カリーラとディムナ

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『カリーラとディムナ』の原稿

カリーラとディムナ』(Kalīla wa Dimna)は、アラビア語文学物語インドの寓話集『パンチャタントラ』を基盤とした寓話集である。

題名の「カリーラ」と「ディムナ」は物語に登場するヒョウの名前であり、第1編「ライオンと牛」の主人公カラタカ(Karataka)とダマナカ(Damanaka)の名前が転訛したものである。1644年フランスで『ビドパーイ[† 1]の物語』という題で訳された[1]が、ビドパーイは物語に登場する哲学者の名前に由来する[2]

イブン・アル=ムカッファが訳した版はアラビア文学最古の散文とされ、アラビア語散文の規範となっている[3][4]

物語は、哲学者バイダバーがインド王の求めに対して、教訓を含んだ物語を語る形式をとっている。寓話には人間と動物が登場し、人間と動物を対等なものとしてみなすインドの精神世界が背景にあると考えられている[5]ペルシアアラブ世界の人間にはこうした価値観は奇異なものであり、ムカッファ以後にイスラム世界に動物寓話を描く人間がほとんど現れなかった理由とも言われる[5]

宗教から離れて、人生の幸福を追求する点に物語の特徴がある[6]

歴史と普及[編集]

サーサーン朝の王ホスロー1世によってインドに派遣された医師ブルズーヤが医学書と共に持ち帰った寓話集『パンチャタントラ』が元になっている。ホスロー1世の命令により、ペルシアにもたらされた『パンチャタントラ』はブルズーヤによってサンスクリットからパフラヴィー語に訳される。ブルズーヤは翻訳にあたり、『パンチャタントラ』に収録されている5編の物語に『マハーバーラタ』の3つの物語を加えたと言われる[7]。さらにその後、重訳の度に物語が追加されていく[2]

570年ごろ、シリアの司教代理巡察使ブードにより、パフラヴィー語版『パンチャタントラ』はシリア語に訳される[7]8世紀にイブン・アル=ムカッファによってパフラヴィー語版はアラビア語に重訳され、『カリーラとディムナ』が成立した。『カリーラとディムナ』はイブン・アル=ムカッファのアラビア語版を元として、シリア語、ペルシア語などの多くの言語に訳された[8]

11世紀末にはシチリア王国ギリシャ語に訳され、後にラテン語に訳される[4]1251年には、トレドアルフォンソ10世の宮廷でカスティーリャ語版が完成した(en[9]。ギリシャ語版とカスティーリャ語に加え、ヘブライ語版と12世紀のペルシア語版により、『カリーラとディムナ』はヨーロッパに普及する[10]

原典である『パンチャタントラ』の訳本と『カリーラとディムナ』の訳本は合わせて60か国語に訳され、約200種類の版が存在する[4]。分布範囲は聖書に次ぎ、ゲーテの『ライネケ狐』、ジャン・ド・ラ・フォンテーヌ寓話グリム童話アンデルセン童話に影響を与えたと言われる[4]

イランにおける変遷[編集]

最古のペルシア語訳は10世紀の詩人ルーダキーがアラビア語から訳したものだとされているが、詩の大部分は失われている[11]

12世紀ガズナ朝のバフラーム・シャーに奉げられたナスルッラーの作品がルーダキー版に次いで古いペルシア語訳と考えられている[12]。ナスルッラーは作中に新たにアラビア詩を挿入し、クルアーンハディースの語句を引用した[13]。数あるペルシア語の訳本の中でも、ナスルッラー版は最も評価が高く、雄弁の規範とされている[8]。ナスルッラー版は多くの写本が作られたが、誤記、改竄、新たな物語の挿入により、原本と異なるものとなった[13]

15世紀末にはホセイン・ワーイズ・カーシュフィーにより『天蓋の光』の題で訳され、アブル・ファズルはムガル皇帝アクバルに『知識の試金石』と題した本を献呈した。

イラン・イスラム共和国においては、『カリーラとディムナ』は学校の教材として使用されている[8]

構成[編集]

  1. 「ライオンと牛」
  2. 「ディムナ事件の取り調べ」
  3. 「数珠掛け鳩」
  4. 「みみずくと烏」
  5. 「猿と亀」
  6. 「信心家といたち」
  7. 「イブラードとイーラフトとインド王シャードラム」
  8. 「猫とねずみ」
  9. 「王とクッバラ」
  10. 「ライオンと山犬」
  11. 「旅僧と金細工師」
  12. 「王子とその友人たち」
  13. 「牝ライオンと山犬」
  14. 「修行者とその客」

ギャラリー[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ ビドパーイはピルパイと表記されることもある。

出典[編集]

  1. ^ 田中於菟弥「パンチャタントラ」『南アジアを知る事典』(辛島昇ほか監修、平凡社、2002年4月。ISBN 978-4-582-12634-1)、639頁
  2. ^ a b 黒柳『ペルシア文学におけるカリーラとディムナ』、6頁
  3. ^ 『カリーラとディムナ アラビアの寓話』、343頁
  4. ^ a b c d 前嶋「カリーラとディムナ」『新イスラム事典』、189頁
  5. ^ a b カリーラとディムナ アラビアの寓話』、338頁
  6. ^ カリーラとディムナ アラビアの寓話』、338-339頁
  7. ^ a b カリーラとディムナ アラビアの寓話』、328頁
  8. ^ a b c 蒲生「カリーラとディムナ」『アジア歴史事典』2巻、240頁
  9. ^ ラファエル・ラペサ『スペイン語の歴史』(山田善郎監修、昭和堂、2004年7月。ISBN 978-4-8122-0323-1)、243頁
  10. ^ カリーラとディムナ アラビアの寓話』、329頁
  11. ^ 黒柳『ペルシア文学におけるカリーラとディムナ』、7頁
  12. ^ 黒柳『ペルシア文学におけるカリーラとディムナ』、8-9頁
  13. ^ a b 黒柳『ペルシア文学におけるカリーラとディムナ』、10頁

参考文献[編集]

  • 蒲生礼一 「カリーラとディムナ」『アジア歴史事典』 平凡社、1959年。全国書誌番号:49000100
  • 黒柳恒男ペルシア文学におけるカリーラとディムナ」、『オリエント』第12巻1-2号、東京外国語大学、1969年、 1-16、168頁、 NAID 1300008223382013年6月閲覧。
  • 前嶋信次 「カリーラとディムナ」『新イスラム事典』 日本イスラム協会ほか監修、平凡社、2002年3月。ISBN 978-4-582-12633-4
  • イブヌ・ル・ムカッファイ 『カリーラとディムナ アラビアの寓話』 菊池淑子訳、平凡社〈東洋文庫 331〉、1978年6月。ISBN 978-4-582-80331-0

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

兵頭俊樹、『和歌山大学教育学部紀要 人文科学』65、2015年2月、99-110頁。NAID 120005612584
(和歌山大学学術リポジトリ)