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カリンポン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
カリンポン

কালিম্পং
遠くの丘から見たカリンポンの町。後方に見えるのはヒマラヤ山脈の山々。
遠くの丘から見たカリンポンの町。
後方に見えるのはヒマラヤ山脈の山々。
カリンポンの位置(西ベンガル州内)
カリンポン
カリンポン
カリンポンの位置(西ベンガル州
北緯27度03分36秒 東経88度28分12秒 / 北緯27.06000度 東経88.47000度 / 27.06000; 88.47000座標: 北緯27度03分36秒 東経88度28分12秒 / 北緯27.06000度 東経88.47000度 / 27.06000; 88.47000
インドの旗 インド
西ベンガル州
カリンポン県
政府
  議会 カリンポン町
面積
  合計 1,056.5 km2
標高
1,247 m
人口
(2011)
  合計 49,403人
  密度 40.70人/km2
言語
  地域 ベンガル語, ネパール語, ブーティア語, レプチャ語
  公式 ベンガル語, 英語, ネパール語[1]
等時帯 UTC+5:30 (IST)
PIN
734 301
Telephone code 03552
ナンバープレート WB-78, 79
ローク・サバー  選挙区 ダージリン
州の立法議会  選挙区 カリンポン
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カリンポンベンガル語: কালিম্পং, 英語: Kalimpong)は、インド西ベンガル州カリンポン県の中心的な町[2]である。標高は1,247m[3]。この地域は西ベンガル州内の自治組織であるグルカランド自治体の管轄下にある。インド陸軍の第27山岳師団が町の郊外に駐屯している[4]

概要

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カリンポンは教育機関で知られており、その多くはイギリスの植民地時代に設立されたものである[5]。またかつてカリンポンはチベットインド間の貿易の玄関口であったが、中国によるチベット併合中印戦争以降、その役割を失った。1980年代には、カリンポンと隣接するダージリンが、グルカランドの独立を求める主要な拠点となり、最近では2010年にもその動きが見られた。

この町はテスタ川を見下ろす尾根に位置しており、温暖な気候、自然環境、そして地域の人気のある観光地への至便さから観光地としても知られている。園芸業はカリンポンにとって重要な産業であり、特に多様なランの花を扱う花卉市場がある。また、ヒマラヤで栽培された花の球根や塊茎、根茎の輸出は、カリンポンの経済に寄与している。チベット仏教の僧院ザン・ドク・パルリ・ポダンには、珍しいチベット仏教の経典が所蔵されている[6]

キャサリン・グラハム記念チャペル
カリンポン時計台

2008年にダージリン・グルカ丘陵協議会によって設立されたカリンポン科学センターは、最近の観光地のひとつである。この科学センターは、町の学生や地元住民に科学的知識を広める役割を果たしており、デオロ・ヒルの頂上に位置している。

歴史

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第二次大戦の頃にはイギリス政府の支援によって、この地でチベット人向けのチベット語の新聞が発行されていた。社員は10名に満たず、週一回6頁、部数3千足らずの小規模な新聞社だったが、チベットには新聞というものが無かった為、当時はそれが世界で唯一のチベット語の新聞であった。1947年から翌年にかけての約一年間、西川一三がここで印刷職工として働いている。

1986年から1988年にかけて、民族的な理由に基づくグルカランドとカムタプールの独立州を求める動きが強まった。グルカ民族解放戦線(GNLF)と西ベンガル政府との間で戦闘が発生し、40日間のストライキの末、硬直した。町は事実上包囲された状態となり、州政府は治安維持のためにインド陸軍を動員した。これにより、ダージリン・グルカ丘陵協議会が設立され、ダージリン県シリグリ分区を除く)を統治するための半自治的権限が与えられた。2007年以降、グルカ・ジャンムクティ・モルチャ党(GJM)とその支持者によって、グルカランド独立州の要求が再び強まっている[7]カムタプール人民党(KPP)とその支持者による、北ベンガルを含むカムタプール独立州の要求も勢いを増している[8]

脚注

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  1. Report of the Commissioner for Linguistic Minorities in India: 48th report (July 2010 to June 2011)”. Commissioner for Linguistic Minorities, Ministry of Minority Affairs, Government of India. pp. 159–160. 2012年9月13日閲覧。
  2. “Carved out of Darjeeling, Kalimpong a district today”. Times of India. 14 February 2017. 2017年2月14日閲覧.
  3. General Information”. Tourism Department. Darjeeling Gorkha Hill Council. 2008年11月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年12月8日閲覧。
  4. “India moves over 6,000 troops to border with China”. The Hindu. Chennai, India. 13 December 2007. 2008年10月3日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2008年12月8日閲覧.
  5. Education and prospects for employment”. Government of Sikkim. p. 33. 2009年3月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年12月21日閲覧。
  6. Special: Kalimpong, West Bengal”. Rediff. 2008年12月8日閲覧。
  7. Call for Gorkhaland renewed”. Darjeeling Times (2007年10月7日). 2008年12月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年1月13日閲覧。
  8. Press Trust of India (PTI) (2009年12月29日). Now, demand for a separate Kamtapur state in WBengal”. The Times of India. 2013年6月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年12月11日閲覧。

外部リンク

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