カトヤ・キッピング

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ドレスデンで開かれた反ナチス集会でのカトヤ(カーチャ)・キッピング(2014年2月

カトヤ・キッピング(見出し語とした「カトヤ」は不自然で、むしろ発音はカーチャ・キッピング、Katja Kipping、1978年1月18日 - )は、ドイツ政治家左翼党議長およびドイツ連邦議会議員を務めている。

来歴[編集]

前半生[編集]

ドレスデン出身。1996年に同地のアンネンギムナジウムアビトゥーアを修了後、ロシアガッチナにて1年間ボランティア活動を行う。その後、ドレスデン工科大学にてスラヴ研究(副専攻としてアメリカ研究及び公法)の学位を、2003年には同大学で学術修士を取得。

ベルリンとドレスデンに在住[1]。既婚者で娘が1人いる。

政党活動[編集]

ドレスデン工科大学入学当初より学生運動に深く関わり、1998年民主社会党(PDS、現在の左翼党)に入党。2003年7月以降、PDSの副議長となった。ドイツ全土に及ぶ統一的革新政党の発足を強く支持し、2007年6月には左翼党の副議長に選出される。

2012年6月2日に行われた第3回全国党大会で議長に選出(得票率67%)。爾来、ベルント・リークシンガーと共同で党を取り仕切ることとなる[2][3]

政界進出[編集]

1999年から2003年までドレスデン市議会議員を務め、1999年から2004年まではザクセン州議会議員を兼任。2005年左翼党連邦議会議員に初当選を果たし、ザクセン州では筆頭候補者として名を連ねた。

連邦議会では労働市場改革への反対を表明した他、ベーシックインカムを擁護。2009年11月25日から2012年9月26日まで、ドイツ連邦議会にて労働及び社会問題委員会の議長を務めた[4]。なお、地元選挙区は一貫してドレスデンにある。

社会活動[編集]

2004年12月から2008年4月にかけて、「ベーシックインカムネットワーク」代表を務めたが、雑誌プラハの春』で働くことを好んだため退任。左翼党内では、カレン・レイ及びユリア・ボンクと共に、リバタリアン社会主義の諸理念を支持する解放左翼に属した。

2007年12月、極左受刑者を支持するデモンストレーションに参加[5]

その他の活動[編集]

左翼革新政党シンクタンク・現代連帯研究所の創設メンバーである[6]

著書[編集]

  • Christine Buchholz u. Katja Kipping (Hrsg.): G8 - Gipfel der Ungerechtigkeit. VSA, 2006, ISBN 3-89965-200-2.
  • Ausverkauf der Politik – Für einen demokratischen Aufbruch. Econ, 2009, ISBN 978-3-430-20079-0.

脚注[編集]

  1. ^ Sächsische Zeitung vom 28. Dezember 2012
  2. ^ Kipping und Riexinger führen tief zerstrittene Linke Spiegel Online, 2. Juni 2012. Abgerufen am 3. Juni 2012
  3. ^ Wahl des Parteivorstandes. Die Linke, 2. Juni 2012. Abgerufen am 3. Juni 2012
  4. ^ bundestag.de
  5. ^ Rote Hilfe e. V. - Bundestagsabgeordnete der Fraktion DIE LINKE im Bundestag treten der Roten Hilfe bei – die anderen Mitglieder der Bundestagsfraktion waren Sevim Dagdelen, Nele Hirsch und Michael Leutert, aus dem sächsischen Landtag Julia Bonk und Freya-Maria Klinger
  6. ^ Institut Solidarische Moderne: Gründungsmitglieder

外部リンク[編集]