カネコ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
株式会社 カネコ
KANEKO Co.,Ltd.
種類 株式会社
本社所在地 日本
102-0093
東京都千代田区平河町2-12-4
設立 1980年6月
(株式会社金子製作所として設立)
事業内容 オンラインゲーム配信サービス
ソフトウェア販売
システムソリューションの開発及び設計など
代表者 松元 哲(代表取締役社長、2015年7月~)
資本金 4億8050万円
外部リンク http://www.kacat.co.jp/ (公式サイト)
特記事項:登記面本店は東京都三鷹市下連雀3丁目34番4号(旧本社所在地)
会社法人等番号:0124-01-012341
テンプレートを表示

カネコ(KANEKO Co.,Ltd.)は、日本のIT企業およびコンピュータゲーム製作会社。1980年6月25日練馬区において設立。旧社名は金子製作所1996年12月社名変更)。その後1983年に本社を東京都三鷹市に移転。2000年4月、営業拠点を渋谷区に移している。2016年12月現在、本社は千代田区平河町にある。

概要[編集]

創業当初は応用電子機器の開発・製造・販売・輸出入や家庭用医療機器の製造を行っていたが、1982年頃より主にタイトーの下請けでコンピュータゲーム開発を始める。1990年から自社ブランド「KANEKO」でアーケード・家庭用でのゲーム発売に乗り出すが、2000年以降は新作を出していない。

アーケードゲーム基板スーパーカネコノバシステム」の特許権を巡り日立製作所日立ソフトウェアエンジニアリング(現・日立ソリューションズ)と係争中で、自社のサイト上で訴訟に関連する書類を公開しているが、2004年8月を最後に更新が止まり、現在はサイトに接続することができない。また1999年3月期決算において資金難に陥ると2000年4月には債権債務を整理、修理部門を除いたゲーム部門から全面撤退している。また営業拠点を移すことになる。

なお、以前までは三鷹市下連雀の本社ビル1・2階にゲームセンター「FRONT ROW」を営業しており、店内にあったサテライトスタジオからエフエムむさしのの番組を毎日夕方に公開生放送していた。その後、FRONT ROWは営業を終了し、現在はカラオケボックスBIG ECHO第一興商運営)などが入居している。

2016年にサイトがドメインを変えた上で突如復活し、「オンラインゲーム配信サービス」、「システムソリューションの開発及び設計」「製造、販売及び輸出入」「ソフトウエアの販売」「リース」を業務としている[1]。このサイトにはかつて係争していた日立との経緯については一切記載されていない。

創業者で代表取締役であった金子浩(かねこ ひろし)は2005年6月に退任し、同時にすべての取締役(金子含め3人)が退任したことから、休眠会社となっていた。2014年3月に、従前の取締役全員と現代表取締役が取締役(計4人)として選任され、金子は再度代表取締役となった。[2]11月の金子の死去に伴い、翌年7月に現代表が選任され、同時に取締役が1名退任、1名選任された。なお、現在この会社が使用しているとされるファクス番号は、かつて「株式会社アトミック」なる企業[1]が使用していたものであり、アトミック社はkacat.co.jpドメインの担当者である現代表と同名の人物がかつて代表を務めていた企業である。

沿革[編集]

  • 1980年6月 東京都練馬区で(株)金子製作所を創業。
  • 1994年12月 三鷹市下連雀に本社移転、同時にゲームセンター「FRONT ROW」オープン。
  • 1996年12月 (株)カネコに社名変更
  • 2000年4月 東京都渋谷区に移転。ゲーム部門から全面撤退。
  • 2005年6月 全取締役が退任し、休眠会社に
  • 2014年3月 2005年に退任した取締役3名と新取締役が1名就任
  • 2014年11月 創業者で代表取締役の金子浩が死去
  • 2015年7月 現代表が就任

主な製作作品[編集]

アーケード
テレビ番組の「水曜スペシャル」・川口浩探検シリーズが元とされている。タイトルも当初は「~川口君」だった。
家庭用
エアバスターの移植版。HAL研究所から発売されたファミコンソフト『エア・フォートレス』が雑誌の事前告知では『エアバスター』の名前で載っていた事から、それが先に商標申請されていた関係で『エアロブラスターズ』に改題されたという説がある。メガドライブ版は自社から、PCエンジン版はハドソンから発売。
海外版のタイトルはGENESIS(欧米版メガドライブ)版が『DEADLY MOVES』、SNES版が『POWER MOVES』。当初はSNES版も『DEADLY MOVES』だったが、「DEADLY」という単語がNintendo of Americaの規定に引っ掛かったのではないかといわれている。

関連項目[編集]

  • エフエムむさしの - 開局時から1年間、夕方の生番組「KANEKO INTERACTIVE WORLD」を提供していたほか、サテライトスタジオから公開生放送を行っていた。
  • かつてゲーム開発部門であったカネコインターステイトは、現在、株式会社インターステイトとなっている。

脚注[編集]

  1. ^ Solution - 株式会社カネコ
  2. ^ なお、2005年6月の取締役退任と2014年3月の就任については、2014年4月の同日に登記がされている。

外部リンク[編集]