カロリーネ・フォン・バーデン

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カロリーネ・フォン・バーデン
Karoline von Baden
バーデン家
Karoline Königin von Bayern.jpg
称号 バイエルン王妃
全名 Friederike Karoline Wilhelmine
フリーデリケ・カロリーネ・ヴィルヘルミーネ
出生 (1776-01-13) 1776年1月13日
神聖ローマ帝国の旗 神聖ローマ帝国
Banner of Baden (3^2).svg バーデン辺境伯領カールスルーエ
死去 (1841-11-13) 1841年11月13日(65歳没)
バイエルン王国の旗 バイエルン王国ミュンヘン
配偶者 バイエルン王マクシミリアン1世
子女 一覧参照
父親 カール・ルートヴィヒ・フォン・バーデン
母親 アマーリエ・フォン・ヘッセン=ダルムシュタット
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カロリーネ・フォン・バーデンドイツ語: Karoline von Baden, 1776年1月13日 - 1841年11月13日)は、バイエルン王マクシミリアン1世の2度目の妻。最初のバイエルン王妃となった。

生涯[編集]

バーデン辺境伯の伯子カール・ルートヴィヒとその妃アマーリエヘッセン=ダルムシュタット方伯ルートヴィヒ9世の娘)の娘として、カールスルーエで生まれた。双子の姉妹にカタリーナ・アマーリエがいる。他に同母妹にはロシア皇后エリザヴェータスウェーデン王妃フリーデリケがいる。

1797年3月にカールスルーエで、母の従弟にあたるプファルツ=ツヴァイブリュッケン公マクシミリアンと結婚した。マクシミリアンの先妻アウグステ・ヴィルヘルミーネもまたカロリーネの母の従妹であったが、前年の1796年に病没していた。マクシミリアンは2年後の1799年バイエルン選帝侯を継承し、1806年にはバイエルン王となった。

子女[編集]

マクシミリアン1世との間には2組の双子を含め8子が生まれた。