ガイウス・クラウディウス・ケント

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ガイウス・クラウディウス・ケント
Gaius Claudius Centho
(C. Claudius Ap. f. C. n. Centho)
出生 不明
死没 不明
出身階級 パトリキ
氏族 クラウディウス氏族
官職 執政官(紀元前240年)
ケンソル(紀元前225年)
インテルレクス(紀元前216年)
独裁官(紀元前213年)
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ガイウス・クラウディウス・ケントラテン語: Gaius Claudius Centho、生没年不詳)は、紀元前3世紀共和政ローマの政治家、軍人。

経歴[編集]

著名なアッピウス・クラウディウス・カエクスアッピア街道の建設者)の第三子とする説もあるが[1]、恐らくカエクスの孫であるアッピウス・クラウディウス・カウデクスの息子である。紀元前240年コンスル紀元前225年ケンソル第二次ポエニ戦争中の紀元前213年独裁官を歴任した。

脚注[編集]

  1. ^ Friedrich Münzer: Claudius 104). In: Pauly's Recyclopedia of Classical Antiquity (RE). Volume III, 2, Stuttgart 1899, Sp. 2694.

関連項目[編集]


公職
先代:
アウルス・マンリウス・トルクァトゥス・アッティクス
クィントゥス・ルタティウス・ケルコ
ローマ執政官(コンスル)
紀元前240年
同僚
マルクス・センプロニウス・トゥディタヌス
次代:
ガイウス・マミリウス・トゥッリヌス
クィントゥス・ウァレリウス・ファルト