AUTO-MOD

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AUTO-MOD
Auto-Mod at Funeral Possession of Time 20151108.jpg
時の葬列 方舟の章 vol.5にて撮影。
基本情報
出身地 日本の旗 日本
ジャンル ロック
ポストパンク
ゴシック・ロック
活動期間 1980年1985年
1995年
レーベル Telegraph
WECHSELBALG
EXELLEX
メンバー GENET Vo.
Yukino G.
Hikaru B.
多時-taji- Dr.
Selia Cho, Perform.
TAIZO Perform.

AUTO-MOD(オートモッド)は日本ロックバンド

概要[編集]

TOKYO DARK CASTLE」のオーガナイザーであるGENET(ジュネ)が1980年に結成し、フロントマンとして活動を続けるバンド。80年代当時盛り上がりを見せていた、日本のポジティブパンク・シーンを牽引する形で1985年にメジャー・デビュー。AUTO-MODの解散を最終目的とした13回限定のシリーズ・ギグ「時の葬列」を主催し、1985年11月3日に後楽園ホールにて「時の葬列・終末の予感<最終夜>」を行い解散。

その後、様々な活動を経て1995年10月にGENETはAUTO-MOD名義での活動を再開。クラブにおけるアンダーグラウンドイベントの可能性を目指し、2003年より「TOKYO DARK CASTLE」というイベントを主催し、精力的に活動を行っている。

メンバー[編集]

現在のメンバー[編集]

GENET Vocal
Yukino Guitar, Manipulator
Hikaru Bass
多時-taji- Drums
Selia Chorus, Perform.
TAIZO Perform.

過去に所属した主なメンバー[編集]

経歴[編集]

初期[編集]

フロントのGENETは1978年日本のパンクムーブメントのきっかけを創る事となった東京ロッカーズWORST NOISEMARIA023などのバンドとして参加。剃刀でギターを弾き血まみれになるなどの破滅的パフォーマンスとその強烈な個性でロックシーンに躍り出た。その後GENETは1979年秋から1980年中期までロンドンに滞在し、バウハウスクラスに多大な影響を受け帰国[1]。帰国後直ぐにラディカルな主張と表現行為としてのロックを追求するバンドAUTO-MODを結成する。

1981年2月には、テレグラフ・レコードの第1弾として、AUTO-MODのデビュー・シングル「LOVE GENERATION」を発売。荒削りな音の中にもデカダンでシアトリカルな要素を漂わせた同シングルからは、AUTO-MODがその初期から演劇的な嗜好を強く持っていたことがうかがえる。

1982年2月には、アルバイト先で知り合ったGENETに誘われ渡邉貢が参加[2]。この後渡邉はAUTO-MODの1985年の解散までGENETと行動を共にする。なお、渡邉はAUTO-MODの活動中にGENETの紹介でJILLと出会い、AUTO-MODと平行してPERSONZの前身バンドであるNOTHING PERSONALへも参加することとなる。

中期[編集]

1982年12月、GENETは共演で知り合った布袋寅泰と意気投合し、新しいメンバーでのAUTO-MODを始動する。GENET(Vo.)、渡邉貢(B.)、布袋寅泰(G.)、高橋まこと(Dr.)という布陣で、布袋と高橋はレギュラー・ゲスト・メンバーとしてBOØWYと掛け持ちでの参加であった。

1983年8月には、同年5月3日に新宿LOFTでライブレコーディングされた音源にSEやコーラスを加えた通常のライブ・アルバムとは異なる仕上がりのファースト・アルバム「REQUIEM」を発売。丸尾末広の手によるイラスト・ジャケットや、アルバムにはおさめられていない当時の楽曲の歌詞をも印刷されたライナーノーツといった装丁で、2000枚限定での発売にも関わらずすぐさま完売となる。

布袋の加入により音楽性が飛躍的に向上したAUTO-MODであったが、当時のロックシーンの停滞は一向に解消される気配がなく、そんな状況の中で活動を続けることに疑問を感じたGENETは、1983年10月頃、とんでもないアイディアを実行にうつす。それはAUTO-MODの解散を前提として、一定期間の凝縮した活動を行うというものだった。

解散を決意したAUTO-MODは1983年12月にその第一歩としてシリーズギグ「時の葬列・終末の予感」を開始し、テレグラフ・レコードの傘下レーベルとしてヴェクセルバルグを設立する。この「時の葬列」及びヴェクセルバルグからは、SADIE SADSG-SCHMITTMADAME EDWARDAといった数々のポジティブパンクバンドを生み出す事となった。しかし、AUTO-MODが解散に向け活動を活発化させる一方で、BOØWYもその人気と知名度を高めてきており、BOØWYでの活動に専念するため布袋と高橋が1984年8月に脱退。

1985年1月には、AUTO-MODのセカンド・アルバムにしてメジャー・デビュー作となる「DEATHTOPIA」を発売。歌詞とヴォーカルをGENETが、サウンドを布袋が担当するというコラボレーション形式でレコーディングは進められた(レコーディングは前年の8月)[2]。ライブパフォーマンスでも見られた電動ノコギリを使ったマネキン切断の音や、演劇舎螳螂の起用による台詞の挿入等、GENETの持つアングラ性と布袋の持つポップな音楽性が見事なバランスで融合したアルバムとなっている。

後期[編集]

布袋と高橋が抜けた後、AUTO-MODはギターに後にレベッカ筋肉少女帯氷室京介のサポートを務めることになる友森昭一、ドラムに浜一輝、キーボードに現在プロデューサー、DJとして活躍する朝本浩文、サックスには矢沢永吉のセッションに参加する河野利昭を迎え入れ、解散へと加速していく。

この時期寺山修司に傾倒していたGENETは、元天井桟敷福士恵二と共に自らの劇団バジワークシアターを作り演劇活動も活発に行なっていた。旗揚げ公演「ムク犬の靴」は、1985年6月5日~10日まで、池袋文芸座ル・ビリエにて上演された。AUTO-MODのアルバム「EESTANIA」のジャケット写真は、その芝居の期間中に撮影されたものである[3]

1985年4月には、ロックと寺山演劇の融合の初の大規模な試みとなる「時の葬列・終末の予感<第9夜>」を日本青年館で行う。このステージは、AUTO-MODのライブと劇団バジワークシアターによる前衛演劇が組み合わされたもので、AUTO-MOD史上最高のパフォーマンスであったとの声も高い。

1985年7月には、当初ラスト・アルバムとなる予定であった[4]「EESTANIA」を発売。タブラを取り入れる等より実験性の高い音楽性に難解さを増す歌詞と、布袋在籍時に見られた大衆性は影を潜め、アングラ性の高いアルバムとして結実した。

1985年10月には、4枚目のアルバムとなる「BIBLE」をヴェクセルバルグより発売。急遽レコーディングが計画された[5]ためか、「EESTANIA」よりもストレートなロック・アルバムとなっているが、解散を目前にした鬼気迫るAUTO-MODの姿が刻まれている。

そして、1985年11月3日。後楽園ホールにて「時の葬列・終末の予感<最終夜>」が行われる。「聖体拝受伝説」と名付けられたこのステージでは、時代の徒花と呼ばれ続けたAUTO-MODの持つ見世物小屋的空間を多くの役者達と共に作り上げ、AUTO-MODはその5年半に及ぶ活動に自ら終止符を打ち、華々しく散っていった。

解散後の12月には、解散コンサートの模様を収めたライブ・アルバム「CEREMONY」が発売された。

解散後[編集]

AUTO-MODの解散後、GENETはバジワークシアターを率いて前衛アングラ演劇の世界に身を投じていった。GENETが再び音楽シーンに登場したのは、1987年8月。奇しくもAUTO-MODの解散コンサートと同じく後楽園ホールで行われたGENETIC VOODOOでのGENET復活祭であった。しかしGENETIC VOODOOは、時代の徒花と称されたAUTO-MODとはその音楽性を大いに異ならせ、70年代サイケデリックを基調とした正統派ハードロック・バンドであった。その後、GENETはKING HIP GOGOGENET & THE HIPSでの活動を行うものの、AUTO-MODで見せたアングラ性や、シアトリカルな演劇的要素といったアプローチを長い間封印することとなる。

1991年、ヴェクセルバルグからAUTO-MODの5枚のアルバムがCDとして再発され、再びAUTO-MOD的方法論への期待が高まる中、GENETはGENET/ROCK OF ROMANCEを率いて、ロックと寺山修司的演劇との融合を試みるステージへと帰ってきた。オペレッタ・リアリぜーションと名付けられたパフォーマーを率いての大規模な演劇的演出は、正当なるAUTO-MODの発展形として位置付けられるものであった。

その後、GENET/ROCK OF ROMANCEはAUTO-MOD1999へと名を変え活動を継続するも、1996年11月3日の新宿LOFTでのライブを最後に活動を停止する。

再結成[編集]

GENETは1997年、二十世紀最後を迎えAUTO-MODを復活。復活したAUTO-MODの音楽は以前とは全く違った、インダストリアルな暗黒ヘビーロックの道を辿り始めた。そして、GENETはクラブにおけるアンダーグラウンドイベントの可能性を目指し2000年に「TOKYO GOTH & DARKWAVE」を立ち上げる。2003年には「TOKYO GOTH & DARKWAVE」は「TOKYO DARK CASTLE」と名を変え、GENETのプロデュースの下、今に至っている。2015年6月には「TOKYO DARK CASTLE」開催が100回に達した[6]

2012年からは『時の葬列~方舟の章』と題して、AUTO-MODとしてもシリーズライブを再開。2015年は結成35周年を記念して、Z.O.A[7]灰野敬二[8]MADAME EDWARDA[9]といった大御所達をゲストに迎え活動している。

ディスコグラフィ[編集]

シングル[編集]

  発売日 タイトル 規格 規格品番 発売元
1st 1981年2月 LOVE GENERATION EP TEL-0001 TELEGRAPH
2nd 1982年10月 LAST PUNK HERO EP TEL-0010 TELEGRAPH
3rd 1983年1月 遠い声 EP TEL-0012 TELEGRAPH
4th 1984年8月 SADISTIC DREAM EP WT-702 WECHSELBALG
5th 1985年7月 CANNIBAL OF LOVE EP WT-706 WECHSELBALG
6th 1986年5月 LOVE GENERATION 12inchEP WT-1204 WECHSELBALG

アルバム[編集]

オリジナルアルバム[編集]

  発売日 タイトル 規格 規格品番 発売元
1st 1983年8月 REQUIEM LP TG-017 TELEGRAPH
1988年5月 CD WCD-5 WECHSELBALG
1991年3月 CD WCD-12 WECHSELBALG
1995年7月 CD APCA-3030 アポロン
2010年10月 CD FJSP-114 SUPER FUJI DISCS
2nd 1985年1月 DEATHTOPIA LP SP28-5185 SMS
1991年3月 CD WCD-13 WECHSELBALG
1995年7月 CD APCA-3027 アポロン
2014年12月 SHM-CD SS-962 SS RECORDINGS
3rd 1985年7月 EESTANIA LP SM28-5419 SMS
1991年4月 CD WCD-14 WECHSELBALG
2015年1月 SHM-CD SS-963 SS RECORDINGS
4th 1985年10月 BIBLE LP WT-005 WECHSELBALG
1991年4月 CD WCD-15 WECHSELBALG
2010年10月 CD FJSP-115 SUPER FUJI DISCS
5th 1985年12月 CEREMONY LP SMS28-5423 SMS
1991年4月 CD WCD-16 WECHSELBALG
2015年2月 SHM-CD SS-964 SS RECORDINGS
6th 1991年11月 METAMORPHOSIS CD WCD-18 WECHSELBALG
7th 2001年5月 DEATH OF THE 20TH CENTURY CD MOD-001 G-MANIX Record
8th 2007年10月 EASTERN GOTHIC CD YZXL-003 EXELLEX
9th 2010年11月 CELEBRATION CD XNHT-00038 ハッチ・エンタテインメント
2014年7月 CD VDCA3013 ビタミン

編集盤[編集]

発売日 タイトル 規格 規格品番 発売元
1987年3月 ROCK OF ROMANCE LP SM28-5431 SMS
1987年3月 ART OF IDEA CD MD32-5107 SMS
1991年11月 SINGLES CD WCD-17 WECHSELBALG
1992年8月 KINGDOM CD APCA-67 アポロン
2002年5月 GENEMANIUM AUTO-MOD 80'S COMPLETE BEST CD TKCF-77111 徳間ジャパンコミュニケーションズ
2010年10月 TELEGRAPH SINGLES CD FJSP-116 SUPER FUJI DISCS

オムニバスアルバム[編集]

発売日 タイトル 収録内容 規格 規格品番 発売元
1983年11月 CASE OF TELEGRAPH DANCIN' RHYTHM
MESSINA(2011年再発版に追加収録)
LP TG-020 TELEGRAPH
1990年9月 CD TKCA-30120 WAX
2011年7月 CD FJSP-133 SUPER FUJI DISCS
1984年7月 時の葬列 時の葬列 / WANDERING CHILD LP SP28-5128 SMS
2002年5月 CD TKCF-77112 徳間ジャパンコミュニケーションズ
2014年5月 SHM-CD SS-960 SS RECORDINGS
1985年6月 BLOODY VALENTINE DANGEROUS COMMUNICATION / SMELL LP WT-004A WECHSELBALG
1987年3月 REVENGE OF WECHSELBALG CANNIBAL OF LOVE / REALIZE CD WCD-1 WECHSELBALG
1990年4月 TELEGRAPH WORKS LOVE GENERATION CD TKCA-30045 徳間ジャパンコミュニケーションズ
2003年10月 GET THE PUNK J PUNK&NEW WAVE LOVE GENERATION CD TECN-63881 レヴェイユ
2006年6月 ROCK IS LOFT GREEN DISC DEATHTOPIA CD TOCT-26069 EMI MUSIC JAPAN
2007年10月 TOKYO DARK CASTLE DEVIL DANCE CD YZXL-004 EXELLEX

非売品[編集]

発売日 タイトル 規格 規格品番 発売元 備考
1991年 WECHSELBALG PresentCD CD AMSCD-023 WECHSELBALG 1991年に再発されたWECHSELBALGの5枚のCDを買い、応募すると貰えた非売品CD。
「REQUIEM」のアウトテイクである「LEGACY」、「SILLY GIRL」、「CEREMONY」のアウトテイクである「EESTANIA」の3曲を収録。

トリビュートアルバム[編集]

発売日 タイトル 規格 規格品番 発売元 参加アーティスト
1995年6月 TRIBUTE TO AUTO-MOD
FLOWER IN THE DARK
CD APCA-142 アポロン EURO / インシュリン チャーリーズテクノ / ツヨシ ヒマワリ / 福井祥史 / KIYOSHI / 石井健治 / MASA / 秀太郎 / 河野利昭 / EBY / 浜一輝 / GENET / SUGIZO / CHIKA / SEISHIRO / 清春 / 渡辺充一 / KAIKI / 人時 / 伊集院明朗 / 室姫深 / HAYA

ビデオ・DVD[編集]

発売日 タイトル 規格 規格品番 発売元
1985年7月 BLOODY VALENTINE VHS WT-001V WECHSELBALG
1986年1月 CEREMONY THE 13TH VHS WT-002V WECHSELBALG
1990年2月 VOS-4589 VOS
1986年3月 HISTORY 1980-1985 VHS SP-78004 SCANNING POOL
1991年10月 WV-003 WECHSELBALG
2006年5月 DVDマガジン GALACTiKA 21号 DVD DBGL-1008 dub
2006年6月 DVDマガジン GALACTiKA 22号 DVD DBGL-1009 dub
2009年9月 FREAKS OF THE LEGEND DVD TFDV-3001 TOKYO FREAKS RECORDS

出典[編集]

  1. ^ DOLL』1985年10月号、GENETインタビュー記事より。
  2. ^ a b 1991年3月再発「DEATHTOPIA」初回版ブックレットより。
  3. ^ GENET/ROCK OF ROMANCEファンクラブ会報『THE LAST KINGDOM』vol.2より。
  4. ^ 1991年4月再発「EESTANIA」初回版ブックレットより。
  5. ^ 1991年4月再発「BIBLE」初回版ブックレットより。
  6. ^ 妖しきDJの宴、東京ダークキャッスル100回記念レポート - GENET公式ブログ・2015年6月30日
  7. ^ AUTO-MOD結成35周年記念公演第1弾 『時の葬列~方舟の章 Vol.3』 - GENET公式ブログ・2015年1月21日
  8. ^ 緊急告知 時の葬列に灰野敬二氏参加!! - GENET公式ブログ・2015年7月27日
  9. ^ 8日日曜日は時の葬列です!! - GENET公式ブログ・2015年11月3日

外部リンク[編集]