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カルロス・メサ・ヒスベルト

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
カルロス・メサ・ヒスベルト
Carlos Mesa Gisbert


ボリビアの旗
第67[疑問点]大統領
任期 2003年10月17日 2005年6月6日


副大統領
任期 2002年8月6日 2003年10月17日
元首 ゴンサロ・サンチェス・デ・ロサダ大統領


政党連合代表英語版
任期 2018年11月13日

任期 2014年4月28日 2018年10月1日[注釈 1]
元首 エボ・モラレス

出生 (1953-08-12) 1953年8月12日(72歳)
ボリビアの旗 ボリビアラパス
政党 Revolutionary Left Front (2018年–2024年)>
受賞 栄誉栄典の一覧英語版
出身校
現職
配偶者
    パトリシア・フローレス・ソト(Patricia Flores Soto)
    (結婚 1975年、離婚 1978年)
      エルビラ・サリナス
      (Elvira Salinas Gamarra)(結婚 1980年)
      子女
      • Borja Ignacio
      • Guiomar
      署名

      カルロス・メサ・ヒスベルトスペイン語: Carlos Mesa Gisbert[es])、1953年8月12日 - )はボリビア歴史研究者でジャーナリスト、政治家第67代[疑問点]大統領を務めた(2003年2005年)。アメリカ合衆国ワシントンDCに拠点を置くシンクタンクIAD英語版の一員でもある。ゴンサロ・サンチェス・デ・ロサダ政権では第37代副大統領職(2002年2003年)にありながら無所属であった。太平洋の海洋権益英語版をめぐり、ボリビアがチリを国際司法裁判所に訴追すると、国際スポークスマンに任じられた。

      正式名はカルロス・ディエゴ・メサ・ヒスベルト(Carlos Diego Mesa Gisbert[2]

      幼少期から前半生

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      ラパス生まれのメサは大学を卒業するとジャーナリストとして23年間、働く。政治の世界に入る前は、歴史学者であり、ラジオテレビ新聞ジャーナリストとして活躍していた。ボリビア歴史学会の会員でもある。

      全国的に知名度を得たのは1983年から司会を務めた『デ・セルカ』(De Cerca)という番組[3]がきっかけで、ボリビアの政治家や文化人にインタビューをするうちに人気と支持が高まる。2002年の大統領選挙(英語版)では中道右派MNR英語版のゴンサロ・サンチェス・デ・ロサダ大統領(当時)から副大統領候補に指名されると、自身は中道左派寄りの立場で政治的立場は異なったが、出馬の要請を受けた。

      経歴

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      2003年10月17日中道右派政党、民族革命運動党の支援を受けて大統領[注釈 2]に着任。それ以前は、前職ゴンサロ・サンチェス・デ・ロサダ大統領の下で副大統領(2002年8月6日)ならびに国会議長も務めていた。

      政治分野の経験の少なさにもかかわらず、サンチェス・デ・ロサダ政権下でメサは急速に頭角を現した。2003年9月には国連総会に招かれ、そこで次の演説を行なっている。

      貧民による正当な圧力によって、ボリビアの民主主義は危ういものとなりつつある。私たちは経済成長ができないし、健康的な生活を送る事ができるのは少数で、大多数の人たちは静かに辛抱強くしていなければいけない。私たち貧しい国は、しかるべき条件で我々の生産物が先進国の市場に認められる事を要求するのである。

      就任後まもなく、サンチェス大統領とメサの間に対立が生じ、「ボリビアガス紛争」(2003年10月)と呼ばれる激しい紛争が緊迫の度を増すころには、決定的に悪化した。ガスの問題が深刻化するにつれ、抗議行動に対する政府の横暴な鎮圧のやり方[注釈 3]にメサは疑問を感じるようになっていき、副大統領職のまま政権から離脱。サンチェス・デ・ロサダが辞任する数日前には、メサはサンチェスの援護をあきらめ、「私たちが進んできた道を支え続ける事は私にはもうできない」と述べるに至った。これは、メサがサンチェスの後任の大統領になる道を開くという狙いがあったためであろう[独自研究?]。前大統領が辞任及び亡命したことによりその後任に座ったメサは、かくして国の最高権力への切符を手にした。ボリビアの次の大統領選挙は2007年に予定されていたが、メサは自身の着任が暫定的なものであり、サンチェス・デ・ロサダ政権の任期いっぱいまで務めるつもりは無いと早々に表明した。しかし、結局は任期を全うする決意を固めた。

      2004年1月13日、メサはアメリカ合衆国大統領ジョージ・ブッシュメキシコで会談している。

      IDB沖縄年次総会に際し、2005年に来訪した[5]

      海洋権益の擁護

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      メサが率いるボリビア政府は2004年3月、国内各所や在外ボリビア大使館で集会を開き、1884年太平洋戦争で海に抜ける領土を失ったが、領有するチリに返還するように働きかけると表明した。チリはこれを拒否しているが、メサはこれを政策の中心に据える。

      天然ガス問題

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      メサはガス問題に関する国民投票英語版を行なうという公約を果たしたが、難解な言葉を使って国民を迷わせる結果となってしまった。

      投票の5項目すべてで賛成票が過半数を占めたにもかかわらず、国民の不満は再燃して広がる。メサは国民投票を実施して自治権をめぐる法的拘束力を備える案や、改憲議会英語版を招集し憲法改正英語版に向けて動こうと呼びかけたものの、国民の動揺は鎮まらなかった。

      メサは2005年6月の辞任を控えて上下両院の議長に継承権を放棄させ、党派に属さない最高裁のエドゥアルド・ロドリゲス・ベルツェ判事が大統領に就任する道筋を整えた。

      国内の暴動を受け、メサは議会に対し辞任を申し入れた(2005年3月7日)が、議会は翌日、満場一致でこれを否決した。2005年6月6日、再度辞任を申し出ると、このときは受理され大統領職を辞した。

      前述のガスをめぐる紛争の再燃により、2005年6月6日に辞任[6] 辞任後は政界から身を引き、メディアのさまざまな事業やジャーナリズム活動に専念した。2014年、以前の確執を乗り越えてたモラレス大統領から、国際司法裁判所(ICJ)担当の国際スポークスマン着任を打診されると、ボリビアの海洋権益をめぐってチリを訴追する名誉広報官を引き受ける。メサはこの職を2018年の結審(デン・ハーグ)まで務めた。

      2019年の出馬

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      2019年に行われた大統領選挙英語版に出馬するが、一時中断された開票の再開後に現職のエボ・モラレスの得票が伸びるなど、作業に不審な点が認められる[7]などした結果、カルロス・メサは得票率36.51で敗退した[注釈 4][要出典]。メサ支持者は開票結果を不服として投票所に放火するなど暴徒化英語版した。

      モラレスの亡命を受けた2020年10月18日の大統領選挙英語版にも出馬したが、最終結果が出ていない時点の出口調査で優勢となった野党のルイス・アルセ元経済・財務大臣は勝利を宣言し、カルロス・メサは敗北を認めた[8]

      著作など

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      単著

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      大統領退任後

      共著

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      • “Bolivia : monumentos historicos y arqueologicos”. Instituto Panamericano de Geografia e Historia, Comision de Historia (Instituto panamericano de geografia e historia) 122 (15). (1970). NCID BB07549850. 
      • (スペイン語) Cine Boliviano del Realizador al Crítico. La Paz: Editorial Gisbert. (1979). https://www.bibliotecavirtualcarlosdmesa.com/bookstore/book/1  (ボリビア映画、制作者から批判者へ)
      • (スペイン語) Manual de Historia de Bolivia (2nd ed.). La Paz: Editorial Gisbert. (1983). OCLC 10711672  (ボリビアの歴史解説)(1983年)
      • (スペイン語) Un Debate Entre Gitanos. La Paz: Banco Boliviano Americano and Periodistas Asociados Televisión. (1991)  (ジプシーたちの論争)(1991年
      • (スペイン語) Historia de Bolivia (1st ed.). La Paz: Editorial Gisbert. (1997). https://books.google.com/books?id=3GEaAAAAYAAJ 
      • Mesa, José de (1985). Arquitectura andina, 1530-1830 : historia y análisis. Colección Arzans y Vela. NCID BD02360319 
      • La pintura en los museos de Bolivia; Editorial "Los Amigos del Libro". Colección Descubra Bolivia:NA 373. (1991). NCID BB23398836 
      • Monumentos de Bolivia (2 ed.). (1978). NCID BB23350884 
      • (スペイン語) Bolivia : monumentos historicos y arqueologicos : Instituto panamericano de geografia e historia. 122. Instituto Panamericano de Geografia e Historia, Comision de Historia. (1970). NCID BB07549850 
      • Sebastián, Santiago; Gisbert, Teresa (1985) (スペイン語). Arte iberoamericano desde la colonización a la indepen. Summa artis, historia general del arte. 28-29 (2 ed.). Espasa-Calpe. NCID BA91869349  ISBN 8423952282, 8423952290
      • Gluckmann, Daniel; Gisbert, Teresa (1990) (スペイン語). Abecia Baldivieso Valentín. Colección Ciudades iberoamericanas. Quito Centenario: Instituto de uto de Cooperación Iberoamericana. ISBN 8472325652. NCID BA26488053 

      イベロアメリカ美術:植民地時代から独立まで

      • Santiago (1992) (スペイン語). Arte iberoamericano desde la colonización a la independencia. Summa artis, historia general del arte (4 ed.). Espasa-Calpe. NCID BA2545409X  ISBN 8423952282, 8423952290
      • Santiago, Santiago (1994) (スペイン語). Arte iberoamericano desde la colonización a la independencia. Summa artis, historia general del arte. 28 (5 ed.). Espasa-Calpe. ISBN 8423952282. NCID BA25460547 
        • 参考文献:第1巻p. [627]-636。
        • 参考文献:第2巻p. [608]-619。

      監修

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      大統領退任後

      脚注

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      注釈

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      1. ボリビア政府はメサの広報担当としての任期終了がいつか明言しなかった。この件に関する2018年10月11日時点の質問に答えたディエゴ・パリ・ロドリゲス外務大臣英語版いわく、「裁判所による海洋権益の主張に関する判決が下された」と述べ、同氏の職務満了はその時点であると示唆した[1]
      2. ■基礎情報§7.略史(中略)※2011年6月時点
        • 2002年8月~2003年10月=サンチェス・デ・ロサダ大統領
        • 2003年10月~2005年6月=メサ大統領
        [4]
      3. ガス問題をめぐる抗議行動の参加者から約50名の死者が出たといわれる。
      4. モラレスの得票率は47.08%。

      出典

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      1. “Canciller no responde si Carlos Mesa sigue siendo vocero de la demanda marítima [カルロス・メサが海洋権益の代弁者留任に応じない首相]. Los Tiempos英語版 (スペイン語). 2018年10月11日. 2021年12月17日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2021年12月16日閲覧.
      2. Padrón electoral biométrico y militancia: Carlos Diego de Mesa Gisbert (スペイン語). yoparticipo.oep.org.bo. Plurinational Electoral Organ (2021年1月24日). 2022年6月23日閲覧。
      3. Ignacio, Borja. Carlos Mesa facts for kids (英語). kids.kiddle.co. 2026年6月23日閲覧。
      4. 探検しよう!みんなの地球”. www.mofa.go.jp. 2026年6月23日閲覧。
      5. 二国間関係:§5 要人往来§§(2)来(1990年以降)(中略)2005年:シーレス外相(外務省賓客)、メサ大統領(IDB沖縄年次総会)”. 日本国外務省. ボリビア多民族国(The Plurinational State of Bolivia)基礎データ(令和7年12月11日) (2025年2月11日). 2026年6月23日閲覧。
      6. 中村 一博「何がメサ大統領を退陣に追い込んだのか--ボリビア大統領の苦悩」『ラテンアメリカ時報』第48巻第8号、ラテン・アメリカ協会、東京、2005年8月、2-8頁、CRID 1521417755635773312ISSN 1343-5019掲載誌別題『Informacion Latinoamericana』。
      7. ボリビア、大統領選で非常事態宣言 介入疑惑受け」『日本経済新聞』2019年10月24日。日付は配信日。
      8. ボリビア大統領選、アルセ氏勝利公算 反米左派政権復活へ」『時事ドットコム』(時事通信社)2020年10月20日。2020年10月20日閲覧。

      外部リンク

      [編集]
      公職
      先代
      ゴンサロ・サンチェス・デ・ロサダ
      ボリビアの旗 ボリビア共和国大統領
      第78代:2003 - 2005
      次代
      エドゥアルド・ロドリゲス
      先代
      ホルヘ・キローガ (en) 
      ボリビアの旗 ボリビア共和国副大統領
      2002 - 2003
      次代
      アルバロ・ガルシア・リネーラ (en)