カール・スプーナー

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カール・スプーナー
Karl Spooner
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 アメリカ合衆国の旗 ニューヨーク州オリスカニーフォールズ
生年月日 1931年6月23日
没年月日 (1984-04-10) 1984年4月10日(52歳没)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
185 lb =約83.9 kg
選手情報
投球・打席 左投右打
ポジション 投手
プロ入り 1951年
初出場 1954年9月22日
最終出場 1955年9月17日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

カール・スプーナー(Karl Benjamin Spooner, 1931年6月23日 - 1984年4月10日)は、アメリカ合衆国ニューヨーク州オリスカニーフォールズ出身の野球選手。投手、左投右打。

経歴[編集]

1951年シーズン前にブルックリン・ドジャースと契約し、1954年9月22日のジャイアンツ戦でメジャーデビューを果たし、15奪三振を記録し完封勝利。クリフ・メルトン(1937年4月25日)のデビュー戦での奪三振記録13を更新した[1]。9月26日のパイレーツ戦で12奪三振で完封勝利し、スプーナーは防御率0.00でメジャー1年目のシーズンを終えた。

1955年はスプリングトレーニング期間中に腕を負傷して出遅れ、29試合の登板に終わった[2]ものの、独走で優勝に王手をかけた9月8日の対ミルウォーキー・ブレーブス戦では4回途中から登板して「胴上げ投手」となった[3]。同年、ドジャースはワールドシリーズニューヨーク・ヤンキースを破り、初のワールドチャンピオンとなり、スプーナーも2試合に登板したが、2試合目の第6戦では先発するも3ランを含む5失点を喫しわずか1/3回でKOされている。

1956年以降は負傷の影響もあり、メジャーでプレイすることなく、ドジャースやカージナルス傘下のマイナー球団で過ごし、1959年に現役を引退。引退後はドジャースのキャンプ地でもあったフロリダ州ベロビーチ柑橘類の栽培に携わっていたが、1984年に肝臓癌のため52歳で死去した。

年度別投球成績[編集]





















































W
H
I
P
1954 BRD 2 2 2 2 0 2 0 0 0 1.000 68 18.0 7 0 6 0 0 27 0 0 0 0 0.00 0.72
1955 29 14 2 1 0 8 6 2 0 .571 420 98.2 79 8 41 1 5 78 1 0 50 40 3.65 1.22
通算:2年 31 16 4 3 0 10 6 2 0 .625 488 116.2 86 8 47 1 5 105 1 0 50 40 3.09 1.14

脚注[編集]

  1. ^ Wright, Earl (1954年9月23日). “League Batting Champions May Duel in World Seris” (英語). The Times-News: p. 10. http://news.google.co.jp/newspapers?id=YAgaAAAAIBAJ&sjid=YiMEAAAAIBAJ&pg=6717,4036808&dq 2010年6月13日閲覧。 
  2. ^ Baseball Digest Sep-Oct 2009. United States: Lakeside Publishing Company. pp. p. 6. http://books.google.co.jp/books?id=jcQJwDXRzb0C&lpg=PA1&hl=en&pg=PA6#v=onepage&q&f=false 2010年6月13日閲覧。. 
  3. ^ 1955年9月9日のニュース映像から。1分15秒過ぎから登場する左の横手投げがスプーナー

外部リンク[編集]