オーストリアの国旗
| 用途及び属性 |
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|---|---|
| 縦横比 | 2:3 |
| 制定日 | 1918年 |
| 使用色 | |
オーストリアの国旗は、13世紀にオーストリア公であったバーベンベルク家(Babenberg)のフリードリヒ2世(喧嘩公)が、神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世に対し反乱を企てたときに制定されたものである。デンマークの国旗やスコットランドの国旗などとともに、現在まで使用されている世界最古の国旗のひとつとされる。
第3回十字軍に参加したオーストリア公レオポルト5世が敵の返り血を浴びて全身赤く染まったが、ベルトのため腰の部分だけ白く残ったという故事が有名である。ただし実際は十字軍以前から使われていたらしく、レオポルト5世の母親のテオドラ・コムネナの実家であるコムネノス家に由来するという。[要出典][1]
オーストリア帝国、オーストリア=ハンガリー帝国時代は黒・金2色のハプスブルク家の旗が国旗であり、赤・白・赤の現国旗は戦闘旗として使用されていた。また、オーストリア=ハンガリー帝国時代はハンガリーの国旗と赤・白・赤の旗を組み合わせたものが商船旗として使われた。
ナチス・ドイツとの統合で廃止されたが、第二次世界大戦の終結後ドイツから再独立した1945年に復活した。現在の法的根拠は、1984年制定の「国章・国旗法」。
政府旗は、中央にオーストリアの国章が描かれており、政府庁舎などで掲揚される。
? 政府旗 縦横比=2:3
歴史的な旗[編集]
?オーストリア=ハンガリー帝国時代の国旗
?オーストリア=ハンガリー帝国時代の商船旗
?オーストリア=ハンガリー帝国時代の市民用旗
?オーストリア=ハンガリー帝国時代の軍艦旗
?1918年から1938年の国旗
?1919年から1934年の政府用旗
?1934年から1938年の政府用旗
?ドイツ統合時代の国旗
関連項目[編集]
参考・脚注[編集]
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