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ガメラ対大魔獣ジャイガー

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ガメラシリーズ > ガメラ対大魔獣ジャイガー
ガメラ対大魔獣ジャイガー
Gammera vs. Jiger
監督 湯浅憲明
脚本 高橋二三
製作 永田秀雅(英語版)
出演者
音楽 菊池俊輔
主題歌 大映児童合唱団
「ガメラマーチ」
撮影
編集 宮崎善行
製作会社 大映東京撮影所
公開 日本の旗 1970年3月21日
上映時間 83分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
前作 ガメラ対大悪獣ギロン
次作 ガメラ対深海怪獣ジグラ
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『ガメラ対大魔獣ジャイガー』(ガメラたいだいまじゅうジャイガー、英題:Gammera vs. Jiger[1])は、1970年(昭和45年)3月21日に公開された日本の特撮映画作品[2]。ガメラシリーズの第6作目[3][4]。製作は大映[3](大映東京撮影所[1])、配給は大映[3]。カラー、大映スコープ[5](ワイド[1])。上映時間は83分[2]。同時上映は『透明剣士』[5]。

ストーリー

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建設中だった日本万国博覧会の会場がロケに使われた。

大阪港で「北山船舶修理工場」を営む北山良作には、弘という小学生の息子がいた。北山は、間もなく千里丘で開催される「大阪万博」会場で使用される遊戯用の潜水艇の製作を依頼されていた。この関係で、弘は万博の広報部員・沢田圭介に連れられて建設途中の万博会場の見学をする。万博開催のテーマは「人類の進歩と調和」であり、圭介も自らの考古学の知識を存分に役立てようとしていた。

会場には「ムー大陸の一部だった」と言われる南太平洋・赤道直下の島である「ウエスター島」から、「悪魔の笛」と呼ばれる巨大な彫刻石像が陳列のために運ばれる予定であった[1][3]。しかし、文化使節であるギボーが島に伝わる伝承を理由に発掘に対する猛抗議を行った。圭介は自らの考古学の知識と万博のテーマを交えた講演を行って説得を図るが、ギボーは「ジャイガー」という言葉を何度も吐いて、結局は納得しなかった。

一方、ウエスター島では既に政府からの許可を得ていた発掘隊がウィリアム博士主導の下、悪魔の笛を貨物船「南海丸」へ運搬するために最後の大詰めを迎えていた。そこへ突然ガメラが飛来し、なぜか発掘・運搬を行おうとするヘリコプターを妨害し始める。ウィリアム博士は毅然と指示を出し、ガメラへの攻撃も検討する。博士は息子と娘であるトミーとスーザンから反対されても断固としてガメラへの攻撃をやめようとしない。やがて悪魔の笛が完全に発掘されるとガメラは本格的に妨害を強行し、同時にウィリアム博士らも攻撃を行い、ガメラを相手に一触即発の緊張状態となる。

その時、島の火山が噴火活動を始めるとガメラは炎のエネルギーを求めて火山へと飛び去っていく。南海丸に運搬される悪魔の笛からは突如として汽笛のような謎の怪音が響き始めるも、発掘自体は成功を収め、日本への帰路につく。南海丸より先に大阪へと戻ってきたトミーとスーザンは友人である弘にウエスター島の土産話と現れたガメラの妨害について話をするが、弘は「ガメラの妨害には何か理由がある」と考えており、先日訪れたギボーの口にしていた「ジャイガー」という言葉に、言い知れぬ不安を強く感じる。

その不吉な予感は現実のものとなる。ウエスター島で、悪魔の笛が発掘された地面の下で永い眠りについていた「大魔獣ジャイガー」が目覚めたのだ[1][6][3]。悪魔の笛を追おうとするジャイガーは火山から戻ってきたガメラと戦闘になり、互角の勝負を繰り広げるも、やがて鼻の横の角から発射する固形唾液ミサイルでガメラの四肢を釘付けにして自由を奪い、えらの水上ジェット噴射によって海面を滑走し、日本へと向かう[1][3]。

ジャイガーが上陸した大阪港。
『大怪獣決闘 ガメラ対バルゴン』に続き、本作でもジャイガーによって通天閣が破壊される。

大阪港では、到着した南海丸から悪魔の笛の荷揚げが行われようとするも、船員たちのほとんどが悪魔の笛に触れてから謎の奇病に侵されており、作業が進まない。圭介からの依頼で訪れた港湾の労務者たちの手によって何とか荷揚げは完了するものの、その1人が悪魔の笛から怪音が響きだすと共に苦しみ始めてしまう。

その少し前、八丈島南方の海域を航行中だった1隻の貨物船[注釈 1]が時速300キロという猛スピードで海面を滑走するジャイガーを目撃、回避も空しく破壊されてしまう。さらに悪魔の笛の荷揚げが終わった直後、大阪港に現れたジャイガーは南海丸までも真っ二つに破壊し、大阪への上陸を果たすと大阪市街地を次々と破壊していく[1][3]。迎撃する陸空の防衛部隊も固形唾液ミサイルや角から発するマグネチューム光線によって全滅させられてしまう。

そのころ、ウエスター島でひっくり返されたまま身動きができなかったガメラは、尻尾を使って四肢に射ち込まれた固形唾液ミサイルを引き抜くと飛行形態となり、ジャイガーを追って日本へと向かう。大阪の町をマグネチューム光線で次々と焼き尽くし、通天閣までも破壊してしまうジャイガーの元へと飛来し、大阪城公園で二度目の挑戦を試みるが、一瞬の隙を突かれて卵を産み付けられて大阪港で仮死状態となってしまう[1][3]。

対策本部ではジャイガーに対する有効策が立てられずに頭を痛めているが、訪れた弘とトミーが「悪魔の笛」の石像にジャイガーを倒す鍵があると進言。しかし、万博会場へと迫ってきたジャイガーは、運ばれていた石像を大阪湾へと投げ飛ばしてしまう。そこで最後の手段としてガメラを蘇らせる計画が練られる一方で、海洋研究所所長・松井博士の証言によりガメラの体内にジャイガーの幼虫がいると推測される[6]。

弘とトミーは独自に持ち出したトランシーバーで連絡を行いつつ、良作が万博会場の遊戯用に試作した小型潜水艇を無断で借用し、ガメラの口から体内へと進入[6][3]。肺に巣食っていたジャイガーの幼生を発見する。壊れたトランシーバーの雑音によって幼生が絶命したことからジャイガーの弱点が判明し[3]、悪魔の笛が発する低周波音によってジャイガーが封印されていたり、船員たちの奇病も同じく低周波が原因だったと判明した。

大型スピーカーによる対ジャイガー用の低周波音作戦が開始され、また同時にガメラを復活させるために高圧電流が送電された。しかし、出力過多によって回路が焼き切れたために、スピーカーの電力もストップしてしまうが、ガメラが復活してジャイガーに対峙するために万博会場に飛来。万博会場を舞台に、二大怪獣による三度目の、最後の決戦が繰り広げられる[1][3]。

解説

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ガメラとジャイガーの第2回戦場となった大阪城。かつてバルゴンもこの地でガメラと戦った。

前作での舞台であった宇宙から一転して、「日本万国博覧会」をテーマにした作品である[3][4]。当時、各少年誌ではカラーグラビアで「謎の古代遺跡」を題材にしたものが流行っており、本作品はこれを企画に採り入れ、万博を舞台にしたのは後付けだった。そのため、万博会場でのロケが行われたものの、湯浅憲明によると東宝のようにパビリオン面で協力しているわけでもなく、大映にそこまでの営業力もなかったため、タイアップではなかったという。

高橋二三によると、本作品では新しい物語要素としてオカルトをテーマに採り入れており[4]、「悪魔の笛」が引き起こす「呪い」を強調した内容となっている。高橋はこの趣向を、のち(1973年以降)のオカルトブームに先駆けるものだったと述懐している。大映京都撮影所作品『透明剣士』(黒田義之監督)と併せた「特撮二本立て」興行だった。脚本題名は『ガメラ対大魔獣X』[7]。

弘たちの家は大阪市の港区あたりにあると思われるが、卵を産み付けられたガメラがやってくるシーンでは、なぜかすぐそばに、あるはずのない山がある。弘とトミーが家から大阪城、万博会場へと自転車で短時間で急行したり、またジャイガーが万博会場から片手で投げた悪魔の笛が途中で落ちもせずに数10キロ離れた大阪湾まで届くなど、距離感の現実離れした描写がある[独自研究?]。

弘少年がかぶっているのはロッテオリオンズ(現千葉ロッテマリーンズ)の野球帽である。同球団の前身は「毎日大映オリオンズ」でオーナーは永田雅一であり、本作の公開時にはロッテに改称されていたが、オーナーは依然として永田であった。

本作品では半切り・立て看用ポスターにてガメラとジャイガーの死闘を強調し、関連図書で「吸血戦法」や「空中回転投げ」など、ガメラとジャイガーの「必殺戦法」の図解が掲載された。

登場怪獣

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ガメラ

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前作『ガメラ対大悪獣ギロン』(1969年)で新造されたぬいぐるみを流用し、エキスプロダクションによって頭のみ新規に作り直された[4]。この新造形の頭は頭頂が平たく、鼻先が丸く目の離れているのが特徴。表情が前作までのものよりも優しい印象となっているが、エキスプロによると特に意識したものではなく、通常通り造ったものだという[8]。

ガメラはジャイガーの放つ「マグネチューム光線」を避けるため、電柱を引き抜いて外耳道[注釈 2]に挿し込んで耳栓をしたり、手足に刺さったジャイガーの唾液固形ミサイルを抜くために、ゾウの鼻のように尻尾で岩石を掴んだり、工場の煙突を唾液固形ミサイルに対する盾として使うといった芸当も見せる。

また、本作品ではガメラの「X線透視写真」が登場する。劇中で学者によって「アオウミガメ[注釈 3]の骨格に似ている」という説明があるものの、画面に映るレントゲン写真はリクガメのものだった。ジャイガーに卵を生みつけられ、頭と腕が透明になったガメラは、頭と腕を透明のポリ樹脂にすげ替え、発光ギミックで光らせて表現した。

本作品では初めてガメラの体内が描写された[3]。主人公2人が入る体内のセットは、ビニール袋などを用いている[3]。

鉄骨攻め
ウェスター島での初戦で、ガメラがジャイガーの固形唾液ミサイル戦法に対抗するために披露した。工事現場の鉄骨で敵の攻撃を防ぐ。
サターン殺し
ジャイガーの眉間に「悪魔の笛」を打ちこんでとどめを刺すガメラの必殺技。

大魔獣 ジャイガー

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本作の敵であり、ウェスター島に封印されていた強大な古代怪獣。

親としての個体と、ガメラの体内で卵から孵化した子ジャイガーが登場した。

キャスト

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大阪を舞台にした作品であるが、大阪弁を話す俳優は大村崑とその娘役の八代順子、港湾労働者の蛍雪太郎に限定されている。沢田圭介役の「炎三四郎」は、のちの速水亮。当時、研修を終えたばかりだったが『ああ陸軍戦闘隊』(村山三男監督)で役をもらい、度胸の良さを認められて本作品で主演デビューとなった。「炎三四郎」の命名は大映専務の永田秀雅(英語版)による。

ヘリコプターパイロット役の高田宗彦は日本人であるが白人役を演じている。白人俳優のケリー・バリス、キャサリン・マーフィ、マーリズ・ヘリーは調布市のアメリカンスクールの生徒から選ばれた素人だった。

スタッフ

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スタッフ(ノンクレジット)

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主題歌

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制作

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本作品の制作時、すでに大映本社の経営は末期状態で倒産の気配は濃厚だったが[4]、湯浅憲明はそれでもアイディアを凝らし、ミニチュア特撮にこだわる演出姿勢を貫いている[3]。湯浅は本作品から社員監督としてでなく、1本ごとの「契約監督」扱いで関わっている。社員監督だと残業の際に保証される「夜間手当」は契約監督にはつかないため、湯浅は撮影所で「夜間」と「ヤカン」を引っかけた社員たちから、「あいつは悔しくてヤカンを蹴飛ばしてるらしいぞ」などと悪評を立てられたという。

ガメラの体内での撮影では、準備中に照明スタッフが脳溢血で倒れてしまった。体内セットが軟らかい素材だったため、クッションになってそのときは無事だったが、映画完成後に亡くなったという。その照明スタッフが倒れた際に最後に発した言葉が「ゆ・・」だったため、スタッフ内では「ゆあさ(湯浅)に殺されると言いたかったのでは?」と笑い話になったという。湯浅は「倒産寸前のストレスからくるストレス死だ」と語っている。当時、大映本社の経営状況悪化と労使抗争から「スタッフ全員、ストレスが山のようだった」という。

特撮

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万博会場がクライマックスの舞台であるが、パビリオンを壊すわけにもいかず、代わりに大阪市街地の特撮セットが組まれ、シリーズでは『大怪獣空中戦 ガメラ対ギャオス』(1967年)以来、久しぶりに見応えのある大規模な都市破壊の特撮シーンが描かれている[4]。昭和シリーズで都市破壊が見られるのは、本作品が最後である。それでも製作費はギリギリの状態だったため、湯浅によると、最終的に永田雅一に直談判して、特撮セット一杯分の約3,000万円の追加予算を得た[10][4]。ガメラがジャイガーに寄生産卵されて到達する大阪港の発電所付近のセットは、この予算で作られた[4]。

ジャイガーの子供がガメラに寄生するシーンは、湯浅によると「予算は無いし、やることは大体前のガメラでやりつくしちゃったので、どうしようかと思って考えた」アイディアだったという。寄生卵の描写で、ゾウの鼻を切開して寄生虫の塊を取り出す記録フィルムが劇中に挿入されるが、これは多摩動物公園に協力してもらい、ゾウにメイクし、ブタの回虫を使って撮影したもの。「気味が悪い」と評判だったというが、湯浅も「撮ってる僕も気味悪かった」と笑っている。そのまま映すのははばかられたため、フィルターをかけてモノクロームに処理している。

ソノシート

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宣伝興行

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  • 『ガメラ対宇宙怪獣バイラス』以来の慣行として、本作品公開前に『週刊ぼくらマガジン』誌でジャイガーのデザイン画が「怪獣X」と称されて公開され、名称が公募された。賞品は「特賞:1人に奨学金10万円」、「佳作A:50人にガメラのプラモデル」、「佳作B:100人に『大怪獣X対ガメラ』の劇場招待券」というものだった。
  • 本作品の制作は日本万国博覧会とタイアップ関係には無かったが、開催後の万博会場ではガメラシリーズのキャラクターと東宝のゴジラシリーズのキャラクターによる「怪獣ショー」のアトラクションが行われ、「ゴジラ対ガメラ」「ゴジラ対ゴロザウルス」の一幕もあったという。ショーは博覧会場内の「お祭り広場」で開かれ、大村崑が司会を務めた。ガメラやゴジラは藤田まことの劇団の若手が当初演じていたが、「素人ばかりで立ち回りがうまくいかないから」と、当時ゴジラを演じていた中島春雄が呼ばれ、10日ほど出張してゴジラ役を演じることになった。ショーは舞台の左右からガメラとゴジラが出てきて中央で組み合うというもので、1日3回公演の予定だったが、結局夜1回の公演になったという[11][12]。

漫画化

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映像ソフト化

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  • レーザーディスク
    1986年発売。
  • ビデオ
    1991年発売[要出典]。品番 HTH-1006[3]。
  • DVD
    2001年11月28日発売の「ガメラTHE BOX(1969-1980)」に収録されており、単品版も徳間ジャパンコミュニケーションズから同時発売[13][3]。トールケース版は2007年10月26日発売。2006年8月31日発売の「ガメラ 生誕40周年記念Z計画 DVD-BOX」に収録されている。
  • Blu-ray
    2009年7月24日発売の「昭和ガメラ ブルーレイBOX II」に収録されており、単品版も同時発売。

関連作品

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脚注

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注釈

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  1. ↑ 『大怪獣決闘 ガメラ対バルゴン』で使われた「あわじ丸」のミニチュアを流用している。
  2. ↑ 本来、カメを含む爬虫類には存在しない。
  3. ↑ アオウミガメは、第1作『大怪獣ガメラ』での設定上のモチーフ。
  4. ↑ 資料によっては、井上章と記述している[1]。
  5. ↑ 資料によっては、役職を「特殊撮影」と記述している[1]。

出典

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  1. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 大特撮 1985, p. 347, 「戦後日本特撮映画作品リスト」
  2. 1 2 3 4 5
  3. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18
  4. 1 2 3 4 5 6 7 8 特撮全史 1970年代 2016, p. 108, 「1970'S Movies ガメラ対大魔獣ジャイガー」
  5. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 特撮全史 1970年代 2016, p. 159, 「そのほか、制作会社の1970's」
  6. 1 2 3 最強怪獣ヒーロー超図鑑 1994, p. 43, 「ガメラ」
  7. ↑ “ガメラ対大魔獣X台本”. まんだらけオークション. 2023年1月27日閲覧。
  8. ↑ OMEGA遊撃隊「深いぞ! ガメラ 『宇宙怪獣ガメラ』に見るガメラ造型論」『強いぞ! ガメラ』徳間書店、204頁。ISBN 4-19-860257-3。
  9. ↑ 本編中の対策本部会議にて席札に"警備長/日下部薫"と見える、周囲からもキャップと呼称されている
  10. ↑ 湯浅憲明(監修)『大怪獣ガメラ 秘蔵写真集』徳間書店、2001年、[要ページ番号]頁。ISBN 4198614199。
  11. ↑ 中島春雄『怪獣人生 元祖ゴジラ俳優・中島春雄』洋泉社、2010年、173-176頁。ISBN 978-4-86248-589-2。
  12. ↑ Meso (2025年10月9日). “Godzilla and Gamera: Their Official Crossovers”. Meso's Kaiju Archive. 2015年10月10日閲覧。
  13. ↑ 「綴込特別付録 宇宙船 YEAR BOOK 2002」『宇宙船』Vol.100(2002年5月号)、朝日ソノラマ、2002年5月1日、170頁、雑誌コード:01843-05。
  14. ↑ “ボクは五才”. 映画.com. 2025年12月3日閲覧。

参考文献

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外部リンク

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