カイ・ウィンディング

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カイ・ウィンディング
ウォルト・ディズニー・ワールドのヴィレッジ・ジャズ・ラウンジにてドン・ラモンドやブッバ・コルプと談笑中のウィンディング
ウォルト・ディズニー・ワールドのヴィレッジ・ジャズ・ラウンジにてドン・ラモンドやブッバ・コルプと談笑中のウィンディング
基本情報
出生名 Kai Chresten Winding
出生 1922年5月18日
出身地 デンマークの旗 デンマーク オーフス
死没 1983年5月6日(60歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ ニューヨーク・シティ
ジャンル モダンジャズ
職業 トロンボーン奏者
作曲家
担当楽器 トロンボーン
共同作業者 ポール・チェンバース
J・J・ジョンソン
ベニー・グッドマン

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カイ・クレステン・ウィンディングKai Chresten Winding, 1922年5月18日1983年5月6日)は、デンマーク系アメリカ人ジャズトロンボーン奏者で作曲家。同じトロンボーン奏者のJ・J・ジョンソンと首尾好く共演を果たしたことで名高い。

略歴[編集]

デンマークオーフスに生まれ、1934年に家族に連れられアメリカ合衆国に移住する。1940年ニューヨークスタイヴサント・ハイスクールを卒業すると、同年よりショーティ・アレン楽団に入団してプロのトロンボーン奏者として音楽活動に入る。その後まもなくソニー・ダナムアルヴィノ・レイと共演した。第2次世界大戦中は兵役に就いてアメリカ沿岸警備隊に勤めた。戦後はベニー・グッドマン楽団に加わり、後にスタン・ケントン楽団に移籍した。1949年には『クールの誕生』のセッションにも参加しており、第4トラックから第12トラックにかけてその演奏を確かめることができる。1954年音楽プロデューサーオジー・カデナに催促されて、J・J・ジョンソンと協力し合ってトロンボーン二重奏による一連の録音に着手し、大成功を収める。当初はサヴォイ・レコードへの録音だったが、後にコロンビア・レコード用に録音が行われた。コロンビアでは、管楽器のさまざまな編成を試みており、トロンボーン八重奏を取り上げたアルバムのうち少なくとも1枚でトロンボニアムを採用している。

1960年代は長らくヴァーヴ・レコードに籍を置き、音楽プロデューサーのクリード・テイラーのもとで、とりわけ忘れがたい数点のジャズ・ポップのアルバムを制作した。この時期で最も有名な録音は、映画『世界残酷物語イタリア語: Mondo Cane)』のテーマ曲《モア(英語: More)》である。このヒット曲の編曲と指揮は、クラウス・オーガーマンが務めた。この録音は、フランスの電子楽器オンディオリーヌ(Ondioline)がアメリカ合衆国で録音に使われた恐らく最初の例である。このセッションに参加したギタリストのヴィニー・ベルの回想によると、公式のクレジットにはウィンディングがオンディオリーヌを担当したと表記されているものの、実際に演奏したのはフランス人のジャン=ジャック・ペリー(Jean-Jacques Perrey)だった。

ヴァーヴ・レコード在籍中のウィンディングは、さまざまな楽器編成を徹底的に試してソロ・アルバムを制作し、アニタ・カー・シンガーズと共同でカントリー・ミュージックのアルバムさえ作っている。1960年代後半には、クリード・テイラーに従って新レーベルのA&MCTIに移籍し、J・J・ジョンソンと少なくとも2点のアルバムを制作した。1970年代から1980年代初頭にかけては、多数のインディペンデント・レーベルに録音を行なった。この間に、短期講座やジャズ・コンサートを開き、また日本でのライブでJ・J・ジョンソンと再会を果たしている。ソロの譜例つきでジャズ・トロンボーンの教則本も上梓した。

1983年に脳腫瘍により逝去。エシュワン未亡人(Eschwan)は熟練した画家であった。

註釈[編集]

外部リンク[編集]

参考文献[編集]

  • 『ジャズ管楽器 : バリトン・サックス/ソプラノ・サックス/クラリネット/フルート/トロンボーン他』 ジャズ批評編集部編、松坂〈ジャズ批評ブックス〉、2002年、252頁。ISBN 4-915557-12-X