 1–6, 6–2, 6–3
優勝 12. 2010年10月10日 中華人民共和国の旗 北京 ハード ロシアの旗 ベラ・ズボナレワ 6–3, 3–6, 6–3
準優勝 8. 2010年10月31日 カタールの旗 ドーハ ハード ベルギーの旗 キム・クライシュテルス 3-6, 7-5, 3-6
優勝 13. 2011年2月20日 アラブ首長国連邦の旗 ドバイ ハード ロシアの旗 スベトラーナ・クズネツォワ 6–1, 6–3
準優勝 9. 2011年2月26日 カタールの旗 ドーハ ハード ロシアの旗 ベラ・ズボナレワ 4–6, 4–6
優勝 14. 2011年3月20日 アメリカ合衆国の旗 インディアンウェルズ ハード フランスの旗 マリオン・バルトリ 6–1, 2–6, 6–3
優勝 15. 2011年4月10日 アメリカ合衆国の旗 チャールストン クレー ロシアの旗 エレーナ・ベスニナ 6–2, 6–3
準優勝 10. 2011年4月24日 ドイツの旗 シュトゥットガルト クレー ドイツの旗 ユリア・ゲルゲス 6–7(3), 3–6
優勝 16. 2011年5月21日 ベルギーの旗 ブリュッセル クレー 中華人民共和国の旗 彭帥 2–6, 6–3, 6–3
優勝 17. 2011年6月12日 デンマークの旗 コペンハーゲン ハード (室内) チェコの旗 ルーシー・サファロバ 6–1, 6–4
優勝 18. 2011年8月27日 アメリカ合衆国の旗 ニューヘイブン ハード チェコの旗 ペトラ・チェトコフスカ 6–4, 6–1
準優勝 11. 2012年4月15日 デンマークの旗 コペンハーゲン ハード (室内) ドイツの旗 アンゲリク・ケルバー 4–6, 4–6
優勝 19. 2012年9月23日 韓国の旗 ソウル ハード エストニアの旗 カイア・カネピ 6–1, 6–0
優勝 20. 2012年10月21日 ロシアの旗 モスクワ ハード (室内) オーストラリアの旗 サマンサ・ストーサー 6–2, 4–6, 7–5
準優勝 12. 2012年11月4日 ブルガリアの旗 ソフィア ハード (室内) ロシアの旗 ナディア・ペトロワ 2–6, 1–6
準優勝 13. 2013年3月17日 アメリカ合衆国の旗 インディアンウェルズ ハード ロシアの旗 マリア・シャラポワ 2–6, 2–6
優勝 21. 2013年10月20日 ルクセンブルクの旗 ルクセンブルク ハード (室内) ドイツの旗 アニカ・ベック 6–2, 6–2

ダブルス: 3回 (2勝1敗)[編集]

結果 No. 決勝日 大会 サーフェス パートナー 対戦相手 スコア
準優勝 1. 2006年2月26日 アメリカ合衆国の旗 メンフィス ハード
(室内)
ベラルーシの旗 ビクトリア・アザレンカ アメリカ合衆国の旗 リサ・レイモンド
オーストラリアの旗 サマンサ・ストーサー
6–7(2), 3–6
優勝 1. 2008年9月28日 中華人民共和国の旗 北京 ハード スペインの旗 アナベル・メディナ・ガリゲス 中華人民共和国の旗 韓馨蘊
中華人民共和国の旗 徐一璠
6–1, 6–3
優勝 2. 2009年2月21日 アメリカ合衆国の旗 メンフィス ハード
(室内)
ベラルーシの旗 ビクトリア・アザレンカ ウクライナの旗 ユリアナ・フェダク
オランダの旗 ミハエラ・クライチェク
6–1, 7–6(2)

4大大会シングルス成績[編集]

略語の説明
W  F  SF QF #R RR Q# LQ A WG Z# PO SF-B S G NMS NH

W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加
WG=デビスカップワールドグループ, Z#=デビスカップ地域ゾーン, PO=デビスカッププレーオフ, SF-B=オリンピック銅メダル, S=オリンピック銀メダル, G=オリンピック金メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, NH=開催なし.

大会 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 通算成績
全豪オープン A A 4R 3R 4R SF QF 4R 20–6
全仏オープン A 1R 3R 3R QF 3R 3R 2R 13–7
ウィンブルドン LQ 2R 3R 4R 4R 4R 1R 2R 13–7
全米オープン A 2R 4R F SF SF 1R 3R 22–7

脚注[編集]

  1. ^ 本来のポーランド語の読み方をカタカナに起こすと「ヴォズニアツキ」ないし「ヴォズニャツキ」で、語源は「(教会での)先導人」ないし「御者」。ポーランド語では女性の場合は姓は-aで終わり、本来は「ヴォズニアツカ」となるが、デンマーク語ではこのような規則がないため、男性の姓である「ヴォズニアツキ」となっている。
  2. ^ “【イタすぎるセレブ達】スポーツ界の大物カップル誕生か? キャロライン・ウォズニアッキとローリー・マキロイのディナーデートが目撃される!”. TechinsightJapan. (2011年7月22日). http://japan.techinsight.jp/2011/07/kay1107192132.html 
  3. ^ “ゴルフ=マキロイとウォズニアッキ、ツイッターで婚約発表”. ロイター. (2014年1月1日). http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTYEA0000U20140101 

外部リンク[編集]