カリアリ・カルチョ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
カリアリ・カルチョ
原語表記 Cagliari Calcio s.p.a.
愛称 Casteddu(カリアリ(サルデーニャ語),
Rossoblù(赤と青)
クラブカラー 25px 赤と青
創設年 1920年
所属リーグ セリエB
所属ディビジョン 2部
ホームタウン カリャリ
ホームスタジアム スタディオ・サンテーリア
収容人数 16,000
代表者 イタリアの旗 トンマーゾ・ジュリーニイタリア語版
監督 イタリアの旗 マッシモ・ラステッリイタリア語版
公式サイト 公式サイト
ホームカラー
アウェイカラー
サードカラー
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ

カリアリ・カルチョCagliari Calcio s.p.a.)は、イタリアカリャリサルデーニャ島)を本拠地とするサッカークラブである。2015-16シーズンはセリエBに所属。

1969-70シーズンにエースストライカーのルイジ・リーヴァを擁しセリエAで優勝。しかし近年はセリエAとセリエBを行き来するシーズンが続いている。なお、しばしば「カリャーリ」、「カッリャリ」などと表記されることもある。

チェッリーノ会長と監督

カリアリのマッシモ・チェッリーノ会長は、パレルモマウリツィオ・ザンパリーニ会長やリヴォルノアルド・スピネッリ会長と並んで、セリエA屈指の名物会長として知られており、他の名物会長の例に漏れず監督関連のエピソードは事欠かない。

まず、監督交代が非常に多いことで有名で、年間3~4回の監督交代も珍しくない。 2005-06シーズンは、開幕前に就任したアッティリオ・テッセルを開幕戦で破れた直後に解任し、前シーズン指揮を執っていたダニエレ・アッリゴーニを呼び戻すも2節終了後に辞任し、第3節にしてシーズン3人目の指揮官が指揮を執るという極めて異常な事態に陥った。その3人目のダヴィデ・バッラルディーニも成績不振でシーズン中盤にチームを去り、4人目のネド・ソネッティでようやく落ち着いた。

2006-07シーズンは、マルコ・ジャンパオロが開幕から指揮を執るが、クラブ上層部と揉め事を起こし、シーズン中盤に解任するも、後任のフランコ・コロンバ就任後、チームは極度の成績不振に陥ったため、ジャンパオロを再任させて事なきを得た。

2007-08シーズンもジャンパオロがそのまま引き続き指揮を執ったものの、主力を大量に失った穴を埋めきれず序盤から低迷し解任される。後任には、05-06シーズンにチームを残留へと導いたネド・ソネッティを招聘するものの、低迷を続け、ソネッティを解任しジャンパオロ復任を目論むも、ジャンパオロが復任を拒否。その為、クラブはとりあえずソネッティを留任させたものの、またすぐに解任し、ダヴィデ・バッラルディーニが指揮を執ってクラブを残留に導いた。バッラルディーニもその功績にもかかわらず留任せず、若手のマッシミリアーノ・アッレグリが招聘された。

2011-12シーズンは、開幕前の2011年8月12日ロベルト・ドナドーニを解任し、マッシモ・フィッカデンティを招聘したものの、低迷を続け、フィッカデンティを解任し、バッラルディーニが復任したものの、またすぐに解任し、フィッカデンティを再任させて事なきを得た。

チェッリーノ会長の行動には批判が多いものの、監督交代の成功率が非常に高く、結果的に戦力の貧弱なカリアリをセリエAに残留させ続けている手腕は賞賛に値するものである。2004-05シーズンには、セリエC1でしか実績を残していないアッリゴーニを招聘して大旋風を巻き起こしたことを皮切りに、2007-08シーズンにはほぼ降格が確実な情勢から、トップチームで指揮を執った経験のないバッラルディーニを起用して奇跡的な残留を遂げたり、アッレグリも下部リーグでしか経験のない監督で、就任当初40歳と若いことから能力を疑問視されていたが、結果的には上位進出を果たすなど、無名の新人監督に機会を与えて成功させており、保守的でベテラン監督が起用されやすいプロビンチャでは非常に珍しい監督人事を行っている。

以前からのホームスタジアムであったスタディオ・サンテーリアの老朽化の問題からカリャリより遠く離れたトリエステスタディオ・ネレオ・ロッコでたびたび主催試合が行われている。2012-13シーズンからスタディオ・イス・アレナスをホームとしているが、安全面で問題があるとして観客の収容が認められず、ホーム開幕戦となった第2節アタランタBC戦は無観客試合となった。続くASローマ戦でも無観客試合が通達されていたがチェッリーノはこれに従わずサポーターに来場を促したため、試合は延期され、後日3-0でローマの不戦勝とされた[1]。これらの失態とチームの不振を問われる形でフィッカデンティは解任された。後任には、クラブOBのイヴォ・プルガに、アシスタント・コーチにはディエゴ・ロペスが就任。2013-14シーズンからはディエゴ・ロペスがコーチから昇格した形で指揮を執ることとなった。

そしてカリアリは2014年7月11日、クラブのすべての株式を「Fluorsid Group」が取得すると公式サイトで発表。22年に渡りオーナーを務めていたチェリーノ会長が、ついにカリアリを手放すことになった。

タイトル

国内タイトル

  • セリエC:2回
    • 1951-52, 1961-62(ジローネB)

国際タイトル

なし

過去の成績

現所属メンバー

2016年3月17日現在[2]
No. Pos. 選手名
1 ブラジルの旗 GK ラファエウ
3 イタリアの旗 DF アントニオ・バッレーカ
4 イタリアの旗 MF ダニエレ・デッセーナ (Captain sports.svg)
8 イタリアの旗 MF ダヴィデ・ディ・ジェンナーロ
9 イタリアの旗 FW フェデリコ・メルキオッリ
10 ブラジルの旗 MF ジョアン・ペドロ
13 イタリアの旗 MF アントニオ・チネッリ
15 スロベニアの旗 DF ルカ・クラインツ
17 ブラジルの旗 FW ジエゴ・ファリアス
19 イタリアの旗 DF ファビオ・ピサカーネ
20 コロンビアの旗 MF アンドレス・テージョ
21 イタリアの旗 DF アントニオ・バルツァーノ
No. Pos. 選手名
22 イタリアの旗 GK ロベルト・コロンボ
23 イタリアの旗 DF ルカ・チェッピテッリ
24 イタリアの旗 DF マルコ・カプアーノ
25 イタリアの旗 FW マルコ・サウ
26 イタリアの旗 MF ジャンニ・ムナーリ
27 イタリアの旗 MF アレッサンドロ・デヨーラ
28 イタリアの旗 FW アルベルト・チェッリ
29 イタリアの旗 DF ニコラ・ムッル
30 イタリアの旗 GK マルコ・ストラーリ
32 イタリアの旗 FW ニッコロ・ジャンネッティ
33 イタリアの旗 MF マルコ・フォッサーティ
35 ポーランドの旗 DF バルトシュ・サラモン

※星印はEU圏外選手を示す。

ローン移籍選手

in
No. Pos. 選手名
1 ブラジルの旗 GK ラファエウ (ヴェローナ)
3 イタリアの旗 DF アントニオ・バッレーカ (トリノ)
No. Pos. 選手名
20 コロンビアの旗 MF アンドレス・テージョ (ユヴェントス)
28 イタリアの旗 FW アルベルト・チェッリ (ユヴェントス)
out
No. Pos. 選手名
-- イタリアの旗 GK ウェルテル・カルボーニ (オルビア)
-- イタリアの旗 GK シモーネ・コロンビ (カルピ)
-- イタリアの旗 GK アレッシオ・クラーニョ (ランチャーノ)
-- イタリアの旗 DF ダヴィデ・アストーリ (フィオレンティーナ)
-- イタリアの旗 DF シモーネ・ベネデッティ (エンテッラ)
-- イタリアの旗 DF ダリオ・デル・ファブロ (アスコリ)
-- イタリアの旗 DF マルコ・ルッス (ルメッツァーネ)
-- イタリアの旗 MF ニコロ・バレッラ (コモ)
-- イタリアの旗 MF アンドレア・デモンティス (メルフィ)
No. Pos. 選手名
-- ガーナの旗 MF ゴッドフレッド・ドンサー (ボローニャ)
-- イタリアの旗 MF アレッサンドロ・マジーア (トゥットクオーヨ)
-- イタリアの旗 MF マッティア・ムローニ (トゥットクオーヨ)
-- イタリアの旗 MF マルコ・ピレッダ (オルビア)
-- ブラジルの旗 FW カイオ・ランジェウ (クルゼイロ)
-- イタリアの旗 FW アレッサンドロ・カペッロ (プラート)
-- クロアチアの旗 FW ドゥイェ・チョプ (マラガ)
-- コロンビアの旗 FW ビクトル・イバルボ (アトレティコ・ナシオナル)
-- イタリアの旗 FW アントニオ・ローイ (レッジャーナ)

歴代監督

歴代所属選手

GK

DF

MF

FW

脚注

外部リンク