カラク・シング

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
カラク・シング
Kharak Singh
シク王
Kharak Singh.jpg
カラク・シング
在位 1839年
戴冠式 1839年9月1日
別号 マハーラージャ

出生 1801年2月1日
ラホール
死去 1840年11月5日
ラホールラホール城
配偶者 チャーンド・カウル
子女 ナウ・ニハール・シング
王朝 スケルチャキア朝
父親 ランジート・シング
宗教 シク教
テンプレートを表示

カラク・シングパンジャービー語:ਖੜਕ ਸਿੰਘ, 英語:Kharak Singh, 1801年2月1日 - 1840年11月5日)は、北インドパンジャーブ地方シク王国の君主(在位:1839年)。

生涯[編集]

1801年2月1日シク王国の君主である(このときはまだ君主ではない)ランジート・シングの息子として生まれた[1]

1812年、父ランジート・シングよりジャンムージャーギールを与えられた[2]

1839年6月27日、ランジート・シングの死により、カラク・シングはシク王国の王位を得た[3]

だが、同年10月8日、カラク・シングは息子ナウ・ニハール・シングに廃位、投獄された[4]。このとき、王国の宰相や摂政も殺害された[5]

1840年11月5日、ナウ・ニハール・シングの命により、カラク・シングは獄中において毒殺された[6]

ギャラリー[編集]

出典・脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]