カラクサケマン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
カラクサケマン
20170515Fumaria officinalis1.jpg
カラクサケマン
分類APG III
: 植物界 Plantae
階級なし : 被子植物 angiosperms
階級なし : 真正双子葉類 eudicots
: キンポウゲ目 Ranunculales
: ケシ科 Papaveraceae
: カラクサケマン属 Fumaria
: カラクサケマン F. officinalis
学名
Fumaria officinalis L.
和名
カラクサケマン(唐草毛鬘)
英名
Common fumitory
図版

カラクサケマン Fumaria officinalisケシ科植物の1種で日本では帰化植物である。ムラサキケマンに似た花を付けるがずっと小型で、よく枝分かれして広がる。薬草としても知られている。

特徴[編集]

1年生、あるいは2年生草本で、全体に柔らかい[1]。茎や葉は全体に白みがかった緑色をしている。草丈は20-35cmほどになり、また全体に毛がない[2]。ただし茎はよく伸びると20-90cmにもなり、その繊細で柔らかい茎は他の草と絡まり合って生長する[3]。茎は太くて稜があり、基部から先端まであちこちで盛んに枝を出す。葉は3回羽状複葉で、裂片は狭披針形から線形で、さらに浅く、あるいは深く裂ける。最終裂片の幅は1-2mmほど[4]

花期は春から夏にかけてで、分枝した枝先に多数の花を付ける総状花序を作る。1つの花序で花数は10-30個ほど[5]。個々の花は小さな蕾の時期には上を向いているが、開花の頃には花柄が曲がって横向きになる。萼片は2枚で楕円形。長さは1.5-2mmで少数の深い歯があり、下から花弁を支えるようについている[6]花弁は4枚、部分的に互いに合着して筒状になり、先端部がわずかに開く。上側の花弁の基部は膨らんで袋状のを作っている。他の花弁もこの弁とほぼ同じ長さを持ち、全体で左右相称な形となる[7][8]。花の長さは距を含めて8mmほど。花弁は淡紅色から紅紫色で、先端部がやや色濃くなる。おしべは6本あるが、それぞれ3本ずつ花糸の部分が合着しているために、見た目では雄しべは2本で、それぞれの先端に葯が3つある、という風に見える。めしべは1個で、子房は楕円形をしており、その先端から細い花柱が出て、先端はT字型の柱頭となっている。柱頭は紫紅色になっており、小さな花弁のように見える[9]。子房と花柱は花糸に、柱頭は葯に挟まれた形になっている。花柱は受粉の後に脱落する。果実堅果で、やや扁平な球形で、緑色から藁色をしており、果皮は固くてその表面はざらついている。果実の大きさは径25mm[10]。種子は1個、茶色だが、散布の際は果実ごと落ちる。

学名の種小名はラテン語で「薬用の」を意味し、後述のように古くからヨーロッパで薬用とされたことによる[11]。英名は Common fumitory あるいは単に fumitory[12] である。和名は唐草毛鬘で、華鬘は仏殿の装飾のことである[13]

分布[編集]

原産地はヨーロッパの中南部である[14]。しかし現在では南北半球の温帯域に広く帰化している[15]

薬用に栽培されることから日本では明治末期に持ち込まれたもので、帰化植物として発見されたのは1969年に北海道札幌市での発見がもっとも古い[16]。2015年時点では北海道から四国まで拡がっている[17]

生育環境[編集]

ヨーロッパでは荒れ地や耕作地によく繁茂する[18]。畑地の主要な雑草の一つである[19]

日本では都市部や農耕地の空き地で見られる[20]

類似種など[編集]

カラクサケマン属は地中海沿岸から北アフリカ、中央アフリカ、ヒマラヤにかけて、それに東アフリカの高地に分布し、約50種ほどが知られる[21]

日本に在来のものはないが、帰化種としては本種によく似たものとして次の2種がある[22]

  • セイヨウエンゴサク F. muralis
本種に似ているが、花序あたりの花数が少なく、また本種では下唇(下向きの花弁)が下を向くのに対してこの種では下を向かない。近畿地方で見られる。
  • ニセカラクサケマン F. capreolata
本種に似るが小葉の裂け方がより深い。

これらは判別が難しく、往々に混同され、図鑑等でも間違えている例がある[23]といい、このほかにも数種が侵入しているともいわれている[24]

日本産で近縁なものとしてキケマン属 Corydalis がある。やはり柔らかな草本で、往々に粉白色を帯びる。本属との違いはこの属では果実に多数の種子が並んでいること、花後にも花柱が残ることなどである[25]。しかし花の様子はやや似ており、特にムラサキケマン C. incisa は花色がよく似ている。ただしこの種の花は長さが12-18mmあって本種よりかなり大きい。しかしこの種も開花期の終期には矮小化した花を付けることがあって、そうなるととても似てくる[26]。とはいえムラサキケマンは草丈20-50cmのほぼ直立する草で、時に多少の枝を出す[27]程度のもので多く枝を出して這い回る本種とは紛れることはまずない。なおキケマン属にもつる性の種はあるが、たいていは黄色い花を付ける。

利害[編集]

ヨーロッパでは薬草として用いられた長い歴史がある[28]。ただし後述のように貴重な薬草と言うよりはよく繁茂する雑草との把握が強いようである。

全草を花期に取り、乾燥させて用い、これをフマリア草と呼ぶ[29]。浄血剤や心拍を遅くするための薬として用いられた。この有効成分はプロトピンといい、ケマンソウ類に見られるアルカロイドである[30]。他に肝臓胆嚢に対する刺激作用を持ち、湿疹などの皮膚病の治療にも用いられ、利尿薬、緩やかな緩下薬としても用いられた[31]。しかし、同時に使用法によっては毒草でもあり得るらしく、ダウンシー、ラーション(2018)には本種ではないが近縁種のセイヨウエンゴサクが取り上げられており、これはむしろこの群の代表として掲載されているようである[32]。化学的な分析ではadlumidiceine、copticine、fumariline、perfumine、protopine、fumaranine、paprafumicin、paprarinといったアルカロイドが存在することが確認されており、また薬理学的に駆虫効果、解熱効果、並びに血糖低下作用があることが示されている[33]

またフマル酸はWinklerが1832年に本種から発見されたことが知られており、この物質名 Fumaric acid も本種の属名Fumaria に由来する[34]もので、この物質は疥癬の治療や食品の酸化剤として用いられている[35]

他に黄色の染料として用いられたという[36]

文化[編集]

シェークスピアの『リア王』では第4幕4場の冒頭で狂ったリア王の姿を娘のコーディリアが語るシーンがあり、王が様々な雑草でできた冠をかぶっていると嘆くが、その雑草の最初に出てくるのが本種である[37]

ここでは本種は手入れ不十分な畑地や荒れ地に繁茂する野草、穀物の大敵となる雑草という存在であり、狂ったリア王の頭をそれが飾るのは、キリストの受難を象徴する『イバラの冠』を思わせるものであるが、同時にこの植物が憂鬱症に効くとされていたことから王の受難と狂乱が正気、開眼をもたらすこの劇のアイロニーにも通じるものである[38]

出典[編集]

  1. ^ 以下、主として清水編(2003),p.78
  2. ^ 長田(1976)p.295
  3. ^ 長田(1976)p.295、ちなみにこの書ではこの性質を指して『変わった植物』と評しているが、あまりそんな気はしない。
  4. ^ 長田(1976)p.295
  5. ^ 長田(1976)p.295
  6. ^ 長田(1976)p.295
  7. ^ 長田(1976)p.295
  8. ^ ちなみに長田(1976)p.295ではこの距に関して『この距に蜜を溜めて昆虫を誘引するのだろうが、昆虫が相手にしないので自家受精する』というよく判らない解説がついている。
  9. ^ 長田(1976)p.295
  10. ^ 長田(1976)p.295
  11. ^ スターン(1997),p.202
  12. ^ シェヴァリエ(2000),p.211
  13. ^ 岡田監修(2002),p.140-141
  14. ^ スターン(1997),p.202
  15. ^ 清水編(2003),p.78
  16. ^ 清水編(2003),p.78
  17. ^ 浅井(2015)p.173
  18. ^ 林、古里監修(1986)p.65
  19. ^ 浅井(2015)p.173
  20. ^ 清水編(2003),p.78
  21. ^ スターン(1997),p.203
  22. ^ 植村他編著(2010)p61-63
  23. ^ 植村他編著(2010)は第2巻であり、第1巻は清水他(2001)であるが、そのp.80に本種が掲載されており、その写真が実はニセカラクサケマンであったことが第2巻に記されている。
  24. ^ 植村他編著(2010),p.63
  25. ^ 清水編(2003),p.78
  26. ^ 清水編(2003),p.78
  27. ^ 佐竹他(1982),p.125
  28. ^ シェヴァリエ(2000),p.211
  29. ^ 長田(1976)p.295
  30. ^ スターン(1997),p.202
  31. ^ シェヴァリエ(2000),p.211
  32. ^ ダウンシー、ラーション(2018),p.172-173
  33. ^ Erdogan(2009)
  34. ^ 矢毛石(1985)
  35. ^ 小林他(2016)p.161
  36. ^ 副島(2011)p.92
  37. ^ 上村(2018)p.2
  38. ^ 金城(1994)35

参考文献[編集]

  • 岡田稔監修、『新訂原色 牧野和漢薬草大圖鑑』、(2002)、北隆館
  • 清水建美編、『日本の帰化植物』、(2003)、平凡社
  • 長田武正、『原色日本帰化植物図鑑』、(1976)、保育社
  • 清水矩宏他、『日本帰化植物写真図鑑』、(2001)、全国農村教育協会
  • 植村修二他編著、『日本帰化植物写真図鑑 第2巻』、(2010)、全国農村教育協会  
  • 林弥栄、古里和夫監修、『世界植物大圖鑑』、(1986)、北隆館
  • キングスレイ・スターン、「カラクサケマン」:『朝日百科 植物の世界 8』、(1997)、朝日新聞社、:p.202-203
  • アンドリュー・シェヴァリエ/難波恒雄監訳、『世界薬草植物百科事典』、(2000)、誠文堂新光社
  • 小林義典他協力、『薬用植物辞典』、(2016)、株式会社エヌ・ティー・エス
  • 浅井元朗、『植調雑草大鑑』,(2015)、全国農村教育協会
  • 副島顕子、『Plant Dictionary 植物名の英語辞典』、(2011)、小学館
  • エリザベス・A.・ダウンシー、ソニー・ラーション/柴田穰治約、舟山信次監修、『世界毒草百科図鑑』、(2018)、原書房
  • 矢毛石昇、「フマル酸」、(1985):有機合成化学 第43巻10号 :p.61-62.
  • 上村幸弘、「シェイクスピアと農業(1):エリザベス朝『農書』の系譜」、(2018)、梅花女子大学食文化学部紀要 6:p.1-9.
  • 金城盛紀、「シェークスピア・フローラ(1)」、(1994)、神戸女学院大学論集、41巻1号 :p.15-41. 2019-04-04閲覧
  • Tugce Fafal Eedogan, 2009. Brine Shrimp Lethality Bioassay of Fumaria Densiflora Dc. and Fumaria Officinalis L. Extracts. Hacettepe University Journal of the Faculty of Pharmacy. Vol.28(2):pp.125-132.