カンティ・ラージャ・ラクシュミー・デビー

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カンティ・ラージャ・ラクシュミー・デビー
Kanti Rajya Lakshmi Devi

出生 1906年7月5日
Flag of Nepal (1743–1962).svg ネパール王国 シータープル
死去 1973年4月12日
Flag of Nepal (1743–1962).svg ネパール王国 カトマンズナラヤンヒティ宮殿
配偶者 トリブバン・ビール・ビクラム・シャハ
子女 マヘンドラ・ビール・ビクラム・シャハ
ヒマラヤ・プラタープ・ビール・ビクラム・シャハ
ほか
父親 アルジュン・シング
母親 クリシュナヴァティー・デーヴィー
宗教 ヒンドゥー教
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カンティ・ラージャ・ラクシュミー・デビー(Kanti Rajya Lakshmi Devi , 1906年7月5日 - 1973年4月12日)は、ネパール王国の第8代君主トリブバン・ビール・ビクラム・シャハの王妃。

生涯[編集]

1906年7月5日インドシータープルで誕生した[1]。 彼女はパンジャーブラージプートの家系である[2]

1919年3月、ネパール王トリブバン・ビール・ビクラム・シャハカトマンズナラヤンヒティ宮殿で結婚した[1]。婚姻に際し、妹のイシュワリー・ラージャ・ラクシュミー・デビーとともに王国の首相チャンドラ・シャムシェル・ジャンガ・バハドゥル・ラナの養女となった[2]

1973年4月12日、ナラヤンヒティ宮殿で死亡した[1]

脚注[編集]

  1. ^ a b c Nepal 10
  2. ^ a b 佐伯『世界歴史叢書 ネパール全史』、p.576

参考文献[編集]

  • 佐伯和彦 『世界歴史叢書 ネパール全史』明石書店、2003年。 

関連項目[編集]