カルトヴェリ人

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カルトヴェリ人
ქართველები
Georgian Men, Georgian types.jpg
19世紀頃のカルトヴェリ人男性の正装
総人口
5,000,000 - 7,000,000
居住地域
ジョージア (国)の旗 ジョージア 3,956,000
トルコの旗 トルコ 100,000-1,500,000
イランの旗 イラン 100,000
ロシアの旗 ロシア 160,803-900,000
言語
グルジア語(カルトリ語)
宗教
グルジア正教会
地域によりカトリックおよびイスラム教が少数

カルトヴェリ人(カルトヴェリじん、グルジア語: ქართველები, 英語: Georgians)は、南コーカサス地方を起源とし、ジョージア国(グルジア)と歴史的に結び付いた民族である。

カルトヴェリ語族の中心を為す存在であり、固有の言語はグルジア文字によって書き表されるグルジア語(カルトリ語)[注 1]、主な宗教はグルジア正教である。名称はジョージア国東部のカルトリ地方に由来し、自称のカルトヴェレビkartvelebi)も「カルトリ地方の民」が語源とされている。外名であるジョージア(英:Georgia)ないしグルジア(: Грузия)に対する自国語の呼称(内名)であるサカルトヴェロსაქართველო, [sakʰartʰvɛlɔ])も「カルトヴェリ人の国」と言う意味である[1][2]

呼称[編集]

20世紀前半の日本では、国家が「ジョルジア」と呼ばれたことに伴い「ジョルジア人」と呼ばれることが多かった。1956年日ソ共同宣言以降はソビエト連邦公用語であったロシア語に基づきグルジア・ソビエト社会主義共和国の多数民族として「グルジア人」と呼称されるようになったが、カルトヴェリ人の多くは18世紀末からロシア帝国とソビエト連邦において被支配の立場にあり、独立後もロシア連邦と敵対関係が続いていることからロシア語由来(異説あり)のこの呼称を忌避する傾向が強い[1]。そのため、特に2015年の日本政府による「ジョージア」への外名変更の前後からはポリティカル・コレクトネスの観点より「ジョージア人」と呼ばれることが多くなっている。

ただし、ジョージア国は1991年に「グルジア共和国」としてソビエト連邦から独立する以前よりカルトヴェリ人と言語・文化面で共通点を有する支族の関係に当たるミングレル人ラズ人スヴァン人、またカルトヴェリ系とは全く異なる文化的出自のアブハズ人オセット人など複数の民族を国内に擁しており、このうちアブハズ人が居住する区域は「アブハジア共和国」、オセット人が居住する区域は「南オセチア共和国」の樹立を宣言して事実上の独立状態にあるなど複数の民族問題を抱えている[2]。そのため、広義の「グルジア人」ないし「ジョージア人」は民族を問わず「国家国民」としての国籍保有者を指し、狭義の場合は固有の民族名である「カルトヴェリ人」として区別される(国家国民としての「ハンガリー人」と、ハンガリー国内の多数民族であるマジャル人の関係と同様)。

こうした経緯により、日本語で「グルジア」ないし「ジョージア」を冠される事物の多く(グルジア料理など)はカルトヴェリ人の文化に根差している場合がほとんどである。

歴史[編集]

カルトヴェリ人女性の花嫁衣裳(1890年代、ドミトリー・エルマーコフ撮影)

最も早くコーカサスに定住した人たちを祖としながら、この地方の人々は民族の統合と、国家の形成に複雑なプロセスを経験してきた。現在、国家国民として「ジョージア人」ないし「グルジア人」と呼ばれる人々は対外的に「ジョージア人」ないし「グルジア人」と同一視される存在である純粋なカルトヴェリ人と、それぞれ異なる風俗習慣や方言をもつ多様な支族(Sub-ethnic groups)集団からなっている。このような支族のなかには独自の言語を持つバイリンガルのミングレル人、ラズ人、スヴァン人などがいる。

カルトヴェリ人は5世紀以来書かれてきた独自のグルジア文字を持ち、グルジア語(カルトリ語)は公用語とされ、国内に住む人々がこの言葉の教育を受けている。

古代のカルトヴェリ人は古代ギリシャローマコーカサス・イベリア人、あるいはコルキス人として知られてきた。イベリアというのはコーカサス地方を指したギリシャ・ローマ的な古称であり、現代のバスク人などイベリア半島の先住民族とコーカサス・イベリア人が同じ起源を持つという説が根強くある。

カルトヴェリ人の大多数はキリスト教徒で、4世紀以来独立したグルジア正教会に忠実である。4世紀はじめにキリスト教化し、史上二番目に古いキリスト教国として327年国教化した。トルコ、イラン、アゼルバイジャンアジャリア自治共和国にはイスラム教徒のカルトヴェリ系の住民がおり、またカトリック教徒のカルトヴェリ人も存在する。

東西の十字路に位置するグルジアは、長い歴史を通じて多くの文明に影響されてきた。グルジア人は他文化の特徴を吸収し、独自の伝統と調和させ、中世には高度な文化を形成した。古代の部族連合に起源を持つグルジア人は11世紀はじめには高度に組織化された封建王国を樹立し、13世紀のモンゴル帝国による侵略までコーカサスに覇をとなえた。

近隣諸国の脅威と、国内の絶え間ない不安定を抱えながら、グルジア人は程度の差はあれ、独立を維持してきたが、19世紀はじめにロシア帝国に併合された。その領土はソビエト社会主義共和国連邦に引き継がれその構成国の「グルジア・ソビエト社会主義共和国」となったが、1991年のソ連崩壊に伴い独立を回復した。

分布[編集]

2014年国勢調査の民族分布。クリーム色がカルトヴェリ人とその支族。

全世界に約500万人から700万人と推定されている。

2016年4月28日に公表された2014年時点での国勢調査確定値ではジョージア国内のカルトヴェリ人とその支族は「322万4696人」とされ[3]、国内の全民族中8割以上の多数を占めている。なお、カルトヴェリ人とその支族とされるミングレル人、ラズ人、スヴァン人はソビエト連邦時代から統計上において区分されていない。

その他の国や地域ではロシアに約16万〜90万人、トルコに約10万〜150万人、イランに約10万人、ウクライナに約3万4000人、ギリシャに約2万7400人と推計されている。

著名な人物[編集]

注釈、出典[編集]

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脚注[編集]

  1. ^ 特に2015年以降は国名と同様にポリティカル・コレクトネスの観点から「ジョージア語」「ジョージア文字」と呼称される場合もあるが、日本の学界等で公式な呼称変更決議が行われた事実は確認されていない。

出典[編集]

  1. ^ a b 歌川令三「南コーカサス・グルジアの旅(上) 渡る世間に鬼もいる」(日本財団図書館『財界』2002年11月19日発行) 2016-07-12閲覧。
  2. ^ a b 甲地利恵「伝統的ポリフォニー国際シンポジウム参加報告」(『北海道民族学』第7号, 2011年) 2016-07-12閲覧。
  3. ^ 2014 General Population Census Main Results General Information 2016-07-12閲覧。

関連項目[編集]